耳たぶや軟骨の歯応えとは

1 心の支えみてえなもん

 アクセサリー、元々は特別好きなわけでもなかった。でも紆余曲折があり流れ流れてアクセサリーショップの店員になった今ではピアスもリングもネックレスもブレスレットも大好きだ。装着して鏡を覗くとそこそこ頭が悪そうでそこそこチャラい男が映り、よしよしこれなら大丈夫だなと毎朝安堵っぽいものが込み上げる。

 アクセサリー、つまり俺には武器だ。なんせ俺は昔めちゃくちゃいじめられていたのだよ。

「……姫野との付き合いもその時からか……」

 鏡の中のそこそこチャラい男に向けて俺は呟く。姫野は俺がかなりの泣き虫でぜんぜん身長も伸びなくてナメるなら久坂部とクラスメイトに思われていた時代を知っている存在だが、なんと言っても黒歴史。

 まあ今はうっかりワンナイトした相手の右手とか食べちゃった黒歴史が最新だけど。でもこれ黒歴史っていうか、いやいや嘘乙とか言われそうな出来事だよな。

 脳内会話をやめて鏡から離れ、バスに揺られて出勤した。アクセサリーショップは実はわりと暇である。特に平日昼間の時間。スタッフの大学生バイトに休憩入ってレポートやってていいよって声かけるくらいには人が来ない。

 アクセサリー、世間の人達はあまり必要がないのかもしれない。

 俺には心の支えみてえなもんなんだけどな。


 まあしかし、時期というものは存在する!


 秋だなー銀杏も紅葉も綺麗だなーとか呑気に思っている間に十二月に入りまして、そうなると我々のメリークリスマスが見え始めて駅とか商業施設とかイルミネーションがこれでもかと爆発する。俺のアクセサリーショップも言わずもがな、クリスマスをドーンと押し出してフェアとかやっちゃって新作のペアリングとかどでかい広告貼り出したりなんかしちゃう。

「カップル客、増えましたね……」

 とレポートをやっていた大学生くんがげんなり呟く。なんと最近彼女にフラれたらしい。慰めるか励ますか悩んでから肩を叩いて労って、クリスマスプレゼントを贈った後にフラれるよりはまったくもってマシなんじゃないかと体験談を口にする。

「え、なんすかそれそんなんあるんすか」

「ある、あるんだよ。クリスマスプレゼント貰うために四股くらいして、プレゼント強奪した後に本命以外切るっていう悪魔の手先なの? って言いたくなる人間がこの世には生きてんだ」

「やだ……怖い……」

 大学生くんは震えている。おぼこい。確か今年成人式という若さだ。これから色々なことがある……ここを去った後も強く生きていってくれ……。

 涙ぐんだあとに早速カップル客がご来店した。大学生くんはレポートを中断したが目が死にかけていたので俺が接客のために近付いた。彼女用のクリスマスプレゼントの下見かと思ったが彼氏用のクリスマスプレゼントの下見であり、彼氏はなかなか強そうなリング型のピアスを耳にぶら下げていた。仲睦まじいカップルだった。

「新作のペアリングいいなこれ」

「ね、ゴツくなくて私もつけやすそう」

 カップルの朗らかな会話だ。俺は傍に立ってアクセサリーを収納しているケースの鍵をおもむろに開き、どうぞ嵌めてみてくださいと笑顔で話す。二人は嬉しそうにしてくれる。指は十五号と七号。個人的にめちゃくちゃちょうどいい。

 俺がこのようにせっせと接客している間に男性の一人客が入ってきた。あっと思ったが大学生くんがすぐさまレポートを中断して商品説明をしにいってくれて、革のキーホルダーをがんばって勧めて購入してもらえていた。ナイス過ぎる。いい感じの平日だ。いつもこんな感じならいいんだけどな……と、後日買いに来ると言ってにこやかに帰ったカップルを見送りながらしんみりした。

 今のところ心配はないが売上が低迷した場合やはり閉店の憂き目が襲い掛かってくる。俺は一応正社員だから即首切りとはならないが、ここではないどこか……なんなら他府県の別店舗に異動って形になるだろう。その場合奴原にはめちゃくちゃ会いにくくなる。ムリムリ、せっかく知り合っていい雰囲気(当社比)なのに、こんな段階では離れたくないに決まっている。

 カップルの嵌めていた指輪を磨きながら悶々と考えてしまった。

「久坂部さん、最近めっちゃ百面相ですね」

 と大学生くんが半笑いで話し掛けてきた。思いっきり顔に出てたみたいでちょっと恥ずい。

「そ、そうか……?」

「そうっすよー。おれ姉貴いるんすけど、似たような百面相めっちゃするんですよ。ウケる」

「表情くるくる変わるなら可愛いお姉さんじゃん」

「わはは、それ姉貴に言ってやってください」

「おーもちろんもちろん」

 なんて言ったけど機会を作りでもしねえと会ったりはしないよなあと内心思いつつ、大学生くんの名札をちらっと見下ろす。

 市平いちひら。市平くん。お姉さんの場合、市平さん。

「なんなら今度店に来てもらってくれよ、誠心誠意百面相で接客するぜ」

 頭から爪先まで社交辞令だった。大学生くんこと市平くんは笑いながら承諾してこの話は一旦ここで終わった。


 さあ、俺のこのような出勤労働帰宅就寝の日常サイクルを崩してくれるのはやはり奴原だ。

『こんばんは、久坂部さん。耳が取れたのですが、食べませんか?』

 という取れた部位紹介メッセージが仕事終わりの俺のスマートフォンに届いていたのである。

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