2 まあ珍しい状況だよな
料理はそこそこやるほうだ。時短でサクッと仕上がりサクッと美味い家庭料理が基本だが、角煮なども作ろうと思えば作れはする。そのため今現在目の前にある右手の角煮もええいままよと口に運べば余裕で美味かった。奴原の助言に従い爪をちゃんと取っておいたのがかなりいい判断だったようだ。指先の絶妙なコリコリ感が右手の角煮のメインとも言える部位だけど、もしも残っている爪に邪魔されていたらと思うと想像だけで草が枯れそうだ。
このように俺は満足して角煮で米など食べ始めたのだが、そういえば奴原はと視線を向けた。無表情で食べていた。でも箸の勢いはなかなか早くて規則的で、せっせせっせと口に角煮を運び続けている。
「お、お味はいかが?」
意を決して聞いてみると、
「久坂部さんは煮物がお上手ですね」
褒め言葉を賜った。
「ありがとう……染みるぜ……」
「あれ、言われませんか?」
「言われない、というより、人に手料理を振る舞わない」
「なるほど。じゃあこれは珍しい状況なんですね」
「手料理もだけど人間の部位で調理ってのも、まあ珍しい状況だよな」
「そんなのはいつでも差し上げますよ」
えー、マジで? と思いながら奴原の顔をまじまじ見る。さっきは無表情だったが今は微笑んでいた。顔だけならけっこう好みだ。とか言ってるからワンナイトキメちゃったんだろと自分で自分の過去をぶん殴る。その間に奴原は野菜炒めとわかめ味噌汁も食べていて、どっちもシンプルで美味しいと嬉しい話をしてくれる。
俺は単純野郎なのでこの時点でもう「奴原って……めっちゃ良くない?」な思考回路になっていた。いやめっちゃ良い、手料理褒めてくれるんだから味覚の相性もバッチリだ。むしろはじめから相性よかったか。なんせ読んでいる本の種類がかぶっていたから話が弾んで酒が進んで気が付いたら朝チュンしてしまっていたのだから。
悶々考えているうちに右手の角煮がメインの食卓は和やかに進んでいく。奴原は自分のぶん、というか自分の腕を平らげて、ぱしんと音を立たせながら手を合わせた。
「ごちそうさまでした、すごく美味しかったです」
と褒めてもらってから気付いた。
今こいつ両手合わせてごちそうさましてなかったか?
「え、生えた?」
「あ、生えました」
奴原はにっこり笑って右手を見せてきた。たしかに生えている、めちゃくちゃ生えている。ちょっとどうなってるのか知りたくなって席を立ち、断りを入れてから奴原の新しい右手を触らせてもらうことにした。ふつうにふつうの右手だった。なんとなく皮膚がきめ細やかな気がして新しいからか? と脳内で考えた。あとなんか、一日くらいかかるって言ってなかったか? 朝に取れたわけじゃないのか? えっもしかして俺とくんずほぐれつしてる最中に俺がもいだとかないよな?
半分くらい息切れしながら傷害罪疑惑に焦っていると、奴原は察したみたいで違いますよとしずかに言った。
「多分なんですけど、食べたからです」
「えっ」
「いつもは捨てたり、近所の猫ちゃんにあげたりしてまして、自分で食べはしないんです」
奴原って猫のこと猫ちゃんて呼ぶんだ……とはじめに思った。わかる、猫はかわいい。だがそれどころではない。
「自分で食べる食べないはともかく、野良猫に餌付けは……」
「あっ、そこなんですね」
「そこだろ、猫がかわいくてついエサをやるのはわからなくもねえけど、責任持てないことやんのは良くないぞ。近所で糞被害起こるかもしれねえしちゃんと考えないと」
「久坂部さん」
「おう」
「久坂部さんて、見た目と口調のわりに真面目ですね」
ゴリゴリにピアスとかネックレスとかしててごめんな!
「俺のことはいいんだよ、奴原さん、猫については」
「わかってます、久坂部さんの言う通りです」
「おお、わかってくれてるなら」
「近所猫ちゃんなのですが野良猫ではなく、ネグレクト猫ちゃんなんですよ……」
流れ変わっちゃったな。心臓の辺りがきゅっと鳴って、俺は握ったままだった奴原の手をぎゅっとした。
「飼い主を……殺そう」
心の底から提案した。奴原は目を見開いた。なんかその顔してしてるとヘビとかカメレオンとか爬虫類みたいだったがやがて笑顔が向けられた。
「動物に優しい人は、好きです」
「え、お、おう」
「久坂部さん、これからも一緒に食事、しませんか?」
「……奴原さんの部位を?」
「はい、取れ次第教えます」
手を握ったままぽかんとしつつ考えたが、まあ考えるまでもなかった。俺は俺で動物に優しい人は好きだ。手料理を褒めてもらいうきうきだ。夢山平雪のナンセンスグロ掌編で盛り上がれる相手だ。体の相性診断は記憶はないが済みだ。
「これからよろしく、奴原さん」
「こちらこそよろしくお願いします、久坂部さん」
右手の生え具合い確認はそのまま契約の握手になった。
俺たちの健全と不健全を行き来するメシ友(まれに性行為つき)関係はこうやって始まった。
なんていうかこの段階の俺は特に何も考えてはいなくて、右手の角煮の余りはとりあえずもらって夜ご飯にしようと冷蔵庫に入れておいた。
色んなことが一気に起こった。それで余計に今後について考える暇をなくしていた。
奴原はどうも隠しごとばかりしているみたいだったが、まだ触れられたりはしなかった。
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