デッドエンド⑤/vsギソード・ルーツ②

 向かい合うギソードとオズマ。

 そこにジュラとユイが駆けつける。


「さすがだ、ギソード」

「おう」


「なんか怖かったけど、すごかったよ!」

「おう。二度と使わねぇ」


「自分で設定した術式が馴染まないことはよくある。気を……落としているわけではないな」

「当たり前だ。頭スッキリだぜ」

「そうか。とりあえず、あと二人だな」

 ジュラたちに、いますぐオズマを囲む意思はないようだ。


「やぁ、オズマ」

「やぁ、ジュラ」


 興行ではしばしば、インターバルのようにアクター同士が手足を止め言葉を交わす場面がある。双方の合意が暗黙であろうと取られれば、その場面への介入は御法度とされる。シンプルに卑怯でダサいからだ。


「本来のスケジュールでのデッドエンドなら、俺たちも苦戦しただろう」

「……ありがたい言葉だ」


 “イミテレオ”ほどのクランが、“クアンタヌ”相手にここまで追い込まれたのは、ひとえに研究不足だったからである。


 確かに個々のアクターの実力では、“クアンタヌ”と対面し優位に立てる“イミテレオ”は数えるほどだろう。しかし、今回はあまりにも初見殺しが多かった。特にユイの対多数戦に秀でるというデータがあれば、あのように無闇に取り囲むような策は採らなかったはずだ。


 ギソードの術式も、ともすれば最終日までに全貌が明らかになっていたかもしれない。レイドほどのアクターを使ってまで様子見することも、儀式を完成させてしまうこともなかっただろう。


「……いや、言い訳にすぎないな。研究不足はキミたちも同じだ。ここまでは完敗だよ」

「ここからは違うとでも?」

「そう聞こえなかったのかな?」

「歓声で掻き消されてしまったらしい。あまりにもか細い強がりだったもので」


 一触即発。互いを讃えつつ軽口です煽り合うのは、上級興行以上でのマイクパフォーマンスの礼儀である。


「ノーマ! せっかくだ、キミもこっちに来ないか?」

 相も変わらず戦線から離れるノーマに、オズマが呼びかけた。

 投げやりな言い方だが、こうして集まっている中一人、というのは雰囲気が悪い。


 不貞腐れたように、ノーマが歩み寄ってくる。


「わりーわりー、集中してたんで、つい、な」

 作り笑いを浮かべるノーマ。


「ギソード、って言ったか? 端から見てたけど、すごかったよ。剣の腕も術式も、何よりその刀がすごい!」

「……? いや、これはアームズマートで一番安い……」

「掘り出し物だろうか? 見せてくれないかな」

「あ、あぁ……」


 妙に押しの強いノーマに困惑しながら、ギソードは刀を手渡す。


「へぇ……なんだ、本当に安物じゃない、かっ!」


 鞘から刀身を覗かせたノーマは、あろうことかそのままギソードに切り掛かった。


「なっ……にすんだ、テメェ!」

「貸せ、オズマ!」

 躱されるやいなや、今度はオズマのリズサークルを奪取。そのまま投げつけ、ユイを串刺しにする。


「え、あ――?」


 胸を貫かれ、ユイの魔力置換アストラル体が崩壊した。


「なにやってんだテメェーッ!」

「アクターの恥晒し!」

「「「ユイちゃーん!!!」」」

 当然、会場からは大ブーイングだ。


「ひ、ひひハハハ……」

 その怒号を、ノーマは喝采でも浴びるように受け止める。


「ノーマ、てめぇ!」

「待て、ギソード」

「ペチャパイスキー⁉︎」


「さっき、互いに研究不足だと言ったが……その通りだな」

「……残念ながら、そのようだ」

 鎮痛な面持ちで、オズマは突き立てられたリズサークルを拾い上げた。


「八百長とか考えるようなやつが、マナーを守るわけがなかった」

「我がクランの汚点だ。ここで拭い去る」

「み、な、ぎってきた、ぜ! 見せてやる、おれの《大完声エヴォルテージ》を‼︎」

「それはお前のじゃねぇだろ、卑怯者!」


 三対一の格好となった。


斬鉄剣ブレード][大躍動ストレングス


 ジュラが右腕を剣に変えると同時、オズマが《戦線響々レゾナンス》を発動。高まりに高まったノーマの魔力を掻き消す。


 音を超えるスピードで、ギソードが刀を振るった。


突撃槍ランス


 さらにデバイスを装填。


 ノーマの背後に回ったギソードが、全身を大きく捻って切りかかる。同時、ジュラの突進……これが[突撃槍ランス]の効力、魔力放出の用途を規定するタイプの外付け術式である。


 術式効果を剥奪されたノーマは、挟撃によって呆気なく敗北。大きく風穴の空いた胴を二度三度と輪切にされ、魔力置換アストラル体が霧散する。


「――ふぅ。さてはて、一人でどうするか……」

「気の毒に」


「……この場合、どうなるんだ?」

「どうもこうも。最後の一人になるかタイムアップしかない」

 ノーマ討伐のため足を止めたオズマと、大きく動いたジュラとギソード。陣営の対立ははっきりとしている。


「…………」

 真剣な眼差しで、量るようにギソードを見るオズマ。


「……なんだよ」

「あぁ、すまない。品定めをしていた」

「謝って済むもんじゃねぇな」

「なにを言うギソード。俺たちはいつもその価値を問われている」

「ちょっと黙っててくれねぇかな」

「……悪い」

 拗ねるように、一歩下がるジュラ。


「ギソード。確認した通り、デッドエンドの終了条件はタイムアップかラストスタンディングしかない」

「らしいな」


「デッドエンドには裏切りという隠しルールがあるのは知っているな?」

「あぁ。……なにが言いたい?」


「裏切りを行わない場合、生存したクランは代表一人を残し棄権する必要がある」

「……まぁ、そうなるか」


「言い換えるなら――勝利クランのアクターが数名舞台に残っている場合、ラストスタンディングとなるよう、他のアクターは棄権しなければならない。そうしなかった場合、そのアクターはと見做される」


 そこまで告げて、オズマは二人に背を向けた。


「ワタシはここで棄権する。これ以上戦っても“イミテレオ”の勝利には繋がらないからだ」


 無責任な笑みを浮かべて退場するオズマ。

 残されたジュラとギソードの間に、重い沈黙が漂う。


「オレは……」

「…………」


「ジュラ・アイオライト。オレは、お前に挑戦したい」

「そうか……そうか!」

 ジュラは破顔して、ギソードから開戦規定の五メートルを取った。


「…………ぶったぎる」

「…………やってみろ」


 先手はギソード。構えも助走もなく、棒立ちの状態から即座に《一閃》を放つ。


 半身で逸らすジュラ。


(《一閃》にはいくつか弱点がある……)

(くそっ……どうしても魔力で発生が読まれる……! 途中で大きく軌道を変えられない以上、最低でも三段までは避け放題だ……っ!)


大躍動ストレングス


 ギソードが着地すると同時、術式デバイスを装填。身体能力を向上させるものだ。


「《一

「遅い!」

 刀を振り出すより速く、屈んだ剣士の肩を蹴り上げる。


(二発目以降を最短で撃つには、着地からモーションを繋げるしかない。なら、そのモーションをキャンセルするだけのこと)


閃》!」

「⁉︎」

 刀の投擲。ジュラの右の肩口を深く裂き、舞台に突き刺さる。


「《一閃》!」

 手刀による追い討ち。左腕でかろうじてガードするが、刀を回収されてしまった。


「……やるな……!」

‼︎」

 足刀による跳び回し蹴り、回転を維持し切り払い。


 ジュラはこの連撃を、左腕一本を犠牲にして敗北を免れる。


 ここまでで五発。[大躍動ストレングス]を上回る出力が確定した。


「出し惜しみか⁉︎ 贅沢なことだ、ジュラ!」

「手足でもカウント取れるとは思わなかった! すまない!」


超越者オーバードライヴ


「十秒だ!」「十秒か?」

 宣言と問いかけは同時だった。


 ジュラの傍らに、コンマ二桁までのデジタルタイマーが表示される。


「《一 閃》」

[《斬鉄剣ブレード》、オーバー!]


 音を置き去りにした剣に、赤熱した刃が応える。


「《 一 閃 》」

 受けに出したブレードを解除し、空かす。


「 《 一 閃 》 」

 魔力を集めて再形成した肉厚のブレードが、バターのように断たれた。右腕が切り落とされ、断面から噴水のように魔力が弾け出る。


(来るか……八度目の《一閃》は、まだ誰にも破られていない……)


 レイドとオズマを相手取った戦いは見ていた。果たして、もう一度相対して勝てるだろうか? ジュラは喜悦に顔を歪める。


「来い、ギソード・ルーツ!」

「いくぞ、ジュラ!」


 ギソードの姿が消えた。あまりの魔力の濃さによって発生した蜃気楼が……あるいは化身となり、人の認識できる存在のレベルを超越したためか。


 しかし、人でないならば。

 アクターであるのならば――


「《一

   閃》」


 その剣技は、誰もが知る通り、時空すら斬り伏せる。


複層防楯シールド、オーバー!]


 対し、ジュラ。無数の剣閃を、全て障壁で押し留める。


 膠着は一瞬。しかし、歴戦のアクターであるジュラにとって、その一瞬は値千金であった。


斬鉄剣ブレード、オーバー!][突撃槍ランス、オーバー!]


 激槍による一点突破。

 腹に風穴を開けられたギソードは、その衝撃の余波によって観客席と舞台とを隔てる結界に磔になり、諸共崩れ去った。


「――――」


 そうして、興行の場に一人、ジュラだけが立つ。


 赤い瞳が、爛、と実況席を見つめた。

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