デッドエンド④

(トリアが一撃で、なにもできずリアイア……⁉︎ おいおい、なにやってんだよ!)


 一人戦いの外でうろちょろとしているノーマには、いま繰り広げられている状況がよく見えていた。


 精鋭とはいえ有象無象である“イミテレオ”では話にならない。経験豊富なシークや“イミテレオ”トップのトリアですら、ジュラ・アイオライトの興行IQを前にいいところを出せなかった。実力者であるレイド・ミラーはギソード・ルーツ一人に足止めを喰らっている。オズマは……まだ頃合いではない。


 たった今、ネームドではない“イミテレオ”全員が脱落した。フリーになったジュラとユイは、ギソードに加勢するか、それとも自分を仕留めにくるか――

「うおっ⁉︎」

 逃げ腰な打算を始めたノーマを、ギソードとレイドの八合目が生んだ衝撃波が叩いた。


 尻餅をつき、二人を見上げる形となったノーマには、何が見えたのか。



◆◆◆



「……なんだ、これは――」


 《八握剣マハラジャ》によるステータスアップ。それを正式な手順でコピーしたレイドは、漲らんばかりの魔力に困惑した。


「こっからが本番だ。いくぜ、猿真似ヤロー」


 ギソードの最高到達点。


 彼の技量を抑え込めるアクターは、当然“イミテレオ”にも数名いる。


 しかしトリアは不意打ちのため、オズマは大局を見越し殿しんがりを務めるため、それぞれ候補から外れた。スタートから指揮を執るためシークも除外……消去法でレイドが任されるのは自然な流れだったが、結果から述べるなら、最悪手である。


 正着は、ギソードを乱戦に巻き込み《一閃》の発動もそこそこに抑え、アガりきる前に討つことだった。人員は割かれるが、安全にギソードを落とすにはこれしかなかった。


 結果として、《八握剣マハラジャ》は完成してしまった。辛うじて《一閃》を凌ぎ続けてしまったばかりに、ギソードは一振りで時空をも断つ斬撃を放つ魔力を獲得した。


(だが、それはぼくも同じこと……!)


 あえてレイドが任されたメリットを挙げるなら、完成したギソードを相手にしても勝ちの目があることだろう。魔力は、レイドにも平等に降り注いでいる。


(ジュラの未公開の術式も一つ暴いた。[突撃槍ランス]と未判明は……欲張っていられない。ギソードはぼくがなんとかするしかないんだ!)


 振り下ろされる無銘の剣。なんとか反応し、魔力で編んだ剣で受けるが、依代役の《異形の幻影アナザー・ダブル》ごと粉砕される。


「一撃かよっ……!」


 続いて掬い上げるような払い。

 溢れる魔力で再び《異形の幻影アナザー・ダブル》を発動。しかし、再びトレースする術式を入力する隙はなかった。結局動作のコピーに徹させ、本体であるレイドを守る以外の機能を捨てるしかなかった。


 二体目、三、四、五。悉くが一刀のもとに斬り伏せられる。


「くっ……」


 演算は困難となるが、やるしかない。

 レイドはオーバーフロー分に無理を言わせ、迎撃用のほかにもう一体、《異形の幻影アナザー・ダブル》によってアストラル体を生み出す。


 ギソードの一太刀を受け破壊される一体目。そこにすかさず二体目が躍り出て、自爆した。


(これでどうだ⁉︎)


 ペチャパイスキーの[超越者オーバードライヴ]が証明しているように、魔力置換アストラル体は魔力の塊――リソースとして運用できる。爆弾として使えば、当然相打ちを見込めるほどの破壊力を生むだろう。悪くても戦闘続行困難――


 否。


「――――」

 屹然と立つギソード。無傷。健在である。


「まさか……! ……、オズマ! 来てくれッ」


 ノーマはまだ十分なバフを稼げていない。いま加勢を求めても共倒れになるだろう。


 音が生み出す衝撃波で加速しながら、オズマが駆けつけた。


「まずそうだな、レイド……」

「かなりまずい。これはもう、と言ってもいい」

「……だな」


 ダンジョン内にはしばし、魔物のほかに化身という存在に行き遭うことがある。

 それらは往々にして強大な魔力を有し、得体の知れないプレッシャーを放つ。オズマもレイドも一度だけ遭遇したことがあるが、いまのギソードはまさにだ。


 伝説上の魔物であったり、あるいは神仏であったり。例えるなら、そういった高次のものが近いだろう。


 対処法は、逃走以外にない。


(――そんなわけないだろ!)


 オズマの眼は、ある可能性を見据えていた。


 まず第一に、ギソードが化身となったのは術式の効果という点。レイドがある程度コピーできているように、ダンジョンで遭遇する不可思議なものではなく、あくまで理屈の上に成り立っている脅威だということ。


 次に、ギソードにもたらされた魔力の総量。魔物ならともかく、生身の人間、それもアストラル体が耐えられるものなのか?


 検証しているヒマはない。こうして突破口を探っている合間にも、レイドの《異形の幻影アナザー・ダブル》は次々と破壊されていっている。余剰魔力の影響と術式の酷使で両腕のアストラル体も崩れかかっている。保ってあと二、三体だろう。


 ここでレイドを欠くのは致命的だ。オズマは決心し、共鳴剣リズサークルを構えた。


「次の一体でスイッチだ」

「……助かる!」


 両断されたアストラル体の陰から、オズマが術式を開放する。


「響け、《戦線響々レゾナンス》!」

 地面に刃先を突き立て、輪上の鍔をギソードに向ける。


 放たれる鈴の音。

 音の波はギソードを包む魔力を剥がし――


「っ……」


 ――こそすれ、威力の減衰は認められない。


「オズマ!」

 咄嗟に割って入ったレイド。すでに使い物にならなくなった左手を犠牲に、オズマを突き飛ばす。


「すまない、レイド」

「どっちにしろもう腕は利かなくなっていた。それより、どうだ?」

「チューニングは合っている。となると……」

「複数の膜がある、か」

「珠玉の一振りを八度――そういうことだろう」


 つまり、術式ないしギソードのアストラル体を八回破壊する必要がある、とオズマは読んだ。レイドもそれに頷く。


 レイドの自爆で一度、先ほどの術式解除で一度。


(あと六回……そんな隙、どこに……)

 一手足りない。ギソードの気を引き付け、《戦線響々レゾナンス》を打ち込むには、どうしても。


 チラリとノーマの方を見やるが、期待できそうもない。ジュラとユイが“イミテレオ”の残党を狩り尽くせば、その矛先は容赦なくこちらを向くだろう。


 レイドのストックは残り二体。果たして――


「やめだ、やめだ!」


 思考を巡らせていると、途端に剣気が凪いだ。

 ギソードが術式を解除したのだ。暴威が鳴りを潜める。


「な――」

「――に」


「オレはな、そんな苦い顔されるためにアクターやってんじゃないんだ」


 戦術的に意味があるとは思えない。気の抜けた笑いを浮かべるギソードに、レイドは脱力感から膝をついた。


「オレは挑戦者チャレンジャーでありたい。あー、スッキリしたぜ。ずっと術式に悩んでたんだが、ありがとう、おかげでフッ切れた」


「ふ、ふふ、はははっ!」

 思わず、レイドが笑いだす。


「な、なんだよ……」

「いや、すまない。なるほどなるほど。ジュラが気を許すわけだ」

「……そうなのかね?」

「あぁ、そうだとも。……仕方ない。この勝負、ぼくの負けだ。悪いなオズマ、あとは任せる」

「あぁ、任せてくれ」


 まだ戦える魔力置換アストラル体を解除し、レイド・ミラーが棄権した。


 いま舞台には、“クアンタヌ”の三人とオズマ・イミテ、ノーマ・ルフツが残るばかりとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る