デッドエンド⑥/Jail Quantum
フィールドにはただ一人、ジュラだけが立っている。
レギュレーション:デッドエンドの規定では、この時点で決着となり、ゴングがなるはずだ。
大歓声もそこそこに、試合終了の合図がないことで観客がどよめく。
ジュラは一人、焦がれるかのようにして実況席を見つめていた。
鎖が一本伸びてきて、解けて光になり、光は収束してレィル・クアンタムを形作った。
「お疲れ様です、ジュラさん。ギソードさんも、ユイさんも、“イミテレオ”のみなさんも、なにより客席の皆々様に至るまで。このレィル・クアンタム、感謝申し上げます」
“クアンタヌ”メンバーのイメージカラーを意匠に組み入れたドレスを翻し、一礼するレィル。
「…………。席に戻れ、レィル」
ひどく不機嫌な低い声音で、ジュラが言う。
レィルは微笑みで返した。
「
「う、ふ、ふ」
艶美に笑み、レィルはハンカチでジュラの額の汗を拭う。
「【仕切り直しです】」
鎖の擦れる音に言葉が乗る。
レィルがそう唱えると、ジュラの
(奴隷への術的契約の応用か……)
ジュラは今もなお、レィルの《
結界による非
「……邪魔をするな」
「あなたの言う邪魔とは?」
「“イミテレオ”との決着はついた。《
「まだです」
「これ以上、ファンに迷惑をかけるな」
「迷惑⁉︎」
魔力放出によるプレッシャーが、スタジアム全体を揺るがす。
「あぁ、迷惑だ。俺を再びアクターとして舞台に立つ機会をくれたのは感謝している。この先ずっと、レィルに繋がれても返しきれないほどの恩がある」
「…………」
「だからこそ、アクターとして俺は抗議している。レィルは間違っている。いますぐ舞台から降りろ」
「ヤです」
「アクターでもない、興行もしないなら、舞台から降りろ!」
「うるっさいなぁ!」
地団駄を踏み、レィルは
……
「うるさい、うるさい、うるさい! あなた、なんて言いました⁉︎ またアクターにしてくれたから、一生わたしの奴隷になるって言いましたよね⁉︎」
「そうだ。この恩に報いるためなら、なんでも差し出そう」
「いままで一度だって、可愛いって言ってくれなかったくせに!」
「なんの話だ!」
「なんでもって言いましたよね? ……、なら、いまここでプロポーズからのキスです。できますよね?」
「……、…………………………落ち着け、レィル」
「落ち着けなくしたのは、あなたです」
知らずのうちに、ジュラを縛る鎖は解けていた。
それでもジュラがレィルを力尽くで舞台から降ろさないのは、困惑と……が大きいからだ。
「なんでもしてくれるんですよね? ほら、ほら」
「術式で俺を操れば済む話だろう」
「それじゃダメなんです!」
「……? 結果は同じじゃないか」
「ジュラ・アイオライトーッ! この人でなしーッ!」
「ペチャパイスキーじゃなかったのかー⁉︎」
「女の敵〜〜っ‼︎」
ジュラのデリカシーのない発言に、オーディエンスは罵声で答えた。
「違う! 俺は胸は大きい方がいい!」
「ぶっ殺すぞー‼︎」
「じゃあペチャパイスキーってなんだよ! おれたちを騙してたのか⁉︎」
「な、なんなんだ……⁉︎」
崖っぷちに立たされたような錯覚に陥るジュラ。
「よ、ペチャパイスキー」
「や、ペチャパイスキー」
そんな男の肩を叩いたのは、他ならぬギソードとユイだった。
「……敗者は去れ」
「お前今日帰ったらシバくからな」
「打ち上げの晩ごはん奢ってもらうからね」
「なんなんだよ」
「なんだもかんだもない。いまこうしてお嬢さんがここに立ってるってんなら、お前のやることは一つだろ」
「ほらほら。仕切り直しなんだから、ちゃんと演らないと」
二人は一際強くジュラの肩を押し、突き放す。
「それと。忘れ物だぞ、ペチャパイスキー」
「一応、これもね。疲れてるでしょ?」
ギソードが予備のダンボールマスクを、ユイが謎発光ドリンクをジュラに託し、地下道へと戻っていく。振り返ることはなかった。
「……まったく」
その毒としか思えない飲料を飲み干し(喉が鳴るたびに客席の悲鳴は増していった)、この数ヶ月馴染みに馴染んだダンボールを被る。
「……はぁ。レィル」
「は、はいっ」
「アクターをやってきて――ジュラ・アイオライトとして、マスクド・ペチャパイスキーとして、たくさんのファンに応援され、支えてもらってきた」
述懐し、マスクド・ペチャパイスキーはふと客席を見渡す。
「でも、
開戦規定、五メートルの離隔。
「[外付け]マスクド・ペチャパイスキー」
ペチャパイスキーが呟いたそれは、対戦開始前の紹介だった。
「ふ。《
続いてレィル。自身を戒める拘束を振り払うような仕草で、改めてペチャパイスキーに向かい合う。
「あなたが好きです、ペチャパイスキーッ!」
ゴング代わりとばかりに、レィルが絶叫した。
十本の鎖が意思を持ったように這い走る。とても個人が扱っているとは思えないその軌道を、しかしペチャパイスキーは[
魔力の籠ったペチャパイスキーの貫手。チェーンによる鞭打で弾かれる。
「あなたの答えを聞かせてください!」
「言わせてみろ、レィル!」
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