デッドエンド①

「――というわけだ、“イミテレオ”。この通りジュラ・アイオライトは健在。二ヶ月前から身分を偽り、興行に復帰していた。お前たちは何も成し得ていない。よって裁かれる罪も、その禊も、もうない。あとは観客のため、最高の興行を披露するだけだ」


「……ジュラ」

 自らの存在をもって、“イミテレオ”によるジュラ・アイオライト抹殺未遂をなかったことにしたジュラ。その狂気すら滲む堂々とした態度に、盟友レイド・ミラーが歩みより、握手を求めた。ジュラはそれに固く答える。


「久しぶりだな、レイド。いまは“イミテレオ”四位なんだろ? すごいじゃないか」

「まだまだだよ。まだ、真に強いアクターには届かない」

「よく言うよ」


 拳を合わせ、距離を取る二人。


 今度はオズマがやってきた。


「……まさか、キミがジュラ・アイオライトだったとは。父と仲間たちがすまなかった。この通りだ」

「頭を上げろ、オズマ。このデッドエンドが終わったら、冒険の話を聞かせてくれ」

「あぁ! ギソードくんもユイくんも、ぜひ時間をいただきたい!」


「…………」

「どうした、ノーマ。具合でも悪いのか?」

 レイドとオズマによって弛緩しつつある雰囲気。その中にあって一人、ノーマ・ルフツは辛酸を舐めたような顔で、輪の中心にいるジュラを睨んでいた。


「ふっ、ざけんなぁあああ!」

 ノーマの咆哮に、空気が止まった。


「なんだよ。なんなんだよ! ジュラ・アイオライト復活ゥ〜? ンなわけねぇだろ! アクターとしてのジュラ・アイオライトは、術核を奪われて再起不能! ここにいるのは外付けのアダプターとデバイスで誤魔化してる偽物! それが事実だ!」


(ノーマ……やはり、彼我の実力を見る目はまだまだのようだな……)

 ノーマの詭弁ともいえる指摘に、オズマは顔をしかめる。


「教えてやるよ、ジュラ・アイオライト。お前の術式は、術核は、いまやおれのモノだ! はーっはっはっはっ!」


 そういって、ノーマは手術跡の残る腹を衆目に晒した。


 にわかにどよめき立つ会場。前回のランク戦で披露したノーマの術式は、確かにジュラ・アイオライトの再来ともいうべきものだった。誰もがノーマに期待した。その真実が、これだ。術核を強奪したのち、移植……禁止はされていないが……そうまでして勝利に固執する姿勢は、この場において卑怯という評価を下された。


「ノーマ、貴様!」

「いい、オズマ。レイドもだ。あぁ、もう、ギソードもユイも待ってくれ」

 殺気立つジュラ側のアクターたち。それを、ジュラは宥める。


「ノーマ・ルフツ……そうか、あの日のアクターが君か」


「っ、舐めてんのかテメェ!」

「いや、違う。尊敬しているんだ。君ほど勝利に対して真摯なアクターを、俺は知らない。面白い、面白いな」


 獰猛な笑みを浮かべるジュラ。憎しみや憐れみといった感情は一抹も感じない……純粋な興味。およそ自分のアクターとしての生命線を奪われた人間が放つものではない。ノーマは、無意識に一歩後ずさる。


「いいじゃないか! 復活のジュラ・アイオライト対ジュラ・アイオライトの術式を持つ男! そうだろう⁉︎」


 観客が大歓声で答えた。


「……と、いうわけだ、ノーマ。俺が本当にジュラ・アイオライトかどうか、君自身の手で暴けばいい」

「――――」


 暴くまでもない――ノーマは、打ちひしがれた。

 目の前にいるのは紛れもなくジュラ・アイオライトだ。その命全てを興行に捧げる異常者である。


「……さて。俺たちはいつでも始められるが――トリア、お前たちはどうだ?」

「ぶっ殺してやる」

「じゃあ、やろうか」


 両陣営が、対戦開始規定である五メートル以上の距離を取った。



『クラン“イミテレオ”、持ち点なし。


 《追影ハイドシーカー》トリア・トリア。武装はダンジョン拾得品、爆裂鉱石バクマイト加工ナイフ。


 《大完声エヴォルテージアラタメ》ノーマ・ルフツ。武装はダンジョン拾得品、魔剣不生不殺いかさずころさず


 《戦線響々レゾナンス》オズマ・イミテ。武装はダンジョン拾得品、共鳴剣リズサークル。


 《異形の幻影アナザー・ダブル》レイド・ミラー。武装はなし。


 以下、参加アクターはこちらとなります』



 人数の都合で紹介から漏れた十五名のアクターのステータスが、電光掲示板に表示される。


 オズマがそうしていたように、“イミテレオ”では都市の外にあるダンジョンなどを攻略する冒険者として修行を積む者が多い。そのせいあってか、武装はどれもダンジョンでの拾得品である。



『続いて、クラン“クアンタヌ”。こちらも持ち点なし。


 [外付け]マスクド・ペチャパイスキー改めジュラ・アイオライト。武装はクアンタム製術機関試作術核アダプターベルト及び術式デバイス。持ち込みデバイスについてはこちらの通りとなります。


 《八握剣マハラジャ》ギソード・ルーツ。武装はアームズマート製無銘。今回、術式初公開となります。


 術式なし、ユイ・ラボグロゥン。武装もなし……なし⁉︎ いえ、失礼しました……。


 以上となります』



『では、規定通り五分間の戦略ストラテジータイムを設けます。観客の皆々様におかれましては、しばしお待ちを』



「やっぱ数だよなぁ。いくら“クアンタヌ”が少数精鋭でも、六倍だろ? しかもトップアクターたち揃い踏みだ……」


「……これ、もしかしてペチャパイスキーの[超越者オーバードライヴ]完封されてね?」

「え? あ、あぁっ! そうか、時間制限って言ったって、秒数が短いほど強くなるなら、使い所が限られる!」

「でも読み合いなら、それこそペチャパイスキーの得意だろ」

「数の有利がある上、オズマがいる……。“クアンタヌ”にデッドエンドの話を持ちかけたの、オズマなんじゃないのか? やるなぁ……」


「えー、ヤバ……レイド様そんな顔するのズルすぎ……」

「写真、あるよ」

「神じゃん」


「ギソードの術式、結局なんなんだ? 技のキレが上がってくったって、いままで隠してたんだろ? なにかあんだろ絶対」


「せーの!」

「「「ユイちゃーーーん!!!!」」」



 事前情報が開示されてから、観客たちは思い思いに声を上げる。

 ステータスを元に展開を予想する者、自分なら……と戦術を組み立てる者、ファン活動に勤しむ者。――と、ユイの応援団が騒ぎすぎて警備スタッフに注意され、少し静かになったところでブザーが鳴った。


 ストラテジータイム終了。“クアンタヌ”は全員その場に残り、“イミテレオ”はノーマとレイド他三名を残して一旦退席。逐次投入を選んだようだ。


 モニターを見上げるレイド。資料映像や戦績は確認できていないが、先ほどオズマから摘要を聞かされている。



(ジュラの[外付け]は……ふむ。


 [攻城砲キャノン]。特大の魔力放出を可能とする。


 [斬鉄剣ブレード]。魔力置換アストラル体の一部を片刃の剣にする。これまで右腕のみだが、ブラフの可能性有り……。


 [大躍動ストレングス]。身体能力の向上。膂力のみならず反応も良くなるということは、アストラル体そのものの精度を向上させるものか? いや、ジュラに限ってアストラル体の不出来はないはずだ。フィードバックでないなら、どこに作用させている……? 考えても仕方ないな。


 [超越者オーバードライヴ]。発動後、任意の時間でアストラル体の魔力を使い切るように圧縮・放出させる術式……ルールで対策はしているが、使われる前提でいこう。


 [複層防楯シールド]、[突撃槍ランス]……使用履歴なし。ある程度推測は立つが……残り一つ、伏せられたものがある……。オズマとトリアが出る前に引っ張り出せれば御の字だが……)



『Ready――』


(ギソード・ルーツやユイ・ラボグロゥンも無視できない戦力だ……。さて、どこまでやれるか――)


 レイドが腹を括るのと同時、ゴングが鳴った。

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