前哨戦
「どういうことだ、トリア、ノーマ⁉︎」
“イミテレオ”控室で、オズマが激昂する。
ちょうど準備を終え、控室を出ようとしたころに放送は始まった。緊急だというので、四人はここに留まり、リングを映すモニターを注視していたのだ。
「…………」
「チッ」
トリアは沈黙。ノーマ……“ホップログ”に所属していた、取り柄のない男こそ彼である……は告発への不快感を露わにした。二人に共通しているのは、面倒なことになった、という萎えた感情である。
「……十ヶ月前……ワタシが冒険者として修行していた時期だ……! 父も、みんなも、なぜ言わない⁉︎ なぜ隠した⁉︎ なぜ、なぜジュラ・アイオライトに汚名を被せたッ‼︎」
「そこまでにしておけ、オズマ」
「レイド……」
怒髪天を衝かんばかりのオズマの肩に手をかけたのは、部屋の隅で壁にもたれかかってばかりだったレイド・ミラーだった。
「レイド、キミは悔しくないのか⁉︎ ジュラ・アイオライトの盟友だったキミは、いま何を考えている!」
「……ジュラなら、興行のことを考えるだろう」
目深に被った帽子の奥から、狂気をはらんだ瞳が覗く。
「“クアンタヌ”のオーナーが言った通りだ。あくまで彼女は、今回の件を断罪劇として収めようとしている。観客もそれを望んでいるだろう。だから、やるしかない――と、ジュラなら言うだろう」
「っ……」
「ぼくたちはアクターだ。そうだろう?」
オズマは、レイドの眼光に覚えがあった。
先日のファミレスで、マスクド・ペチャパイスキーがダンボールから放っていた熱と同じものだ。
では、まさか、いや、そんなはず――
「そこにいるのか、ジュラ・アイオライト――!」
◆◆◆
「グ……くそッ、なにが目的だ⁉︎」
ガラスの破片が飛び散る放送室で、ナゾラ・イミテは鎖で雑に拘束され、転がっていた。
彼が見上げる格好となったレィル・クアンタムの顔は、恍惚としていながら、しかし虚無感に耐えるような、複雑な彩である。
「この期に及んで、妙なことを聞きますね?」
ジュラから投げつけられた椅子を愛おしそうに抱きしめ、レィルはナゾラと視線を交差させる。
「告発。以上です」
「ならなぜ、こんな大掛かりな……。立派なテロ行為だぞ、世間が黙っていない!」
「世間が黙っていないのは、あなたも同じでしょう? それに、そんなことは承知の上です。いまこのとき、たった一戦の興行のためなら、わたしは死んでも構わない――」
「……狂っているぞ」
「最高の舞台をアクターに用意する……それがオーナーの役目。それこそ、あなたも同じなはずです。熱狂のためなら進んで自らを焚べる、そうでしょう?」
微笑みを浮かべて、レィルは眼下の舞台を見やる。
地下道のあたりに、影が増えてきた。アクターたちの準備が整ったようだ。
「これは復讐です。ジュラ・アイオライトを葬ったあなたたちに、ジュラ・アイオライトを忘れられないくせに忘れようとした皆さんに。そして、ジュラ・アイオライトを再び興行の夢で焦げ付かせたわたしに対する」
「再び……? まさか、あの仮面の男は……!」
◆◆◆
登場アクターを紹介するアナウンスはない。レギュレーション:デッドエンドでは、まず互いのクランのマイクパフォーマンスで場を温め、それから参加するアクターのステータス公開となるからだ。
毅然と入場する“クアンタヌ”に対して、“イミテレオ”の足取りは重い。
無理もないだろう。これはあくまで興行の形をした公開処刑……断罪である。
「…………」
先頭を歩くのはトリア・トリア。その後ろにノーマ、オズマ、レイドの三人が横並びとなり、また後ろには烏合の衆……といった具合だ。
「“イミテレオ”代表、トリア・トリアだ」
“クアンタヌ”と相対し、トリアはさらに一歩踏み出す。
「マスクド・ペチャパイスキーだ。うちのオーナーがすまない……こんな形になってしまって……」
「仕方のないことだ。元はと言えば、我々の身から出た錆……。むしろ興行の場で裁かれることを、……亡きジュラ・アイオライトなら喜ぶだろう」
「……だろうな」
「…………」
「だが、どうだ? 相手がこんなに消沈していては、その男も……なにより観客も、手放しに興行を楽しめないだろう」
「仕方がないことだ」
「仕方がない? なぜだ? ……観客のブーイングか? 素晴らしいパフォーマンスでひっくり返せばいいだろう」
「それは……そうだが……」
「……ジュラ・アイオライトへの感情か? その男なら、いまのお前たちにどう言葉をかける? 背筋を伸ばせ、興行に全てを捧げろ――そうじゃないのか?」
「それも……そう、なのだが……」
「……呆れた。我が身可愛さか? いまさら後悔しているのか? ジュラ・アイオライトを追放し、なお興行に臨む自分たちを後ろめたく思っているのか?」
「っ……そうだよ、悪いか⁉︎ 知った口を利きやがって……! お前らのオーナーが見せた通りだ……。目障りだったんだよ、アイツが。そこのノーマを盛り立てようとしたが、アイツはそれを許さなかった……全部ノーマと、ファンのためにだ! 正しすぎたんだ、眩しすぎたんだよアイツは! 同じクランで、同じアクターやってて、……くそッ! 仲間と遊んでいるとき、少しトレーニングをサボったとき、格下を相手に手を抜いたとき……っ、アイツの言葉がチラつくんだ……それでいいのか、って!」
(あー、言うなぁ)
(うわー、ペチャパイスキーも同じこと言いそう……)
(――とか思ってるんだろうな、こいつら……)
トリアの懺悔に、ギソードとユイは染み入るような顔をした。雰囲気にも出ていたので、ジュラはそれを背中で感じ取る。
「トリア・トリア、それはお前が悪い。アクターである以上、私生活も全てがファンのためになければならない」
(言ったー⁉︎ 本人スゲー!)
(ちょっと刺しちゃう気持ちわかるかも……)
(ギソードもユイも、気が緩んでいないか……?)
「キ、サマ……ッ! 何様のつもりだ! それでも人間か⁉︎」
「アクターだよ」
「それが許されるのは、ジュラ・アイオライトだけだ! だが死んだ、死んだんだよ! アクターとして生きた人間は死んだ! だから、その言葉はっ……現実のものではないッ! 敗者の、亡霊の強がりなんだよ!」
先ほどまでの沈んだ空気は一転、感情を露わにするトリア。長年のコンプレックスが、叫びと共に溢れ出す。
「――、そう……だな。ジュラ・アイオライトが死に、興行の舞台を降りたなら、確かにそうだろう」
声音を下げて、ペチャパイスキーはダンボールマスクに手をかける。
「だが、俺はここにいる」
「――!」
その素顔が晒された。
透き通るような白髪に、赤い花を煮詰めたような深紅の瞳。
ジュラ・アイオライトが、そこにいた。
「ジュラ・アイオライトォーッ!」
狂乱のトリアが、ゴングも
「おっと、それはまだだぜ」
腰溜めに構えたナイフの突撃を、ギソードが鞘で抑えた。
トリア以外の“イミテレオ”は、幽霊でも見たかのように硬直している。いや、オズマだけは歓喜に震えていた。
「ペチャパイスキーがジュラ⁉︎」
会場のどよめきが混ざり合い煩雑な音となった中で、ユイがその言葉を代表した。
「ジュラ・アイオライトはペチャパイスキーみたいなヘンタイじゃないよ⁉︎」
「ヘンタイだったんだよ」
「ギソードは知ってたの⁉︎」
「もしかして? って思ってカマかけたら答えてくれたぞ」
「うわー、聞けばよかったー! ボクもね、あれ? とは思ったんだけど……こんなヘンなヤツじゃないなって」
「オレもだよ。魚の骨は食うし、謎の光るドリンクは飲ませてくるし、いっつもダンボール被ってるくせに誰よりも真剣だし」
「ボロクソに言うじゃん」
「言うよ! あと隠してること、ない? あるならいまのうちだよ?」
「わり。この間ユイに黙ってペチャ……ジュラとケーキ食った」
「はァ⁉︎ なんでいまそれ言うの! 言わなきゃいいのにー!」
「ふ、ふふっ……。そうだな。俺はペチャパイは好きではない。どちらかと言うと巨乳派。大きければ大きいほどいい」
「お前もう人間アピールすんの禁止な」
「ジュラがジュラ・アイオライトのイメージを毀損してまーす! ジュラ・アイオライトはジュラを訴えるべきでーす」
「なんなんだよ」
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