disclosure

『えー、緊急です』

 ハウリング音混じりに、司会の男が会場に語りかけた。


「なんだなんだ?」

「事件か? 事故か?」

「エキシビション中止だけは勘弁してくれよー!」

「中止⁉︎ 有給取ったんだぞ⁉︎」


 異例である。観客は騒然となった。


『この度、クラン“クアンタヌ”オーナー、レィル・クアンタムから連絡があり――』

「レィルが?」

「ホントにお仕事頑張ってるんだねー」

「…………」

 “クアンタヌ”一行もまた、アナウンスに耳を傾ける。レィルの名前が出た手前、尚更だ。


『本日予定していたエキシビションマッチのカードを変更し……え⁉︎ 失礼しました……ランク戦最終日に予定しておりました、“イミテレオ”と"クアンタヌ"のレギュレーション:デッドエンドを開催いたします……』


 ……一際強い喧騒が起きる。


 “イミテレオ”メンバーの興行を見られることに変わりはなく、観客の反応は概ね好意的だ。しかしながら、なぜ、どうして、という混乱があるのも確かである。


『あー、クラン“イミテレオ”オーナー、ナゾラ・イミテです。この度は“イミテレオ”トップアクター四名によるエキシビションを楽しみにしていただいた皆々様には大変申し訳ないのですが……クラン“クアンタヌ”オーナーであるレィル・クアンタムの提案により、予定を前倒すことにいたしました』

 ナゾラの鎮痛な声が響く。


『会場にお集まりの、興行を愛するすべての皆様、はじめまして。クラン“クアンタヌ”オーナー、レィル・クアンタムです――と、まぁ、わたしなんかの挨拶はこのくらいにしておいてですね。少々目と時間を拘束おかりします』

『話が違うぞ、レィル・クアン――』

 スピーカーの向こうから、鎖の擦れる音と男の小さな悲鳴が聞こえた。


 その検証をする間もなく、突如、リングと天井双方から、巨大なチェーンが伸びて互いに突き刺さった。


 鈍色の壁、とでも言おうか。それは徐々に彩りを増し、スクリーンとしての機能を獲得する。


 《拘束令状レディ・タキオン》は、拘束するという結果を生むのならどのような内容だろうと実行できる光芒の鎖である。レィルは今回、彼女自身が言った通り、観客の視線と意識を捕らえる、という条件で発動したのだ。


 映像が流れる。それは、レィルが契約術式の副作用で閲覧した、ジュラ・アイオライトの結末であった。


 八百長を指示したナゾラ。それに反抗し、あるアクターに腹を刺されるジュラ。好奇とばかりに殺害を目論んだトリアに、狂奔のままリンチに参加した“イミテレオ”のアクターたち。術核を奪われて尚、興行への情熱が揺らがない異常者――。


 …………、暫しの沈黙ののち、客席から巻き起こったのは怒号だった。


 単純に“イミテレオ”を非難・叱責するものから、度を越えた罵詈雑言。その只中で、ジュラは、

「…………」

 ひどくつまらなそうに、椅子に体を預けていた。


「悪いことするやつもいるんだなぁ……」

「ど……どういうことだよ、ペチャパイスキー⁉︎」

 勇者候補らしく善悪を量るユイと、思わずジュラに掴みかかるギソード。


「どうもこうもない。……下らない暴露劇だよ」

「下らないって、お前……ッ」

 お前のことだろう。どうしてもっと怒らない? そう言いかけて、ギソードは言葉を飲み込んだ。マスクド・ペチャパイスキーとは、ジュラ・アイオライトとは、こういうアクターなのだと痛感したからだ。


『許せませんよね、みなさん』


「そうだそうだ!」

「なにが失踪だ! なにがアクターの面汚しだよ!」

「テメェらの八百長にジュラを巻き込みやがってーッ!」

「出てこいナゾラ! 出てこい、“イミテレオ”のカスども!」


 レィルの問いかけが、場のはち切れんばかりの怒りに方向性を与える。


『だからこそのデッドエンド! 絞首台に立つ“イミテレオ”を、必ずや我々“クアンタヌ”が罰します!』


 芝居がかったその宣言を、観客は大歓声で迎えた。


「――――」

 ジュラ……マスクド・ペチャパイスキーが、剣呑な雰囲気で立ち上がる。


 “クアンタヌ”を代表するアクターの動きを、みな狂乱のまま囃し立てる。


「――――」


 辺りを一瞥したペチャパイスキーは、座っていた据え付けの椅子を強引にもぎ取ると、大きく体を捩って、それを放送席のガラスに投げつけた。


「⁉︎」

「え、なになになに⁉︎」

 隣で見ていたギソードもユイも、ペチャパイスキーの突然の行動に混乱を隠せない。その暴力性の発露もだが、それよりも……


「落ち着けペチャパイスキー! ナゾラに対する怒りはわかる。だが、あそこにはお嬢さんもいるんだぞ⁉︎」

「そうだよ、ケガしたらどうするの⁉︎」


「レィルなら大丈夫だ。それに、俺はいま、レィルに向かって投げた」


 風穴の空いたガラスの向こう。腕を緩く組んだまま会場を見下ろすレィルは、投げつけられた座席をしっかりと鎖で受け止めていた。


「レィル。つまらないマネをしてくれたな」

 静まり返った場内に、ペチャパイスキーの声が通る。


『えぇ。ですから、これからしっかり盛り上げてくださいね』


「ふ、ふふっ……。あぁ、なんだ、まだ面白いことも言えるじゃないか。前座がどうあれ、アクターの使命は変わらない。ギソード、ユイ。すまないが……」


「謝んなバカ。……思うとこはあるけどよ。でもまぁ、オレは断罪ってのに賛成だ。お前がやるっていうなら付き合うぜ、ペチャパイスキー」

「前倒しって言ってたもんね。ここまでするってことは、レィル、すごい困ってただろうし……“イミテレオ”の人たちも、騙して隠すの辛かっただろうに。だからさ、ね?」


 客席を立ち、関係者通路からリングへ通じる地下道へ。


「人助け、やっちゃおう」

「ごちゃごちゃめんどくせぇモン持ち込みやがって。全部ぶったぎる」

「……あぁ。思惑はどうあれ、やることは一つ。最高の興行を見せてやろう」

 

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