ランク戦当日②

 ユイ・ラボグロゥンの朝は遅い。


 ジュラもギソードも陽が登ってから少しして目を覚ます。クアンタム製術機関もまた原則九時-十七時のスケジュールなため、レィルもそれ相応の時間に起きて寝る。


 ユイはといえば、大体十時くらいに起床し、日付が変わるころに眠りにつくのがほとんどだ。そのため、興行の始まる夕方までは基本的に単独行動となる。


「うん、よし!」


 まずはランニングと基礎トレ。どんなに調子の悪い朝でも、ちょっと体を動かせばいいところまで持っていける。


 次にレポート。昨日の分の日記、といってもいい。日を開けるのは客観的かつ取捨選択を終えた情報を記入するためだ。これは、ある程度まとめて勇者製造計画主任・ボルスへと送られる。文面は暗号化されており、意味のある文章を拾うことはできない。


 ……。


「術式。術式かぁ……」


 屋上、予備魔力タンクの陰。


 期せずして、ユイもまた、ギソードと同じ問題に行き遭っていた。


 トートバッグに昼食用のサンドイッチと紅茶を入れた水筒、レィルから借りた一冊のファイルをお供に、ユイは少し冷たい風に吹かれる。


 ユイがぼんやりとしながらページをめくっているのは、ジュラ・アイオライトに関する記事の切り抜き(の複製)だ。


 “クアンタヌ”に所属する新人アクターとして、興行とは、アクターとは何たるかを知るには最短ルートだろう。


「仕切り直し……そういうのもあるんだ……」


 ジュラ・アイオライトというアクターは、特に魔力置換アストラル体への造詣が深かった。


 どこを傷つければより魔力漏出を早め、スマートに勝利できるか。

 元の肉体から、どれだけ逸脱した身体能力を得られるか。

 生身とアストラル体とで、魔力の運用にどのような違いがあるか。


 ――などなど。


 ユイはその中でも、試合中にアストラル体を解除し、また換装する仕切り直しのルールに興味を惹かれた。


「『乱入などで舞台の人数が増えた際、両陣営・良アクターの合意があった場合、魔力置換アストラル体への再換装ができる』…………」


 乱入が見込まれる場合、ある程度捨て身を覚悟するのもいい、と締められている。


「意外と計算高い人なんだなぁ」


 あるいは、巧い人。ユイのジュラ・アイオライトというアクターへの印象は、老獪とも言える謀略と誰よりも熱い興行への情熱を併せ持った、いわば興行の合間に人生をやっていそうな――


「ペチャパイスキーみたい」

 思わず笑みが溢れた。


 ジュラ・アイオライトに失礼だろう。あんな変人、二人といないだろう。そうだろう、そうだろう。ユイは他愛もない想像をよそに、ページを進めていく。


 これからアクターを志すキミへ、という記事の切り抜きだ。



『術式を決めるのは慎重にした方がいい。一生モノとまでは言わないが、基礎コンセプトはどうしても術核に影響が出る。術核に指向性が付くと、刻み直した術式もそれに引っ張られる』


『術式を決めるのは早い方がいい。どんなものであれ、習熟に勝る宝はない。いま候補があって、でもあとで別の候補が来るかもしれない? いつまで迷う気だ。とりあえず決めて、使いこなせるようになる。案外、馴染むものだ。俺がそうだった』



「…………どっちだよ!」

 思わず叫んだが、どちらも真実であることはユイもわかっている。


「軽率と優柔不断はダメ、ってことなんだろうけど……」


 青空に向かって、一唸り。

 人造勇者、ユイ・ラボグロゥン。いずれ顕れる魔王と戦う者。


「…………ボクは…………」


 例えば、魔王の弱点となる術式を刻むとする。

 大事なことだ。使命に殉じた、正しい選択だ。


 ――いつまで迷う気だ?


 その魔王はいつ顕れる? 弱点の判明はいつだ? 後出しジャンケンに成功したとして、付け焼き刃の術式で本当に通用するのか?

 それなら、長く磨き上げた、熟達した術式で、真正面から立ち向かう。その方が絶対にいい。


 それに。


 ランク戦シーズン後、新人アクターとしてインタビューを受けるらしい。新人数名を集めて交流の様子を記事にする、とも。


(そこで一人だけ術式が決まっているボク――これじゃない⁉︎)


 立ち上がるユイ。


「よし、やるぞーーーー‼︎‼︎」

 天地を揺るがす決意の叫び。


 一拍置いて、製術機関ビルの警報が鳴った。

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