ランク戦当日③
「レィルを見なかったか」
「お嬢さんどこに行ったか知ってるか?」
昼過ぎ。
製術機関ビルのその辺の廊下ですれ違ったジュラとギソードは、互いに尋ねた。
「いや、見ていない。興行の打ち合わせに行くとも、なんとも」
「ペチャパイスキーが知らなきゃ知らねぇな。何かあったのか?」
「あぁ。コンビニの景品で、こういうものをもらった。レィルに渡そうと思う」
手のひらにはなんともいえないタヌキのキーホルダー。
「……似てるな」
「だろ?」
そのキーホルダーはどことなく……雰囲気というべきか……レィルに似ていた。
「まぁいい、急ぐことでもない。ギソードはどうした?」
「術式をどうしようか悩んでいて……。ジュラ・アイオライトから始まった術式だ。お嬢さんより詳しいのはいないだろう」
「違いない。……代わりといってはなんだが、過去の剣舞会の資料なら場所を知っている」
「マジ? お嬢さん見つかんねぇしな……案内してくれるか?」
「あぁ」
そうして二人は、地下資料室へと向かった。
「てかペチャパイスキー、コンビニとか行くんだな」
「……まぁな」
◆◆◆
クアンタム製術機関・地下資料室。
扉横のスイッチを入れると電灯が点いた。
立ち並ぶ無機質な鉄鋼フレームの書架。書架、書架……。
「すっげぇ……」
あまり文字を読まないギソードだが、この空間には圧倒された。
「製術機関だからな。過去の術式やその運用データ、歴史、実際にロールアウトしたものからペーパープランで終わったもの……術式に関する大体の資料は揃っているらしい」
「はぇー……」
「アホヅラ」
「変態マスクマン」
「……ただの軽口だ。気を悪くしたならすまない」
「……オレもだ。気にしてないから気にすんな」
言い合いながら、目当ての本を探す二人。
「……どこだったかな…………」
「場所知ってるんじゃないのかよ」
「この資料室にある。そう言っただろう」
「どの辺りだ?」
「……どこだったかな……」
「それは知らないっていうんだ。次は気をつけろよ」
「あぁ」
二人は探索を続ける。
「方向音痴なのか?」
「興行をやるスタジアムには一人で行ける。昨日の晩も、一人でコンビニに行って帰ってこれた」
「あー……なるほど。ほかに興味がないから、頭ん中に地図を作るって概念がないのか」
「?」
「方向音痴ってより、方向って感覚が育ってないんだよ、ペチャパイスキーは。かわいそうに……今度みんなで出かけような」
「そんなことよりトレーニングだ」
「異常者め」
「妻帯者め」
「悪口じゃないだろ、それ」
「さっきアホヅラって言ったとき、嫌な気分になったからな」
「……情緒が赤ちゃんだろ。あとまだ結婚はしてねぇ」
「! あった、これだ」
「おぉ、これが」
剣舞会運営が発行している冊子である。全参加アクターのプロフィールと会での戦績のほか、直近一年の主だった興行の成績も併記されている。試合の全てはやり取りが仔細に記録されており、いくつかの名勝負と呼ばれるものには感想戦としてアクターたちのインタビューも載っていた。
「さすがに値が張るなぁ」
一般販売はされているものの、その密度と需要から、本にしては高めの値段設定がされている。まさに値千金だ。
「…………」
読み始めるギソード。
「…………ジュラ・アイオライトも参加してんのか」
「一度だけな。そこそこやれる有名人だからって呼ばれて、素人にしては意外とやれるって言われて終わったよ」
ギソードと同じ前座での参加だ。
最強ともいえるアクターのジュラ・アイオライトは、剣聖を相手にどう戦うか? というお題目。慣れてはいないものの刀剣も扱えるジュラ・アイオライトだったが、剣技に打ち込んだ本物を相手に才能だけでは刃が立たなかった。
「……、そんとき、どう思った?」
「負けたのは悔しかったが、いい経験になった。後日剣舞会の連中相手に興行の試合を申し込んでやり返してやった」
「へぇ。まぁ、互いに得意があるからな……あったあった、感想戦のインタビュー、『覚えてろ』だけって」
「剣舞会の決まり手は剣技だけだからな。苦労させられた」
「はは……。そっか、そうなんだな、ペチャパイスキー。いや、ジュラ・アイオライト」
「――――」
ジュラはその場で固まった。
「――どういう」
「どうもこうもねぇだろ。油断しすぎっつーか、隠すって気が弱ぇのか……。今日なんかふわふわしてっから、ちょっとカマかけたらこれだよ。はぁ、マジか……」
「俺はマスクド・ペチャパイスキーだ」
「はいはい。否定したかったらダンボール脱いでくれな」
やれやれ、と肩をすくめるギソード。
所在なさげに、ジュラはギソードに体を向ける。
「なにを隠そう、俺がジュラ・アイオライトだ」
「おう。そうか」
「…………」
「…………」
「……なにか、言いたいことや聞きたいことはないのか」
「別に。昨日今日と怪しいなって思って、確認したかっただけだ。確かに色々あるけど……こう、わかってみると、まぁいいかなって」
ギソードは軽く笑い飛ばして、剣舞会の資料に意識を戻した。
「その、騙してたのか、とか……」
「だからいいって。なんか理由があったんだろ? そうだ、お嬢さんは知ってんのか?」
「ペチャパイスキーはレィルの提案だ」
「ユイは?」
「確かめられたことはない」
「そっかそっか。じゃあ、自力で辿り着いた一番乗りはオレってわけだな」
「そうだな」
「なら尚更。お前のことだ、イイとこで上手いこと打ち明けるんだろ」
「そのつもりだ」
「だろ? 楽しみにしてるよ。これからもよろしくな、マスクド・ペチャパイスキー」
「あぁ。よろしく、ギソード・ルーツ」
二人は握手をして、今度こそ資料を――
「やっぱダンボール取ってみてくれないか?」
「やだ」
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