ランク戦当日①

「……珍しいな」


 目を覚ましたギソードは、身支度を済ませてトレーニングエリアにやってきた。


 自分が来るころにはすでにペチャパイスキーはランニングをしているところなのだが……そのペチャパイスキーはいま、ベンチで寝息を立てている。


「座ったままかよ」

 寝そべればいいものを、背もたれも肘掛けもないままである。


「……」

 こうしてみると、気になるところが多すぎる。


 まずギソードは、ペチャパイスキーが寝ているところを見たことがない。長くも短くもない付き合いだが、朝晩と行動を共にしていても、睡眠をとる気配すらないのだ。常識では考えられない寝相、という点では予想通りだったが……。


 次にマスク。寝落ちだろうか? 元からそういう習慣なのか? 眠るときくらい外すだろう。


「なるほどなぁ」

 隙に乗じて、ペチャパイスキーの素顔を一眼拝もうとするギソード。しかし座ったままでは下から覗き込むしかなく、そうすると今度は天井のライトが逆光となり、また角度も悪く、最低限人間の頭が据えられていることしかわからない。正体を隠す仮面の男としては、むしろこの寝姿は正解なのかもしれない。ヘンな感心をしてしまった。


「……起こしたほうがいいか……?」

 最後に、興行マシンが趣味で人間をしているようなペチャパイスキーが、トレーニングのルーティンを乱してしまっていることが最大の気掛かりだ。何かあったのだろうか。


「……ま、たまにはいいだろうさ」

 その人間らしさを、ギソードは仲間として嬉しく思った。

 あまり大きな音を立てるわけにもいかなそうなので、ランニングは後回しにし、スタジオの方で素振りをすることにした。



◆◆◆



 いい感じの棒が空を切る。


 半歩踏み出し、振り下ろす。半歩退いて振り上げ、また振り下ろす。


 刀を振るうのにも多彩な型があるが、ギソードがいまやっているのはその基礎も基礎、刀を振るうための身体づくりである。やりすぎるということはない。


 徐々に冴えてきた頭で、ギソードは考える――。


(術式……術式なぁ)


 剣技は、十分通じる。剣舞会の前座にも招かれた。

 アクターとして足りないのは、術式を含めた実力である。


 《八握剣マハラジャ》。術式に組み込まれた絶技一閃の発動を儀式じょうけんとして、最大八段階の威力強化を実現するものだ。最大最高潮時では、文字通り時空すら斬り裂くことができる。


「…………」


 確かに強力だ。

 しかし…………思い返すと、実戦で最大解放まで到達したのは、ペチャパイスキーと戦った時だけだ。それ以外はなす術なく負けるか、五、六あたりで勝利している。


「…………」


 この術式は、ジュラ・アイオライトへの憧れでもある。

 彼のように、舞台の上で自分の限界を突破し続けたい。トップギアまで上り詰め、『これから始まる大逆転劇』で観客を沸かせたい。


「あいつなら、何て言うかな……」


 ふと脳裏によぎったのは、ペチャパイスキーだった。

 ジュラ・アイオライトに助言は乞えない。だが、似たような精神性、似たようなバトル観を持つ友人なら――


「いや、だめだ。ここで簡単に頼ったら、オレはアイツに頼られる男になれねぇ」


 雑念を、素振りと共に振り払う。


「じゃあ、お嬢さんに相談するしかないか……」


 残る候補は二人。そのうちユイは、おそらく自分と同じ悩みを抱えているだろう。むしろ自分が導いてやらねばならない経歴だ。


「……ん」


 レィルといえば、ジュラ・アイオライトの熱烈なファンだ。何か共鳴のような、爆発的な案がもらえるかもしれない。そこまで考えて、ふと何かが浮かび上がる。


「ペチャパイスキーって、ジュラ・アイオライトなんじゃね?」

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