居酒屋にて

「なぁおい、ペチャパイスキー」

「……なんだ」

「ホントにこの店にするのか……?」

 夜の繁華街。マスクド・ペチャパイスキー状態のジュラとギソードは連れ立って、ある高級居酒屋の前にいた。


「ここが一番安くて美味い」

「いやいやいや、安いってなら向かいのでもいいじゃねぇか」

 ギソードが指したのは、通りの向かいにあるチェーン店だ。すでに出来上がった団体が数組屯しており、次の河岸を相談している。


「……限度があるだろ」

「って言うと?」

「食事はな、ギソード。いくらでも不味いと言えるんだ」

「?」

「本物を知らなくても、見栄を張って不味いと言える。そうすれば、自分はもっと良い物を知っているぞ、こんなものはまだまだだ、と虚勢を張るんだ」

「おぉ。それはダセェな」

「その上で、この店は本物だ、と紹介している」

「ん……なるほど。自信があんだな? この店と、お前の舌に」

「そうだ」


(こいつちょっと口下手だよな……)

 ジュラの言葉遣いは、悲しいかな、興行用に鍛えすぎたせいか、日常会話には向かなくなってしまっていた。


「でもよペチャパイスキー、悪いがオレ、そんな持ち合わせはないぞ? なぁ、向かいのにしようって」

「そんなことを気にしているのか。別にいい。元から俺が払うつもりだ」

「そりゃねぇよ」

「……?」

「……その、なんだ。友達だろ、オレたち」

「……………………」

「友達同士で飲みに行くってのは、絶対割り勘なんだよ」

「……そう、なのか?」

「そうだよ」

「そうか」


 納得したジュラを伴って、ギソードはチェーン店の暖簾をくぐった。



◆◆◆



「待ってくれ。オレは確かに割り勘って言ったけどよ」

「?」

「あれ無かったことにならねぇか?」


 入店から小一時間。チェーン店の厨房は、ジュラによって壊滅させられつつあった。


 とにかく食べる。よく食べる。ギソードもアクターとして常人より食べる方だが、ジュラのそれは異次元だった。


 まず皿の桁が一つ違う。特に雑であったり下品でもないのに、異様に食べるのが早い。特段空腹であったわけでもないらしく、それでもただただ、人一倍よく食べる。


「だから言っただろう、元から俺が払うつもりだ、と」

「そうだけどよぉ、話が違ぇじゃんこれは。ちょっといい店紹介するから、って話だと思うじゃん。こんなアホみたいに食べるとは思わねぇじゃん。おい待てって。さっきからパネル注文の桁が一個多いんだって」

「……そうか?」

「そうだって。店員さん三周目くらいから死にそうになってただろ。食べ放題だったら出禁だよ出禁。ダンボール被ったままの不審者にフツーに接客してくれてるだけありがたいと思え」

「…………それは、悪いことをしたな。これで最後にする」

「だ、ぁあっと、反省しながら注文ボタン押そうとするな! 焼き魚! 焼き魚にしよう!」

「うん」


 ……。


「お待たせしました」

「骨ごと食べる⁉︎ そこでタイムロス図ったのに骨ごと⁉︎」

「え。変か? 食べちゃダメなら出さないだろ」

「ちょっと待て。魚の食べ方を教えるから」

「からあげも頼む」

「フライドポテトにしとけ」


 ……。


「……なぁ。オレもお前くらい食ったら強くなれるのか?」

「どうした急に。飲み過ぎじゃないのか」

「いいだろ。お前に負けて術式もバラされるだろうし、どっちにしろしばらくお呼びもかからんだろうしな」

「……そうだな」

「そうだな、って。いやいい、結構お前のことわかってきた。心配してくれてんだもんな」

「……一応は」


「変なヤツだけど悪いヤツじゃないのもわかった。明日にでも公表してくれ、オレの術式。もう全部わかってんだろ?」

「……特定の行動――《一閃》によってギアが上がる。三発目までは着地の上手さとバネの切り返し、魔力放出のタイミングとかの技術で繋いでいるのかと思っていたが……確信したのは四発目だ」


「やっぱバレてんのかー。他の可能性は考えなかったのか?」

「まさか、とは思ったよ。剣技としては十分、上のランクでも通用するものだ。頭打ちっていうのか。そこから《一閃》を伸ばそうとは、普通考えないだろうな。俺でも別の術式を考えるし、補う形で構築する。ギソード、どうしてその術式にした?」


「……《八握剣マハラジャ》。オレの《一閃》を儀式として捉え、加護に見立てたバフを得る術式だ」

「……」


「《一閃》には自信がある。ペチャパイスキーの言う通り、…………使うのがオレじゃなきゃ、もっと上でも通用する技だ。でもな、憧れちゃったんだよ」

「憧れ?」

「アクターになるって決めたとき、術核に刻む術式に悩んだ。そりゃ、一生モンだしな。悩んで悩んで、……ジュラ・アイオライトってアクターを知った。最高ランクのアクターで、どんな相手にも絶対に勝つ、そんなアクターだ。決まったよ、オレの術式。ジュラみたいに自分の信念を、自分の生き様を表現する術式だ。《一閃》をもっと磨く、絶対最強の技にするための術式だ」


「……そうか。どうして、なんて聞き方をして悪かったな」


「いいよ。ヘタなこだわりだってのは痛いほどわかってんだ。許嫁も待ってるし、そろそろアクター辞めようと思ってる。感謝してんだ、お前には。最高の《八握剣マハラジャ》を、真正面からぶった斬ってくれて」


「……ギソードは、」

「オレに、あれ以上の興行はできない」


「ギソードは、」

「クランに拾われなかったのも、こうなると辞めやすくていいな。また今度一緒に飯食おうぜ」

「ギソードは! ……それでいいのか」

「…………」

 ギソードは俯く。

 溢れそうなたくさんの言葉を押し込めるように、背を丸める。


「俺は、今回ギソードの術式を公表しない」

「……なんで」

「その方が面白くなりそうだから」


 散々わからないものを見るような目でジュラ……ペチャパイスキーを見てきたギソードだが、今度こそ本当に訳がわからなかった。


「しばらく休むのは賛成だが、かならずもう一度戦おう、ギソード。俺が後悔させない」

「……ペチャパイスキー……」

「なんだ」

「明日……は二日酔いだから……明後日から、一緒にトレーニングしていいか?」

「……オーナーに相談してみるよ」

「ありがとな」

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