よく食べよく走るヘンタイ
ジュラとギソードは、湿っぽくなった雰囲気を吹き飛ばすべく、二軒目を求めて繁華街を歩いていた。
そこに、人並みを割って千鳥足の女性がやってきた。
「ブツブツブツブツブツブツ……」
ぶつぶつ言っているのではなく、本当にそう発音している。
「レィル、会議は終わったのか?」
コンビニ袋を二つ左腕に提げ、左手に缶チューハイ、右手で袋の中のツマミを取るコンボを確立させたのは、あずき色のジャージがやや着崩れたレィルだった。
「……ブツブツ、ブツブツブツブツ…………」
「なぁ、ペチャパイスキー。オーナーさん……だよな?」
「そうだよ」
「なんかブツブツ言ってんだけど。怖ぇよ」
「頭に浮かんだ言葉がうまく出てこないだけだ。唸り声だと思ってくれ」
「夢に出そうだなぁ」
「でも結構、コミュニケーション自体はできるよ」
「余計だろ」
崩れているのはジャージだけではない。彼女の流麗な金髪もまた、強く振り乱したのか、さながら幽鬼のようだった。ゾンビホラーであれば、再会した友人が……というような風体である。
「レィル、レィル。俺はこのあと、またギソードと別の店に行くから。気をつけて帰ってね」
「……お前も怖ぇよ」
◆◆◆
「いてて…………」
結局三人は、手近なコンビニで様々なものを買い、クアンタム製術機関ビルにあるレィルの自室で二次会を行った。
一番最後に目を覚ましたギソードは、まず許嫁に酔い潰れて寝てしまったこと、クラン"クアンタヌ"と酒の席を共にしたことをメールで連絡。真っ青な顔で返信を待ち、『確認しました』を三度眼で読むや、青い顔をそのままに二つ下のフロアの職員トイレへと駆け、吐いた。昨晩酩酊しながら案内されたのだが、存外覚えているものだな、と感心する。
「…………ってことは、これも現実か……」
レィルの自室に戻り、悪夢のような壁に呆然とする。
一面の、ジュラ・アイオライト。知らない雑誌の切り抜きや、プレミアのついたブロマイド……それから盗撮らしきものまで。
宴はこの部屋で行われた。ということは、ペチャパイスキーもオーナーであるレィル・クアンタムも、この壁を知っており、また見せても構わないとしているということだ。
窓から飛び降りて脱出しようかとも思ったが、二五階からではさすがに無理だろう。
「なんで吐いてそのままこっち戻ったんだよ、オレ」
怖いもの見たさである。
……。
二階、トレーニングルーム。以前は社員休憩スペースなどなど、従業員全員に解放されていたフロアだが、経営悪化の煽りを受け社員数が激減……もぬけの殻となった半フロアを、ジュラの希望でジム化させたのがここだ。ランニングマシンやバーベルなど、基礎的なマシンが並んでいる。残った社員にも好評らしい。
「早いな、ペチャパイスキー」
「……ギソードか。おはよう」
リズミカルな足音につられたギソードは、軽快に走るペチャパイスキーを見つけた。
「あぁ、おはよう……。よく走れるな、昨日の今日で」
「ギソードは走らないのか?」
「無理だ」
「……そうか」
少し残念そうに(といってもダンボール越しの印象だが)視線を戻すジュラ。
「……何時からやってんだ?」
尋常ではない発汗量だ。いくら運動強度が高くとも、十分やそこらではこうはならない。
「四時」
「四時⁉︎」
弾かれるように時計を見る。九時を少し回ったところだ。
「あぁいや、ぶっ通しというわけではない。さすがに1時間ごとにインターバルを設けている」
「それにしたって……あと少しは息を切らせ」
「そのペースでやるとマシンがいくらあっても足りない」
「そういうもんなのか……」
疲労を感じさせない完成されたフォームによる走りは、見ていて飽きない。少なくとも鍛えている側であるギソードにとって、ジュラのランニング姿は得るものが多かった。
数分経って、マシンからアラームが鳴った。休憩の時間だ。
「……。ふぅ」
「いまのふぅは用意したやつだろ」
「わかるか。言っても言わなくても文句をつけるヤツめ」
「少しは人間アピールをしたらどうだ?」
「俺は人間ではない。アクターだ。ギソードは違うのか?」
「舞台の外じゃ人間だよ」
言葉を交わしながら、ジュラは脱いだシャツとタオルを洗面台で固く絞り、用意していた二リットルの蛍光緑色をした謎液体を一息に飲み干すと、ジムの外へと歩き出した。
「もう終わりか?」
「いや、ウォーミングアップが終わったところだ。次は実戦のトレーニングをする」
「……よくやるよ。勝てないわけだ」
言いつつも、ギソードは追随する。鉄扉を一つ隔てたスタジオの四隅には、簡単な結界の発生装置が置かれている。
「なぁ、ペチャパイスキー」
「なんだ」
「さっき見ちまったんだけど、その腹の傷……」
「…………事故だ。よくあることだろ」
「……へぇ。悪かったな、変なこと聞いて」
昨日からの付き合いだが、ギソードはペチャパイスキーというアクターの人となりをよくわかってきた。本心からの言葉、胸に秘めた情熱、世間ズレしたストイックさ……それに、誤魔化すときの微妙な空気感。
傷跡の質問に対して、隠しきれない拒絶反応があった。それを、ギソードはわざわざ突くことはしなかった。
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