Ex.Round observer

 スタジアムの客席でも一際高い、マジックミラーで囲われた関係者席から、レィル・クアンタムはジュラことマスクド・ペチャパイスキーとギソード・ルーツの興行を見下ろしていた。


「ち、」


 ギソードが無所属なため、この空間にはあずき色ジャージの貧乳が一人だ。レィルは念入りに周りを確認してから、強く膝を突いて叫んだ。


「ちっくしょー! なんで関係者席なんですかァーッ!」


 興行の結果はペチャパイスキーの完勝。まばらな客席の、やや少ない人数が、彼の勝利を喜んでいた。


「あの人の勝利をみんなと分かち合えない! 興行の空気を吸えない! あァーッぁ、結界両断の衝撃浴びてぇよなァ〜⁉︎」


 その中で、一人。ジュラ・アイオライト改めマスクド・ペチャパイスキーの強火厄介であるレィルただ一人だけが、こうして密室で喚いている。


「ンググググ! ……ふぅ。まぁ、仕方のないことです。わたしがこうして生殺しにされているおかげで、彼はまた興行の舞台に戻ってきたのですから。どうですみなさん、嬉しいでしょうそうでしょう。あはは。さて、帰りますか」



◆◆◆



 レィル・クアンタムは、帰れなかった。


 ジュラは意気投合したギソードと食事をするというので、レィルはこれを快諾した。よって彼女はいま一人である。独りである。


(彼に友人ができたことはいいことです……。ジョーは兄貴分のようなものですし、推しの交友関係が広まるのはとてもイイ。むふ)


 中立かつ没個性であろうと努める黒服に連れられ、レィルは清潔で明るい廊下から円卓を配した会議室に通された。席にはコードのしっかりとした、有名無名問わず13名のクランオーナーが就いていた。ジャージのままのレィルはその一番出入り口側、下座へと促された。


「由々しい事態だな。早急に対策を――おや。ようこそ、“クアンタヌ”の。円卓評議会へ」

 レィルの正面、最上座の男が歓迎した。


(ナゾラ・イミテ……。ジュラさんのいた、“イミテレオ”のオーナー。当然偉いんでしょうね。人気実力ともにNo.1のクランですもの)

「…………。はじめまして! わたくし、“クアンタヌ”オーナーの

「アナタの挨拶はいいのよ、赤たぬきちゃん」

 男の左隣、レィルから見て右の女……序列二位の席……のカマキリのような女が制した。数人がそれに笑う。


「……失礼しました」

(わー、帰りたい……。着替える時間もないからってジャージのまま連れてこられたけど、うん、バカにするためですか)


 素早く、周りの顔を確認する。序列が低い者ほど大袈裟に笑っているのは、おそらくゴキゲン取りだろう。いま、序列の高いカマキリ女がレィルを馬鹿にした。それに乗ることで、従順な姿勢を見せているのだ。


(……くだらない。ま、わたしも今日はイイモノを見ましたしね……許してあげますか)


「まぁまぁ、席に着きたまえ。我々も時間がない」

「えぇ。失礼致します」

 序列中位あたりのしっかりとした体格の男が促した。日頃から進行役を務めているのだろう。


「では、ナゾラ様」


「うむ。我々円卓評議会は、この度の初級興行の結果を受け、“クアンタヌ”を正式なクランとして認めるものとする」

「ありがたく存じます」

「以降は興行のランクごとに成果を重ね、ゆくゆくは最上級興行の場で“クアンタヌ”のアクターと相見あいまみえることを、円卓評議会拝任クラン一同、心から期待している」

「はい。アクター マスクド・ペチャパイスキー共々、精進していく所存です」


「要件は以上だ。正式なクランになった手前、くれぐれも、


「もちろんです。それでは、失礼致します」

 立ち上がり、深く一礼したレィルは、扉の前でもう一度深々と頭を下げ、自らノブを回して退出した。


 薄くはないドアの向こうから、いたずらにからか揶揄うような言葉と笑い声が聞こえたが、レィルは気にも留めない。


「恥だなどと。それを知る人間なら、今頃表に立っていられないでしょうに」


 怒りだった。

 忖度しろ、出しゃばるな、適度にこなして花道を譲れ――ナゾラ・イミテは、円卓評議会は、そう語ったのだ。


「…………よし、今度こそ帰ろう。恥知らずが感染る前に」

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