vsギソード・ルーツ ①

 まばらの歓声の中、ジュラ……マスクド・ペチャパイスキーは、土を敷いただけのリングに立っていた。


 相対するは、黒髪に黒のレザージャケットのアクターだ。腰に提げた剣と、それを振るために鍛えたらしい肉体。ジュラは彼を、難敵と判断した。


「よう。おまえ、地下上がりなんだって?」

「……そうだが」

「殿堂入りおめでとう。だが、初級興行ココでは通用しねぇぞ」


 初級興行は、地下を除いた最低グレードの興行だ。下級以上の興行の前座、リングや客席のらし。実況も解説も付かず、電光掲示板に簡単な紹介が表示されるのみだ。


 男の名はギソード・ルーツ。無所属、術式は不明、剣もまた無銘。13戦7勝5敗1分。

 原則、術式の開示は興行参加への条件であるが(不慮の事故を未然に防ぐため)、例外もまたある。不明である術式の暴露をパフォーマンスに組み込む場合、興行中に看破された際どのような喧伝も許容する場合などだ。


(……13回やって不明……?)

 数人、そういうアクターを知っている。

 レイド・ミラーというアクターは、五戦にも渡ってその術式を秘匿し続けた。魔力置換アストラル体の複製によるコンティニューの術式なのだが、それで実力差が覆るということもない。同格以下にしか通用しないものとして以後誹謗中傷に悩まされたレイドだったが、ジュラが共にしたレギュレーション:チームアップで才能を開花させたのだった。それはそれとして。


 異質。異常とも言えるだろう……ギソードの術式秘匿は、最早その秘匿性にこそ看破の鍵があるとして過言ではない。


「通用しないのはきみもだろう。クランに拾われず、大したことない術式を必死に隠して誤魔化している。よかったな、地下殿堂入りである俺の初の初級興行に白星を捧げる栄誉だぞ、しっかり受け取れ」

「素顔も晒せない外付け野郎が。知ってるぞ、エキシビジョンでジョー・キャッスルに惨敗したって」

「彼が本物だったからだ。偽物のきみと違ってな」


「…………ぶったぎる」

「…………やってみろ」


 ひとしきりマイクパフォーマンスを終え、対戦開始規定五メートルの間隔を取る二人。


 ランクの低い興行では、開始直前などにマウントを取るような粗暴なマイクパフォーマンスを要求される。アクターたちは、このような練習も欠かさない。


 オッズは1.02と1.10、ギソードにやや優勢だ。そもそも初級興行は賭けの場としては立っておらず、もっぱらこのあとに控える下級以上への験担ぎ、勝負勘の冴えを確かめるためのものとして扱われている。反面、初級からの賭けの半券を持っていることがのちの古参ファンのステータスでもあり、興行観戦初心者にも勧めやすいのがメリットだ。


 無機質なブザーが鳴った。開戦の合図だ。


 ギソードが大きく後ろに飛び退く。爪先のみの着地そのままに深く腰を落とし、更に上体を大きく捻った抜剣の構え。


「《一閃》」

 足のバネを最大限に開放し、更に回転を加えた居合切り。ジュラはこの技を何度も映像資料で見ていたが、実際に目の当たりにすると、その澱みのない緩急が生む速さに驚かされる。


[《斬鉄剣ブレード》]


 発動させた術式デバイスは、右腕の魔力置換アストラル体を変質させ、肘から先を薄く鋭いブレードにするものだ。刀身となった前腕はおよそ一メートルほど。ジュラは急激に伸びたリーチによって、まだ遠心力の乗り切らないギソードの太刀筋を逸らす。


 明後日の方向に払われたギソードは、巧みな足捌きで回りながらランディング。すかさず跳躍とも突進ともとれる挙動で距離を詰め、剣を振るった。


「《一閃》」

(さっきより速い……それに重い!)

 再び払おうとしたブレードが砕かれた。デバイスの接続が解除され、スロットから少し浮いた。


 咄嗟に仰け反ったためジュラ自身にダメージはないが、[《斬鉄剣ブレード》]が解除され通常のアストラル体に戻った右腕はヒビのように裂傷が走っている。


(マスクド・ペチャパイスキー……ふざけたヤツだが、反応は良い……。これまで地下で使った外付けは、あと身体強化の[《大躍動ストレングス》]だけか。ジョーに通じない時点で、恐るるに足らんな)


「《一閃》」

「っ……」


[《大躍動ストレングス》]


 ジュラのアストラル体が僅かに迸る。強化された反射神経によってギソードの剣を紙一重で躱し、機能を停止していた[《斬鉄剣ブレード》]を再び押し込み発動する。


(重ねがけと再発動⁉︎ やはり可能なのか!)

「《一閃》!」

 驚きながらも、ギソードの剣筋に曇りはない。


(ギソードのベーゴマやゴム毬を思わせる、研ぎ澄まされたシンプルな挙動……勝ち切れないことといい、?)


 ギソードの負け方といえば、彼の放つ《一閃》が正面から打ち破られることだ。一芸に秀でるといえば聞こえはいいが、馬鹿の一つ覚えともいえる。


 調子が上がり切る前に勝てなければ、負ける。それがギソード・ルーツというアクターだ。そのような男を、ジュラはよく知っていた。


(これが四回目……)


 強化されたブレードを信頼し、ジュラはギソードとの鍔迫り合いを選んだ。

 激突。少し刃を押し込まれたものの、僅かだが声をかける時間ができた。


「あと何回だ、ギソード」

「! フッ」

 ジュラ・アイオライト扮するマスクド・ペチャパイスキーの理念は一つ。相手を最も映えさせた上での自身の勝利だ。対戦相手であるギソードが絶好調に至る前に倒す、などという野暮は犯さない。


「《一 閃》」

 ギソードの剣速が、男を置き去りにした。しかしそれを、ジュラは難なくいなす。


「《 一 閃 》」

 受けに出したブレードを解除し、空かす。


「 《 一 閃 》 」

 魔力を集めて再形成した肉厚のブレードが、バターのように断たれた。右腕が切り落とされ、断面から血液のかわりに魔力が漏出していく。


(ここまでは以前の試合でもあった。八度目の《一閃》は、誰にも見せていない……)

 ならば、次こそがギソードの全力か。


「来い、ギソード・ルーツ!」

「いくぞ、ペチャパイスキー!」


 ギソードの姿が消えた。あまりの俊敏さに、戦いの場でありながらその姿を見失ってしまった。


「《一

   閃》」


 その剣技は、よもや時空すら斬り伏せるというのか。


 ギソードが技のモーションに転じた途端、濃厚な魔力の密度によって、まず空間が歪んだ。歪みはこれまでの《一閃》に沿って、時間が逆行したかのように裂けていく。


 虚も実もない。全てが渾身の、ギソードの必殺技だ。



[《超越者オーバードライヴ》]



「五秒だ」

[スタート!]


 ジュラが新たに選択したデバイスは、自身のアストラル体を構築する魔力を圧縮・放出する自滅技。本来自壊することのないアストラル体全てをリソースとして、発動者の指定した時間までに使い切る無法の大技。


 宣言したジュラの傍らに、コンマ二桁までのデジタルタイマーが浮かび上がった。同時、ジュラのアストラル体が大きく揺らぐ。再現演算の間に合わないダンボールから、獰猛な笑みを浮かべる口元が覗いた。


[《斬鉄剣ブレード》、オーバー!]


 三度生成されるブレード。刀身が赤熱し、刃渡りは三メートルにも及ぶ。

偽倣ぎほう・《一閃》」

「⁉︎」


 大きな横薙ぎ。ただそれだけで、ギソードの八つの剣閃全てが打ち砕かれた。続いて振り抜かれたあとから、遅れて魔力の波が斬撃となってリングを覆う結界を断ち落とす。客席は無傷だ。


「な、――」


 1.02秒を残したところで、両断されたギソードのアストラル体が崩壊。


 音響システムの一部が破壊されてしまったため、急遽控えていた審判が予備のホイッスルで試合終了を告げた。

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