バチギレ技師と意気投合

「どうも。バチくそにキレてるクアンタム製術機関の技術主任のメイだよ」


 レィルの術式【拘束令状レディ・タキオン】。光芒の鎖によって両腕を縛られた白衣の女性……女性? 肌の質感や肩や腰のラインから、どちらかといえば女性……が、トコトコ歩いてやってきた。伸び放題の白いストレートヘアーと相まって、何かの未確認生物のようだ。


「どうも。えっと、マスクド・ペチャパイスキー……です」

「……ヘンタイ」

 野暮ったい前髪越しに、灰色の瞳が睨んでくる。


「ワタシの寝床に忍び込んで試作品を盗んだ挙句、ネットに晒してダサいって言われましたね?」

「い、いや……そんなことは……」

「テキトーな箱じゃない。そうだね?」

「そうです……」

 気圧されるジュラ。


「そうだろうそうだろう。で、どの辺が? どうテキトーじゃない? 言えるね?」


「まずこの術式が入力されたデバイス。すごく手に馴染んで、ほら、手の中で自由に動かせる。これだけで仕草の幅が広がるし、差し心地も良い。ベルトのアダプターも差し口が扇子みたいに六つまで広がって、ファンに俺の次の外付け術式への期待を煽れるようになってるだろ。同時に発動できるのか? 組み合わせで効果が変わるのか? デバイスの実質的なキャパシティは? 余裕あそび制限しばりはパフォーマンスの大前提だと俺は考えている。メイ、あなたは天才だ。あなたの発明をテキトーなものに見せてしまったことだけが、昨日の興行の反省点だ」


「わかってんじゃんブラザー!!」


 かつてないほど饒舌なジュラ。衰えたとはいえ鍛えた肺活量が可能にする長い感想の畳みかけの精神的衝撃で、レィルの胸からカラーボールが滑り落ちる。


「ワタシこれから寝るんだけどさ、朝とかに来るんだよ? 新しいデバイスとか細かい調整とか聞いてあげるからね? ね? ね? お嬢、いいアクター拾ったのだな! では寝る!」


 壊れそうなほど陽気になったメイ。からからとひとしきり笑うと、余りがちな白衣の袖から謎のベルを取り出して鳴らした。すると、気配なく二人の没個性なおかっぱ白髪の少女が現れ、メイを担いで去っていったのだった。


「……白昼夢みたいな人だったな」

「ずるい」

「レィル?」

「ずるいです、ずるいでーすー! ジュラさんもメイさんも、わたし二人とあんなに楽しそうに話したことないですよねぇ⁉︎」

 目尻に涙を浮かべ、駄々をこね始めたレィル。女児である。


「レィルとも会って二日だし、気の合う合わないで多少の差はあるだろ」

「気が合わない⁉︎」

「……言葉が強かったけど、ニュアンスはそう」

「メイさんとは三年の付き合いですよ⁉︎」

「雇い主と雇われだからでは?」

「ジュラさんも雇ってるみたいなもんですし、わたし独りじゃないですかー! さーみーしーいー!」

「駄々こねてる間は大丈夫だな」



◆◆◆



 二週間が経った。


 早朝トレーニングのため異様に早起きなジュラと、夜型というにも偏った生活リズムのメイの交流はなく、置き手紙と試作術式デバイスでのみのやりとりとなった。


 地下興行の成績は順調で、ジョー・キャッスルとのデビュー戦を合わせて破竹の十連勝を飾った。これによってジュラは地下興行で史上九人目となる殿堂入りを果たし、事実上の出禁となった。賭けとしての場が立たないからである。そうして送別会代わりのエキシビションマッチをジョーと演じ、11戦10勝1敗のレコードを刻んだ。

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