ドン引き

 格安のワゴンタクシーに揺られながら、レィルは奴隷契約の術式を通してジュラの顛末を閲覧していた。


 ドン引きである。


 死んだように眠るジュラの顔を、二度三度、あり得ないものを見たように見直す。


 クランの八百長に反発する気持ちはわからなくもない。

 凡百な男のこれからを慮り、結果を突き付けるのもわかる。

 仲間たちに囲まれて殺されかけて(なぜ生きている?)、アクターとしての命である術核を奪われてまで興行とファンのことを優先した、その精神性は誇るべきだとも思う。


 ……限度があるだろう。


 彼ほど異能興行に真摯な人間が、この半年、あの昏い檻で何を想っていたのか――。


 レィルは一つ胸に決め、ふと目が行った料金メーターに小さく跳ね、食い気味に下車を申し出た。



◆◆◆



 クアンタム邸、玄関ホール。その一角の、やけに調度の少ない応接スペースに、ジュラは連れてこられた。

 寝ぼけているのかいまだ死にかけているのかわからない気の抜けた顔をしているが、足取りは確かだ。


「改めまして。わたしはクアンタム製術機関の一人娘、レィル・クアンタムですっ」

 やけに跳ねた声で、レィルは名乗った。


 白にほど近い金髪と血溜まりのような赤い瞳、簡素なワンピースドレスの少女の頬は紅潮し、興奮をありありと示している。


「…………」

 相も変わらず、といったふうのジュラ。あの事件があったわけだし、無理もないだろう、とレィルはその胸中を思いやる。


「あの……怪我、大丈夫ですか?」

「もう塞がっている」

「そ、そうですか……」


「…………」

「…………」

 気まずい沈黙が流れる。


 レィルとしてはこのまま押し黙っているわけにもいかないのだが、いかんせん話を切り出しにくい。


 先に口を開いたのはジュラだった。

「なぜ俺を買った?」

「……! はい! その話をこれからしたいんですけど――」

 提げていたバッグからタブレットを取り出したレィルは、液晶画面を二、三操作して、ジュラに読めるよう机に置く。


「これは?」

 表計算の画面だった。


 膨大な桁が、時系列が進むにつれ貧相になっていく様子が見て取れる。数年単位での財政難と、ここ最近の小さくない支出。詳しくはないが、危機的状況にあることはジュラでもわかった。


「クアンタム製術機関の財政です」

「嘘だろ」

「本当です」

 レィルの目を見るジュラだが、どうも本当らしい。


「製術界隈は斜陽にあるのです」

「……それだけじゃないだろう」

「はい。あなたが表舞台からいなくなって半年……わたしは父から継いだ会社を切り盛りしながら、あなたの行方を追っていました」

 話が長くなりそうな気配を察し、ジュラは座り直す。


「方々の情報屋を伝い、奴隷市場で購入を検討したという方々から話を聞いて、ようやくあなたに辿り着きました」

「……それは、大変な苦労を」


「さて。ジュラ・アイオライトさん、異能興行への復帰をご検討いたしませんかっ?」

「…………それは、願ったり叶ったりだけど」

「よかったぁ! そうでないと、わたし、お爺様から続くクアンタム製術機関を道楽で潰すところでした!」

 屈託のない笑顔を弾けさせるレィル。


「……どうして、そこまでして俺を? ほかにもアクターはいるし、そもそも俺を探し出すためにいくら使ったんだ。……なんのために……」

 直近の、数十回にわたるまとまった個人間らしい額の支出。それら全てが、裏ルートで自分を探すためのものだろう――ジュラには、そこまでする理由がわからなかった。


「ファンだからです」

「――――」

 ふと、塞がっただけの腹と精細を欠く左腕に意識が行った。


「何度でも言います。わたしはジュラ・アイオライトのファンです。突然の失踪と、クラン“イミテレオ”のわけのわからない説明に納得がいきませんでした。あの卑怯者たちを、興行の表舞台で正々堂々とっちめたいのです。怒ってるんですよ、わたし。だから、だからわたしは、あなたをプロデュースしたいのです」

「…………」

「いけませんか?」

 迷い、というには前向きな混乱。


 “イミテレオ”の裏切りについては、もうどうでもいいと思っていた。惜しむらくはあの顛末をショーとして提供できなかったことくらい……なので、レィルの提案には、面白そう、という感想だ。できるならば実現したい。今度こそファンのため、自分とトップクラン“イミテレオ”の衝突を演じたい。だが、引っかかるものもある。


 ジュラ自身、ファンに期待以上の興行を提供してきた自信がある。しかし、一旦落ちぶれて尚ここまで推されていることに困惑するばかりなのだ。


「信じられませんか⁉︎ あぁ、もう! 来てください!」

 その細腕からは想像できないほど強い力で引っ張られる。


 エントランスからエレベーターに乗り、二五階へ。


「わたしの自室です! どうですか⁉︎」

 ベッドと事務机。いい匂いのする暖色でまとめられた1フロアぶち抜きの広大な寝室は、その壁ばかりが異質だった。


「  」

 絶句するジュラ。


 無理もない。壁一面に、自分の写真が飾られていたからだ。


 クランを通して発売されているブロマイドや、雑誌の切り抜き、広告として出演した様々な商品のチラシ、その他興行の様子を個人で撮影した写真は、かなり重めなファンなら有り得る範囲だ。物量と飾り方はともかくとして。


 そんな何らかの立件が通るであろうそれらをともかくとしたのは、控室やプライベートの隠し撮りがぱっと見ただけでも目に入ったからだ。


「……これは…………」

「いひひ。すごいでしょ、すごいですよね? 全部わたしが撮ったんです」

「あ、あぁ、うん。すごいと思う」


 ドン引きである。

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