第9話『説得力』

 桑原さんは真剣な顔をして銃を構えているけど、相手は1.2km先にいるんだよな!? そんな遠距離を狙うのは無理だって、素人の俺でも分かる話だぞ!?

 そもそも、お互いに長距離射撃で戦うなんてシチュエーションはあり得ないだろうし、桑原さんが構えているのはバレルとストックを延長しただけのハンドガンだ。狙撃用のライフルには全然敵わないだろうし、1.2km先にいるターゲットを狙うこと自体が困難だろう。銃を撃った経験が無い俺でも、それぐらいは分かる。

「桑原、一発で仕留めてちょうだい」

 こんな状況でもロリガキは無茶振りしていやがる。そんなの無理に決まっているじゃねぇかよ!? マジでお前ら、頭イカレてんのか!?

「承知致しました! 風向き、ヨシ! 誤差修正、ヨシ! 血圧、ヨシ!」

 イヤ桑原さん、何がヨシなんだよ!? アンタ正気か!?

 そんな馬鹿なと思った。あり得ねぇと思った。だけど桑原さんは狙いを定めて、一発だけ銃を撃った。どこを狙って撃ったのかすら、俺には全然分からなかったけど。

「華蓮お嬢様、対処完了致しました」

 はぁ……? イヤ、嘘だろ……!?

「ご苦労。優司、もう立ち上がっていいわよ。だから大丈夫だって言ったでしょう? 桑原は豪天寺家に相応しい、とても優秀な執事なのよ」

 華蓮はそう横柄おうへいに、さも当然の結果とでもいう風に言った。

 イヤ……、何からツッコミ入れるべきなのか……。俺いつの間にか、ギャグ漫画の主人公に転生していた……とかねぇよなぁ……? そんなこと、あり得ねぇよなぁ……?

 今、目の前で起こった出来事が理解できない。疑問しか無い。何故俺がスナイパーに狙われたのかも、桑原さんが逆にスナイパーをハンドガンで仕留めたということも、とてもじゃないが理解できない。あり得ないことばかりじゃねぇかよ。

「えっと……、何から聞くべきか分からないんだけど……、とりあえず、今一体どういう状況なのかを説明してもらおうか?」

 正直言って、戸惑うしかない。華蓮も桑原さんも平然としているけど、この二人にとっては普通の、日常的な出来事なのだろうか……? イヤそんな馬鹿な。

「優司は私のお婿さんに選ばれたのだから、まぁ命を狙われても不思議は無いでしょうね。豪天寺家のお婿さんなのよ? そこらの小金持ちとは規模が違うのだから当然。だから、ボディーガードとしても有能な桑原が一緒にいるのよ」

 華蓮はそう言うけど、俺は別に婿入り話を受け入れた覚えは無いし、婿にしてくれと頼んだ覚えも無いんだけど? 勝手にお婿さん認定しておいて、命を狙われるのが当然みたいに言われても困るんだが? イヤお前、ふざけんなよ!!

「だからさ、俺はお前と婚約するつもりは無いっての! 命を狙われるような相手となんか絶対結婚しないし! 俺だって、この若さで死にたくないんだよ!」

 ちょっとキレそうになっちまったが、マジでふざけんなよとしか思えない。華蓮の家がどれだけ大金持ちなのか知らんけど、だからといって婿入りしたら命を狙われるとか嫌に決まっているだろうが。マジで人生終了しちまうぞ。

「優司殿、心配は不要ですぞ! 不肖ふしょう私めが命に変えてもお守り致します! 華蓮お嬢様の婚約者であれば当然のことですぞ!」

 桑原さんは自信満々に胸を張ってそう言うけど、根本的に違うだろうと。俺はロリガキの婚約者にはならないし、アンタらが住む世界とは違う世界の人間だ。マジで俺からしたら、アンタらは異世界の住人にしか見えないんだよ。

「優司、心配しなくても大丈夫よ。少なくとも私と一緒にいれば、桑原だけじゃなく豪天寺家専属のSPが優司も守ってくれるのだから。逆に、私から離れるのが一番危険だと認識を改めてちょうだい」

 そんなことを言われてもなぁ……。あくまで俺を婿にするってのは変わらないのか? 強引過ぎるし受け入れ難い。強迫されているようなものじゃねえかよ……。

「優司、そんなに深刻に考えなくても大丈夫よ。言ったでしょう? 私はママから『ラプラスの悪魔』も受け継いだって。事実、たった今スナイパーの脅威から命を救ったじゃないの。私と一緒にいれば何も問題無いでしょう?」

 ロリガキはそう言うけど、信用していいのだろうか? 確かに、撃たれる前に警告されたし、桑原さんが素早く対処してくれたから助かったのだろう。

 だけど、コイツが言う『ラプラスの悪魔』というのは、本当に信頼できるものなのか? 的中率100%の占いなんて、本当にあり得るのか……?

「なぁ華蓮……、今日はもう、こういう危ない目には遭わないのか?」

 信じ難いことの連続で、判断力が鈍りそうだ。このままだと、ロリガキの言うことを信じてしまいそうで不安しかない。

 いくら何でもロリガキとの婚約を受け入れる気にはならないけど、『ラプラスの悪魔』について確かめたくなってきた。

「そうね、まだ不安があるのなら、また占ってあげましょうか? でも……、少し休憩させてちょうだい。『ラプラスの悪魔』を使うと、私……、結構疲れるの……」

 華蓮はそう言いかけて、俺の体にしがみつくように崩れ落ちた。一体どうしたってんだ!? あれだけ元気だったロリガキが、急にグッタリとしているじゃねぇかよ!? タロット占いをしただけで、そんなに疲労するものなのか!?

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