第3話『憧れの人は……』
授業の合間だから休み時間は短い。どうにか教室内は落ち着きを取り戻したけど、あらぬ疑いをかけられてしまって納得できねぇ。何で俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ……。
2時間目になっても、華蓮は俺にピッタリくっついて授業を受けている。本当にコイツ、授業中はちゃんと真面目に勉強しているんだよな。無駄に距離が近過ぎるけど。
そもそもコイツ、既に海外で大卒っていうのなら、日本の高校に通う必要無いよな……? そこのところ、マジで意味不明過ぎるんだけど……。そんなに俺のことを監視したいのかよ?
そして、さっきも思ったんだけど、華蓮のノートはとても丁寧に綺麗な字で、ちゃんと先生の話すスピードに遅れず筆記されている。15才の俺より綺麗な字だ。俺が5才の頃って、チラシの裏に訳の分からない落書きをするぐらいしかやっていなかったと思う。
そうだな……、あれって、俺がまだ5才の時だったっけ……。あの人に偶然出会ったのは……。
当時の俺は、自転車の補助輪を外してもらい、自分の思い通りスイスイ走る快感を覚えたばかりだった。親父から遠くへ行くなよと言われていたけど、そんな忠告は無視して体力の限界にチャレンジするように、ひたすら自転車のペダルを漕いでいた。
家からかなり遠くへ行ったと思う。普段通る道とは全然違う景色に興奮していたかもしれない。そして、十字路で知らない人にぶつかってしまった。
俺も、ぶつかられた人も思いっ切り転んでしまい、結構痛い思いをした。相手は知らない女の子。どこの誰かも分からないけど、俺より年上のお姉さんだった。
まぁ年上に見えたんだけど、そんなにずっと大人って訳じゃなく、たぶんまだ小学生だったのだろうと思う。黒髪ロングのお姉さんで、いわゆる美少女。
情けない話だが、俺は突然の事故で軽くパニックになっていたと思う。その場にへたり込んで泣き出してしまったんだけど、そのお姉さんに助け起こされた。「男の子なら、このぐらいで泣いてちゃダメでしょ!」とか言われたと思う。二輪車のブレーキは何とかかんとか、制動距離が何とか……、よく分からない難しい話もされたと記憶している。
お互い大きなケガはしなかったようで良かったけど、あの日あの時、俺はあのお姉さんに一目惚れしちまった。ずっと忘れられなかった。
またあのお姉さんに会えないか、用も無いのに自転車でさまよったりもしたけど、相手がどこに住んでいるのか、何ていう名前なのかも分からないし、再会することはできなかった。当時の俺はガキだったし、冷静に考えられていなかったと思う。
お姉さんにぶつかった十字路がどこだったのかも、正確には覚えていなかった。全然知らない道を、勢い任せで走っていたし。
どこへ行けばいいのかも分からず、闇雲に自転車で走り回る俺を心配したのか、とうとう親父とお袋から説教されちまった。まだ俺も小さかったし、行動範囲を制限されてしまう。
そして時は流れ、俺も小学生になったんだけど、同じ小学校にあのお姉さんはいなかった……と思う。
結局、再会できないまま年月だけが流れていき、俺はこの春、高校生になった。初恋のモヤモヤした思い出を抱えたまま、高一の春を迎えている……。
だが今の状況……、ロリガキが横にピッタリくっついて授業を受けているなんて、
今俺の横にピッタリくっついているのがロリガキではなく、あの時のお姉さんだったなら……、イヤ、悲しい現実逃避は止めよう。妄想しても虚しくなるだけだし。
思わず溜息を吐いちまったけど、この距離だと当然華蓮に気付かれる。
「どうしたの優司、溜息なんか吐いちゃって。ひょっとして、ようやく私の魅力に気が付いたのかしら?」
華蓮はそう言っていやらしい笑みを浮かべ、誘惑するようにスカートの裾をつまみ上げて見せた。
ふざけんな、このロリガキがぁッ!! 俺は5才児のパンツなんか見ても全然嬉しくねぇんだよ!! 誰のせいで溜息漏らしたと思っているんだ!? あの人とお前とでは天と地ほどの差があるんだよッ!!
「ふ・ざ・け・ん・な! 何で俺が5才のガキに誘惑されなくちゃいけないんだよ? 俺はお前を女として意識してねぇし、婚約なんて絶対認めねぇからな!」
一応、授業中だし小声でそう言ってやったんだけど、華蓮は全然怖じ気づくことも無く平然と返す。
「優司は15才で私は5才。10才年の差カップルなんて普通でしょ。私のパパとママは20才年の差婚だったから」
そう言われたけど、5才児のお前がそういうことを言うな!!
「大人の年の差婚とは訳が違うし、普通に犯罪なんだよ!! お前は俺の人生を終了させたいのか!?」
思わず大声を出しちまったが、当然先生に注意されてしまう。
「福富さん、授業中ですよ~。静かにして下さいね~」
待ってくれ、何で俺だけ名指しで注意なんだよ? クラスのみんなも笑っているし、納得できねぇんだけど……。
だが……、一つ気になったことがある。あの日、俺の家に華蓮とその父親と桑原さんが来たんだけど、華蓮の母親にはまだ会っていない。そんな、婚約なんて重大な話をするのに、母親不在というのも変だよな……? まぁ、そもそもロリガキの婚約話自体が変な話なんだけど。
「なぁ華蓮、お前のママは、婚約について何も言っていないのか?」
そう聞いてみると、華蓮は静かに、俺と視線を合わさずに返事をした。
「私のママ……、もういないから……」
もういない……? それってつまり、既に亡くなっているってことなのか……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます