第4話 無口な人
静香の助言を受け、英一は一人考えを巡らせていた。
考え事をする場所は、いつも同じだった。
生徒会長と言っても、一人の生徒であることには変わらない。そのため、何かしらの委員会に所属する必要があった。
英一が選んだのは図書委員だった。
図書室の貸出・返却受付カウンター前で英一は腕を組みながら考えを巡らせる。
誰とも話さない人……そんな人はクラスにもいる。英一は生徒会長という肩書のため誰とも話さないことはできないが、あまりたくさんの人と会話をするのは得意ではなかった。
誰とも話さない人は、特に受け答えが下手なわけじゃない。話しかけると一瞬戸惑いはするが、少し待ては回答をくれるし、英一はそれを考える時間に使っているのだろうと思っている。
ただ、自分からは話したがらないだけだ。クラスの中で、特に目立つ存在になろうとは思っていない。それは確かに、必要のない目立つ行為を敢えて選択していないようにもとれる。
隣でぱらりとページを捲る音が聞こえ、英一は目を開けた。
その女子生徒は、分厚い本を少し傾け、両手で握るように持って、右手の親指で次のページを掴み開いている。
意識はしていないのだろうけど、いつも綺麗な姿勢で本を読んでいるなあと英一は思っていた。
あまりじろじろと見つめてしまうのも印象が悪いので、英一も近くの棚から本を取り出して時間を潰すことにする。本は嫌いではないが、アニメに慣れ過ぎたせいか興味のないものを30分以上集中して視聴することがかなり苦手だった。
となりでくすりと笑い声が聞こえ、英一は思わず目線を横に向ける。
アニメを見て馬鹿笑いするとか、生徒会の仲間とふざけ合って笑い合っている日常が普通な英一にとって、これほど気品を感じる笑い方というのも珍しかった。
英一は本を棚に戻して自分でも読めそうな本を探した。恥ずかしい話、絵本とかの方がまだ楽しんで読めそうな気がした。
「あのう……貸し出しお願いします」突然カウンター前に本が置かれた。
「あっ、はい、貸し出しですね」英一は一気に頭を切り替えて貸出生徒の図書カードをスキャンし、本のバーコードを読みとる。
「はい、終わりました。どうぞ」英一は本を持ち上げ図書カードと一緒に貸出生徒に渡した。
「ありがとうございます」
貸出生徒がぺこりと頭を下げた。
英一は作り笑いを続けていたが、隣でちょんちょんと肩を叩かれた気がして振り返る。
「すみません、わたし……気づかなくて」女子生徒が本を閉じて英一を見つめる。
「構わないですよ」英一は首を振った。「僕のことは気にしないで続けてください」
「あの……生徒会長さん」
「はい?」
振り返った英一に、女子生徒が上目遣いで言った。
「生徒会長さんは……どんな本がお好きですか?」
放課後、生徒会室。
「いやあー! それで色々本のおススメとか教えてもらってさ、すっごい楽しかったよー!」
「マンガにも興味を示さなかった英一殿を落とすとは……いったいどういった手腕にござるか」
唸る遥を尻目に英一は鞄から分厚い本を取り出した。
「なんでこざるかこれは……?」
「美術資料だよ。ほらボク、アニメが好きでしょ? だから好きなアニメの設定資料集みたいなのだったら読めそうかなと思って話したら、これを教えてくれたんだ」
「バーコードがないでござる……?」
「ああうん、借りたんだ。その人から」
「なんと……!」遥が目を見開いた。「ではその人もオタクなのではありませんか……!」
英一は生粋のジブリ好きである。子どもの頃に見た『天空の城ラピュタ』が忘れらず、今もたまに妄想に耽ることがある。
本を受け取ってからはジブリの話で盛り上がり、小学校の休み時間に『ミッケ!』を友達数人と読み合ったときのような懐かしさがあった。
「名前は何というのでござるか?」
「苗字だけ教えてもらったけど……確か『藤宮』だったかな。一年生だよ」
「一年生の藤宮殿……」遥が名前を口に出す。
「それで、手紙の相手は探せたの?」静香が言った。
「ううん、でも一つだけわかったことがあるよ」
英一が言うと、静香と遥がじっと見つめてきた。
「趣味が同じ人と話すのって、やっぱり楽しいよね」
無口な人が口を開くと、想いもよらない話が出てきたりする。英一としてもジブリの話をする気は最初からなかったが、意外にも女子生徒が反応してくれたので、思わず作品名まで口に出してしまった。
その日の夜、英一は久々に夜更かしをした。というのも、結局手がかりは見つからなかったということで静香に殴られたからである。遥からは主に嫉妬の拳が飛んできた。
画面の明るさは最初にして、イヤホンを耳に当ててベッドの中でスマホを見つめる。
海月コヨミのチャンネルは、登録者数が48万人という人気チャンネルだった。他のメンバーはそれより20~30万人多いが、まだグループに加入したてというのであればむしろまだまだ伸びしろがある。
コンテンツは配信が主で、雑談やゲーム実況、たまにグループメンバーとのコラボをしている。あまり積極的な方ではなく、グループでは末っ子として可愛がられているようだった。
年齢は非公開であるが、ファンの間では中学生くらいなのではないかと思われている。ボイスチェンジャーを使えば声を幼くすることもできるため、実は20代なのかもしれないと噂されていたが、グループに入ったことでその疑いも晴れた形だ。
彼女のコンテンツの特徴は、あまり声を発さないことだった。集中すると息を忘れてしまうほどのめり込んでしまうらしく、ファンからは『自宅でできる無呼吸運動』と受け入れてられている。
グループ加入当初の集合配信では、加入した理由をこう話していた。
『初めてオファーをいただいたときは、何かの間違いかなと思いました。
一人で活動していたときは、そこまで本気でやるつもりもなくて……歌も、自分が聴いていいなと思ったものしか歌わなかったので、再生数も低いし、ファンの人からも『この曲いつの?』って言われたことも何度かあって……。でも私が好きな曲なので、できれば知ってほしいなっていう思いでちょっとずつ続けていたら……いつの間にか、たくさんの人が聴いてくれるようになって、少しずつ、自信が持てるようになったんです』
ファンから愛されるキャラというのは何だろう。
必ずしも明るい性格でなくてもいいと英一は思った。日常生活ではきっと、そうしないとコミュニケーションが取れないとか、不便なことが目に付いてしまうけれど、この画面の中でだけみれば、何もかもが『個性』であるように思えた。
彼女のファンには、無口なことを楽しんでくれるファンがいて、ニッチな歌の存在を共有できるファンがいる。彼女を中心として、顔も名前も知らない人達が、同じコンテンツを楽しめる空間がそこにあった。
学校にはない温かみ、自由にコンテンツを共有できる居場所が『そこ』であると、英一はなんとなく、海月コヨミのことが少しわかった気がした。
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