第3話 服選び、マナーを学ぶ

翌日今日もアルバイトに留守を頼んで待ち合わせの駅に行く。地上に家を持っていないので車も持っていない。いや、持ってはいるが、俺がダンジョンに引きこもる時に妹夫婦一家に貸している。ダンジョン内に住民登録出来ないので郵便物の受け取りをして貰い、妹夫婦は公認会計士事務所に家を使っているので、俺の税金関係の手続きをしてもらう代わりに家賃をタダにしている。

今回のレストランの無料招待券も渡しておいた。



○○駅までバスや電車を使って行く。

その駅につくと私服の二集院桜が待っていてくれた。早めに来たつもりだったが遅かったようだ。

「ごめん、待った?」

「ううん、今来たところ」

まるで恋人同士の待ち合わせのような会話が照れくさい。

彼女の今日の服装は淡い藤色のワンピースで秘書の時のキリっとした黒っぽいスーツ姿と違って表情も柔らかく、可愛らしい印象だ。

32歳の女性に可愛らしいと言ったら失礼になるのだろうか?ダンジョンにばかり潜っている俺には判らない。どっちにしても綺麗で可愛いのに変わりない。



連れていってもらったのは高級洋品店で有名人がオーダーメイドで服を作っていると聞いている。俺なんかが入っちゃいけない店な気がする。そこではレディメイド(いわゆる既製品)のジャケットとズボン?スラックス?パンツ?最近の呼び方が解からないがまあいいや、ズボンと呼ぼう。と襟の有るシャツを買った。これならネクタイは不要だと聞いた。ついでにと採寸されてオーダーメイドのスーツを作らされた。その内必要になるはずだと桜が言う。試しに吊るしのスーツを試着すると

「まあ、随分と印象が変わりますねえ。素敵ですわ」

とお店の人に褒められた。鏡を見ると別人みたいな俺が居た。

(馬子にも衣裳って奴だな)

「次はお隣の靴屋に行って靴を買うわよ」

買ったばかりの服に着替えて靴屋に行く。スニーカーやサンダルは御法度だと革靴を選ぶ。選ぶのは俺じゃ無く、ただただ桜の指示に従うだけだ。

タクシーを呼んでレストランに向う。今度はマナーの勉強会だ。


着いたところはレストラン【オーロラ】だった。

「ちょっと待って、俺まだ予約していないしマナーも教えて貰ってないぞ」

「大丈夫、私が既に個室を予約しておきました。今日はリハーサルということで、また今度本番で連れてきてくださいね」

と桜はいたずらっぽく微笑んだ。


この店に個室が有ったなんて知らなかった。いつもは裏口から入って調理場しか見ていないのだから仕方ないだろう。桜はダンジョン庁長官のゲストをおもてなしするために何度も個室を使っていたらしい。

俺はそこで桜と向かい合わせになってマナーやエチケットを一生懸命勉強した。

「今日学んだことはテストに出ますからね。忘れないうちに本番のお誘いをしてくださいね」

ちょっとワインを嗜んだ桜は少し妖艶な雰囲気を醸し出してそう囁いた。ちょっとそれは反則だよ。勘違いしてしまいそうじゃないか。

留守番してくれているアルバイト君のお土産に特別に弁当を作って頂いて店を出た。個室を使った料金を払おうとしたら

「今日の分は私からのプレゼントです」と桜に止められた。

妹一家に招待券を渡したので、近々予約電話が有るだろうと倉田さんに告げて個室利用の料金も聞いておいた。妹達もセレブとは程遠いので周りのお客さんの目が気になるのなら個室を予約した方がいいかも知れないと思ったからだ。


「丁度いい機会だから紗耶香にも高級レストランの雰囲気を味わってもらいたいわ。私達ではあの子の年齢ではこんな機会無かったものね。兄さんには感謝だわ。ありがとう兄さん」と妹の静江が言った。紗耶香は俺の姪で18歳。高校卒業と同時に俺に憧れて収集人になったばかりだ。天啓が発現した時にもうD級の印が有った。将来が楽しみな子だ。



養魚場に戻った時予期せぬ出来事が有った。

アルバイトの子が辞めさせてくださいと言って来たのだ。

若い子たちにとってここは退屈だろうし、もしも養魚場の魚が死んでしまったらと思うと不安でたまらないと言うのだ。

俺は桜にお詫びの電話を掛けた。

「という訳で長い時間ここを離れられないんだ。本当にごめん」

「それは大変ね。ねえ先輩、残り2つのA級ダンジョンをクリアするのにどの位の時間が掛かりますか?」

「10日も有れば充分かな。何で?」

「噂ですけど、最近出来たS級ダンジョンで優秀な自動人形オートマタがドロップするって聞いたんですけど挑戦してみませんか?もしも挑戦するのでしたらダンジョン庁として養魚場のお手伝いの人材を派遣しても良いとの長官のお言葉を伺っております。S級に上がりたくない先輩の気持ちは判りますが、この際目を瞑ってオートマタを手に入れて養魚場の知識をインプットして留守番を任せてみてはどうでしょうか?オートマタに退屈だとか不安だとかの気持ちは無いでしょうから上手くいくと思いますよ」


「解った。応援人材の手配をお願いするよ」

「はい喜んで。(せっかくの先輩とのデートのチャンスを逃してなるものですか)」

は?デートとか聞こえたような気がしたが?気のせいかな。

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