第2話 魚を配達する

今日の【オーロラトラウトサーモン】の配達先は料亭【魚膳うおぜん】とレストラン【オーロラ】だ。

【魚膳】は純和風の料亭で海外からの貴賓客をもてなすのによく使われている高級料亭である。俺がダンジョンで収集した食材を良く使ってくれるお得意様である。ここにはお店専属の鑑定人が居て、貴賓客に万が一のことが有ってはならないので、体に害がある成分が無いことを確認している。

特に俺が持ってくる【オーロラトラウトサーモン】は注意深く鑑定する。ちょっとでも毒成分が有ってはならないからだ。

そこで俺は彼の目の前で浄化魔法を掛けて見せる。今日は5㎏の魚体の【オーロラトラウトサーモン】を10尾ストレージから取り出して所定の場所に並べて置いて1尾ずつ浄化していく。

魚体が白い光に包まれてオーロラの様な美しい模様を表していく。模様は少しずつ変化していって最後はくっきりとしたオーロラの模様が定着する。これがこの魚の名前の由来だ。1尾ずつ模様が違っていて同じ模様が無い。実に美しい。

念の為に板長さんと鑑定人さんの目の前で内臓と鰓を取り出す、血合いも丁寧に取り除く。血抜きは家で済ませてある。頭の付け根と尻尾の付け根に包丁を入れて魚体をギュッと曲げて血液を搾り出す。当然ながら、まな板も包丁も浄化して毒が残らないようにしておいた。もともと毒は無いのだけどね。なのでお店の調理場(板場)も一緒に浄化しておくのがお決まりの事になっている。


「いやはや毎度のことながら見事な仕事をしてくれますねえ」

と、板長さん。

「秋葉さんの持ってきてくれる食材は何時も丁寧に処理して下さってるので安心です。果実にしてもキノコ類にしても間違っても毒キノコなんて混じっていないですしね」


「そう言って頂けると嬉しいです。今日はこれで失礼します。またのご注文をお待ちしております」


「こちらこそまたよろしくお願いします。代金はいつも通り月末に振り込んでおきます」

「はい、毎度ありがとうございました」

俺は次のレストランに向かった。


レストラン【オーロラ】は【ポイズン・ダンジョン】産の食材を使った料理を提供することで有名なレストランだ。

ここでは200g程度の大きさのものを良く使ってくれる。いわゆる1皿に乗る大きさで尾頭おかしら付きの焼き魚にしたり煮付にしたりしたりして提供している。スモークサーモンも例えようもない美味しさだとの評判だ。

毒も寄生虫の心配も無いので刺身もマリネも大好評の逸品だと聞く。

ここでも目の前で内臓処理して浄化していく。同時に調理場も浄化すると大いに感謝される。3㎏位の魚体のものはオーブンで丸焼きにすると体表の模様が一段と鮮やかになって本物の【オーロラ】を連想させるのだと言う。


「秋葉さんも1度お店の方で食べてみてくださいよ。無料招待券をお好きな枚数差し上げますよ」

オーナーシェフの倉田さんが言ってくれるが彼女もいない俺は1人だけでは入りにくい。この店は結構有名人が利用している。ドレスコードっていうのかな、着ていく服も俺の普段着では拙いだろうし……。

迷っていると倉田さんは招待券を5枚も渡してくれた。

ここのお店の料理の値段は雑誌で確認すると1人の食事代が最低でも3万円位になるみたいだったはずだ。

「こんなに沢山頂けませんよ」

「なあに何時も良い食材を調達して下さっている牧場さんに私からのお礼の気持ちです。お気軽に食べに来てください。自分が育てた魚がどんな料理になるのか知っておいた方が良いでしょう」

そう言われると嫌とは言えない。確かに倉田さんの言う通りだ。

「判りましたそのうち来させていただきます。そのときは予約の電話を入れさせていただきます」

「ええ、ぜひぜひ来て下さい。お待ちしております」

礼を言ってお店を出る。


ところで、本来【トラウトサーモン】とは、淡水で育つニジマスを海で養殖したものを言う。

この物語の【オーロラトラウトサーモン】の名前は、毒川虫が生息する川で育つ【オーロラトラウト】別名【毒鱒ポイズントラウト】を毒川虫の生息しない地下水で養殖した、毒を持たない鮭、サーモンに良く似た赤みの強い身のトラウトという意味で名付けられたものである。決して海で養殖してはいない。


さて着て行く服について誰に相談しようか?

1人の女性の姿が脳裏に浮かんだ。だがその女性は忙しいだろう。俺なんかのロクでもない相談に乗ってくれるとも思えない。何せ日本のダンジョンを統括するダンジョン庁長官の秘書を務めている人物だからだ。

ドレスコードについては洋服屋のプロに訊けば判るかも知れないが食事についてのマナーやエチケットなども訊いておきたい。なので勇気を出してお目当ての女性に電話してみた。


「はいもしもし、二集院 桜です」

出てくれた。不審者の電話と思われなかったのようで良かった。

驚いて言葉に詰まった俺に彼女から切り出してくれた。

「もしもし、秋葉先輩ですよね」

初めて電話したのに俺からの電話だと認識してくれたようだ。正直言って嬉しい。

「秋葉です。突然電話してごめん。実は二集院さんに折り入って相談したいことが有ってね」

「まあ嬉しい。秋葉先輩が私なんかに相談して下さるなんて光栄です。でも、さん付けなんてやめてくださいませんか?以前のように桜と呼び捨てにしてください」

彼女は俺の4歳年下の後輩収集人なのだ。

何度か一緒に収集活動したことがある。新人の頃は4年の経験の差は大きく色々な収集のテクニックを教えて、何度か命を救ったことも有る。そのことを今でも覚えていてくれた。


「桜は【オーロラ】と言うレストランを知ってる?」

『はい、良く知っています。先輩が【オーロラトラウトサーモン】を卸しておられるお店ですよね」

「そんなことまで知っているの?驚いたな」

「うふふ、これでもダンジョン庁長官の秘書を務めておりますからね」

そうか俺の行動は筒抜けのようだ。なら話が早い。

「実はそこのオーナーシェフの豊田さんから無料招待券を貰ったので今度一緒に行ってくれないかなと思ってね」

「まあ、嬉しい。是非是非お供させてください」

まさか快諾してくれるとは思ってもいなかった。

「でね、相談と言うのは着て行く服とか、レストランでのマナーとか全然判らないので教えて欲しいのだけれどどうかな?」

「うふふ、先輩でも知らない事が有るのですね、なんか安心しました。宜しくってよ、明日の朝10時に、○○駅で落ち合えませんか?洋服を買いに行きましょう。その後はどこかのレストランでマナーの講習会を行うと言うことではどうですか?」

「お、おう」

彼女の勢いに圧倒されて承諾するしかなかった。

さあATMに行って軍資金を下ろして来なければいけないな。

クレジットカードも持ってはいるが、現金も用意しておきたいのだ。

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