第15話 期末テスト=撃沈
七月十六日 日曜日 大崎楓雅
明日からいよいよ三日間の期末テストが始まる。俺はあの馬鹿二人をこの一週間で最高状態にまで引き上げた自信がある。
「学校終わった瞬間に家に来て、毎日九時までしていたからな」
帰った後も俺が指定したものをするように言っておいたから、多分してくれているだろう。頼むからしといてくれ、俺の努力が無駄になった気がするから。
俺も今回はかなり勉強したほうだ。いい点数は取りたいが……人生そう甘くない。油断しないようにしよう。
七月十七日 月曜日
俺は張り切って家を飛び出した。
「あいつらちゃんとできるかな……」
それだけが心配だ。一週間本気で教え込んでやったから、いい点数をとって欲しいものだ。あいつら自身もかんばっていたしな。
学校の近くの交差点まで来ると、奈希と詩葉が待ってくれていた。
「あ。やっと来た!」
「遅いよ楓雅くん」
「悪かったなギリギリで」
俺はいつも通りギリギリに登校するつもりだった。
「別に俺なんか待たなくてもいいのに」
「せっかく教えてもらったし、ね?」
「うん、本当に助かったよ」
「そりゃあよかった。なら点数とって俺を喜ばせてくれ」
「お任せください!」
「できるだけ頑張る……」
奈希は自信満々のようだが、大丈夫か?いや、大丈夫だろう。普段は馬鹿そうに見えるが、意外と真面目だしそこまで馬鹿でもない。
「詩葉も自信持ってやれよ。こういうのは気が大事だ」
「う、うん!分かった。頑張る」
「奈希もな」
「自信しかありません!」
大丈夫そうだな。
「じゃあ、走るぞ」
「あ、ちょっと待ってよー!」
「ちょっと速いよー!二人とも〜!」
実を言うとさっき時計を見たら時間がギリギリだった。遅刻寸前だ。そういう時は全力ダッシュするのみだ。
「ほら、遅刻するぞー!走れー!」
その後、俺たちはギリギリで教室に滑り込んだ。
「……あ〜疲れた〜」
「私、もう、テストできないです……」
二人ともお疲れのようだ。少し悪いことをしてしまったかもしれない。
「悪かったって。次からはもうちょっと余裕持って行くよ」
「それでお願いします……」
「私が起こしに行ってもいいんだよ?」
「遠慮しとく」
「……ケチ」
「即答……さすが楓雅くん」
何がケチだ。そもそも奈希の家からだったら遠回りになるだろ。
「じゃあ席座れよ。もうテスト始まるぞ」
「はーい」
「二人とも頑張ろうね」
「おう」
「詩葉ちゃんもがんばろーう!」
そうして一時限目の英語が始まる。
構成はリスニング、文法、長文読解といった典型的なものだ。リスニングは対策してすぐにできるものではないが、授業中と同じ音声が使われるからとりあえず二人には何度も聞くように言った。
「過去問か……」
文法、長文ともに大学の過去問だ。もちろん初見。こりゃ二人ともまずいな。俺でも難しい。
にしてもこの高校のテストはすこぶる難しいな。一応新学校だから仕方ないことなのかもしれないが、皆がある程度点数を取れるように配慮はしていただきたいものだ。
問題と格闘しているうちに試験監督の「やめ」の合図がされた。
「奈希、詩葉、そう落ち込むな。これから頑張ってすればいい」
回答用紙が回収された後、二人の様子を見に行ったら、なんというか、ものすごく落ち込んでいた。
「でも、楓雅にあんなに教えてもらったのに、何もできなくて、やっぱり私馬鹿なんだぁ……」
「やっぱり私は勉強できない、本しか読めないオタクなんだぁー!」
「ちょ、ちょっと落ち着けって。たかが定期考査だ。本番じゃあるまいし。ほら、切り替えろ。まだ科目は残ってるんだからな」
「……」
二人とも静かに頷く。
そんな落ち込まないでくれ……!俺まで気分が落ちてしまう!
結局、その後の国語も撃沈し、お通夜状態で家で勉強することになってしまった。
「ほら、そんな落ち込むなって。らしくないぞ二人とも」
「だってぇ……せっかく一生懸命教えてもらったのに、何も成果出せないとか申し訳ないもん……」
「やっぱり私は本しか頭にない馬鹿女なんだ……」
ダメだなこりゃ。何言ってもこの状態だ。
「できるようになるまで教えてやるから。ほら、やるぞ」
この日は結局、二人がいつも通りに戻ることはなく終了した。
七月二十一日 水曜日
結局、昨日今日とどちらのテストも惨敗だった。
で、あの二人の様子はというと……
「楓雅、私を殺して…………」
「私は本しか読めない馬鹿、本しか頭にしかない馬鹿、本を読む以外に何もできない…………」
俺は一体どうしたらいいんだ。
「お前ら、ちょっとついてこい」
俺はとある場所に連れて行くことにした。
「あぁ、ついに殺されるんだ……」
「きっと私の本全部燃やされちゃうんだ……」
「何言ってんだ、ほら行くぞ」
二人を無理やり外に連れ出し、向かった場所は
「て、展望台?」
「展望台?」
「ああ、そうだ。落ち着くだろ、ここ」
「うん。落ち着く」
「ここで本読んだら最高だなあ」
「詩葉はいっつも頭の中本のことばっかだな」
「あはは、確かに」
「べ、別に本だけじゃないし!」
「まあ、趣味に没頭することは大切だな」
「そういえば私、趣味ないな」
「奈希ってこっちに来てから基本俺とずっと一緒にいるしな。むしろそれが趣味なんじゃないか?」
「一人でいることもいっぱいあるし!楓雅とずっと一緒にいるわけじゃないし!」
いや、ずっと一緒だろ。多分一緒にいる時間の方が長いぞ。
「はは、そうかそうか」
「何よその言い方。ムカつく」
「今度みんなで本でも買ってここで読むか」
あるじゃないか、趣味。本という趣味が。
「あ、いいね!それ」
「私、読みたいです!」
「じゃあ、決まりだな。一旦、テストのことは忘れよう」
「終業式って来週の月曜日だよね」
「うん。確かそうだった気がする」
「なら月曜日さ、みんなで本を買いに行くついでにまた本土で遊ばない?」
「私は大丈夫だけど、楓雅は大丈夫?その、お金…とか」
「なんだ、心配してくれてるのか。それなら安心しろ。何もしてこなかった分の蓄えがあるからな」
奈希に出会う前の一年ほどで貯金はたんまりある。本当に何もしていなかったからな。
「私、行ってみたいところがあるんだけど、男女だから、その、楓雅くんが良ければ、でいいんだけど」
「おう、なんだ?」
「温泉、行ってみたいなって」
「あー、俺が一人になるからってことか?」
「うん。だから楓雅くんが良ければ……」
「楓雅は一人でも大丈夫でしょ!慣れてるよね」
慣れてるよねはちょっと傷つくぞ。あと、ニヤニヤしながら言ってくるな。
「失礼だな。まあ俺はいいけどさ」
「じゃあ三人で温泉、行きたいです!」
「じゃあ、温泉行くか」
「私も大丈夫だよ!」
「じゃあ私、予約取っておくね。行きたい温泉決まってるから」
「じゃあ頼んだ。ありがとうな」
「詩葉ちゃんありがと!」
「こちらこそありがとう。楽しみだね」
「ああ、楽しみだな」
「うん、楽しみ」
明日はどんな日になるだろうか。
楽しみだ。
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