第12-1話 思春期

 七月七日 金曜日 大崎楓雅


 俺は今、とても悩んでいる。

「デートに誘うか否か……」

 これは思春期男子にとって、一度は通る悩みだろう。

 ここ数日、奈希への気持ちを自覚してからまともに話せていない。

 けど、切実にデートがしたい。いや、デートじゃなくても会えたらいい。

 今までの俺ならこんなこと微塵も思わなかっただろうが、あのクソ可愛いやつのせいでこうなった。

「これは俺のせいじゃない、俺にまだ残っていた青年の心と、あいつが可愛いのが悪いんだ」

 そうだ。そうに決まっている。

「……」

『明日遊ばねえか?』

 入力欄でずっとこの言葉が放置されている。送るわけでもなく、消すわけでもなく、だ。

「ボタンをひとつ押すだけなのに……」

 それができない。でもそれさえできれば奈希に会える。

 時刻はもう午後十時だ。早く送らないと奈希にも迷惑になる。

「…………送信!」

 俺は意を決して送信ボタンを押した。

「ふぅ……」

 長い道のりだった。あとは返事を待つのみだ。

 待つこと十分。返信が返ってきた。

「うん!いいよー。私も遊びに誘うつもりだったし!」

 俺の努力は何だったんだ。俺がわざわざ言わなくても向こうから結局誘われる結末だったのかよ。いや、自分で送ることに意味があるよな。そうだよな。

「遊ぶって言ったけど、何もすること決めてなかったわ」

「誘っておいて何も決めてないのかい!」

 はい。決めていませんでした。送るのが精一杯でした。

「私も何も決めてなかったんだけどね!」

「お前も決めてないんかい!」

 類は友を呼ぶってやつか。

「詩葉でも誘って本土もう一回行くか?」

「ありだね!詩葉ちゃん、本土の本屋さんで行きたいところあるって言ってたし、そうしよ!ちょっとメール送ってみる!」

「了解」

 詩葉ごめん。奈希と二人きりだと、その、俺がダメなんだ。いやでも、詩葉も本土行きたいって言ってたし、ウィンウィンってやつだよな!

 数分ほどしてから奈希から連絡が送られてくる。

「詩葉ちゃんも来れるって!」

「そうか。せっかくだしな。じゃあ、明日朝九時に港でいいか?」

「うん!大丈夫!詩葉ちゃんにも言っとくね」

「まかせた」

「楽しみ!」

「俺もだ」

「そんなに私に会いたかった?」

 反射的に『俺も』なんて送ってしまった。俺たちは付き合ってないんだぞ!何を送っているんだ俺は……!

「別にそんなんじゃねえよ」

「ツンデレなんだからっ」

 なんで文字越しであんなにあいつの顔が容易に想像できてしまうんだ。ニヤニヤしやがって。

「他にどっか行きたい所とか無いか?」

「私は大丈夫かな。この前一緒に行ったしね!」

「じゃあ、俺面白そうなところ調べとくわ。本屋行って終わり、じゃもったいないだろ?」

「ほんとに!じゃあ、お願いしようかな」

「おう」

「じゃあ明日、朝九時に港な」

 大事な事は二回言っておく。こいつ忘れっぽそうだしな。

「はーい。おやすみ」

「おやすみ」

 俺はスマホを横に置き、風呂に入ることにした。

「今日は久々に湯、張るか」

「お風呂の温度を四十二度に変更しました♪」

 この音源を聴くのも久々だ。

 十分ほどしてお馴染みの音源が流れる。

『〜〜〜♪お風呂が沸きました♪』

「よし、入るか」

 さっさと体を洗い俺は湯船に浸かる。

「ふ〜〜〜。最高だ〜」

 にしても、明日は何をしよう。本屋に行くのはいいが、飯の場所とか、本屋以外の場所も考えとかないとな。つまらないなんて言われたら立ち直れる気がしない。もちろん詩葉に思われるのもなかなかに辛い。

「自分から誘っといて何のプランも無しはダメだよなあ」

 俺は一度浴室を出てスマホを取りに行った。

「よし、ゆっくり調べよう」

 浴槽に浸かってると落ち着ける。これ、分かってくれるよな。

「『おすすめのデートスポット』っと」

 ありきたりな検索をするのが一番効果的だ。

 その後一時間ほど俺は検索し続け、何とかプランを練り上げた。時刻はすでに午後の十一時だった。

「やっと完成だ。プランを練るってのはこんなに難しいのか……」

 おそらく俺がそういうのに慣れていないから、というのもあるだろう。

 紹介しよう。これが俺のデートプランだ。

 まず朝十時前に本土に到着。そしてまずは詩葉が行きたがっていた本屋に向かう。どうやら日本で二番目の大きさを誇る本屋らしい。俺もちょっとというか大分気にになる。次に昼食をとりに行く。昼食は炭火焼きハンバーグが有名らしいところに行くことにした。値段も比較的リーズナブルなところを選んだつもりだ。次はありきたりだが、動物園に行くことにした。島にはそんなもの無いし、結構新鮮さもあっていいと思っている。

「我ながら完璧だ……」

 これなら二人とも退屈せずに過ごせるだろう。せっかく本土に行くならしっかり楽しまないと損だしな。

「じゃ、あがるか。ちょっとのぼせちまったな」

 そりゃそうだ。軽く一時間は湯船に浸かっていたからな。

 俺はさっさと髪の毛を乾かし、就寝の準備をし、ベッドにダイブする。

「なんか、緊張するなあ」

 好きだと自覚してから本当にこんなのばっかりだ。話すだけで緊張する。なんなら目を合わせるのすら緊張してしまうぐらいには重症だ。

「もう十二時か。よし、寝よう」

 遅刻してしまってはせっかく建てたプランが台無しだ。早く寝よう。



 七月八日 土曜日 如月奈希


「楽しみすぎて早く起きすぎちゃったな」

 時刻は朝の六時。集合時間は九時だからちょっと早すぎる。

「ちょっと気合い入れてメイクしちゃおうかな」

 いつもは軽くするだけだけど、今日はちょっと気合を入れちゃおう。

「あとは服装だね」

 楓雅はどうやら清楚系がお好みらしいので(この前の反応からして)今日も楓雅のお望み通り、清楚系の服にしてあげよう。

 そうと決まればさっさと準備しちゃおう。

「まるでデート気分だね。デートじゃないけど」

「本も多分買うだろうから大きめの鞄で行こうかな」

 詩葉ちゃんの言ってた本屋さんって日本で二番目に大きいらしいから、きっと気になる本もいっぱいある。

「いや、やっぱり見た目重視で小さめのカバンにしよう」

 よく考えたら本を買っても袋はもらえるよね。ちょっと荷物にはなるかもだけど、背に腹は変えられない。

 服装を決めた私は早速メイクを始める。

「普段あんまりしっかりメイクしないから、いざちゃんとするってなったら難しいな……」

 試行錯誤しながらメイクすること一時間半。やっと満足のいくメイクができた。

「今日の私、最高に綺麗」

 自分で言うのは気が引けるけど、最高の出来だ。楓雅もこれでイチコロだね。

「いや惚れさせたらダメなんだよ」

「楓雅は私の実の兄!そのようなことはあってはならないのだ!」

 そんなことを私は自分に言い聞かせながらも、どこか期待してしまっている自分もいた。

 そうして私は朝食を済ませ、家を出る。

「〜〜〜♪」

 自分でも分かるぐらい上機嫌だな、私。

 そうしてるんるんで歩いていると港が見えてきた。

「あ、詩葉ちゃん!早いね〜」

「そんなことないよ〜。さっき来たとこ」

「そっかそっか。まだ楓雅は来てないね。あいつ学校もギリギリに来るからな〜」

「あはは、確かにそうだね」

「てか、詩葉ちゃんの鞄めっちゃ大きいね」

「せっかく本屋さんに行くんだから、気になったやつは全部買わないと、でしょ?」

 詩葉ちゃんと友達になって、分かったことがある。それは詩葉ちゃんが本のコレクターだということ。しかも重度の。

「でも、そんなに買って読み切れるの?」

「もちろん!家に帰ったらずっと本読んでるくらいには、本好きだからね〜」

 休み時間も読んでるけど、ほんとに本が好きなんだなあ。

「そういうのいいよね。没頭できる趣味があるって」

「でもその代わりに、本を読んでないと安心できないぐらいには没頭しちゃってるけどね」

「あはは、それは大変だ」

 他愛もない会話を繰り返していると楓雅がやっと来た。

「いつも通り、ギリギリだね〜」

「いいだろ、別に。時間通りだぞ」

「十分前行動は大事だよ、楓雅くん。彼女は待たせちゃいけないんだよ」

『彼女?』

 私と楓雅は同時に詩葉ちゃんの方を見る。

「え、違うの?」

「断じて違う!誰がこんなやつと……」

「え、あ、違うよ!別にそういう関係では……」

 詩葉ちゃんが意外そうな目で見てくる。でも、そう思われても仕方ないよね。ちょっとは行動を自粛しないと。他の人にも勘違いされそう。

「あ、そうだったんだ。てっきり付き合ってるものだと思ってたよ〜」

「まあ、仕方ないよな。こいつ、ずっと俺にベッタリだしな」

「そんなベッタリとかしてないって!誤解だよ!誤解!」

「事実だろ」

「事実だね」

 詩葉ちゃんに言われてしまってはもう言い訳はできない。

「ごめんって」

「……まあ別に悪い気は、しねえけど」

 ぼそっとそんなことを言ったような気がするが、聞こえなかったフリをして話題を変える。

 ていうか、そんなぼそっと言うぐらいなら真正面から言ってよね!

「ほら、チケット買いに行くよ!あと十分ぐらいで船出ちゃうでしょ」

「あ、そうだな」

「そだね。買いに行こー!」



 思春期男子と、本コレクターを連れて、私はチケットを買いに行った。

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