第11話 ほんとの目的
七月二日 日曜日 大崎楓雅
「この気持ちを打ち明けるかべきか……」
俺は奈希への気持ちに気づいてから二日間、ずっとこんな感じで悩んでいる。
もしこの気持ちを打ち明けて、万が一にも向こうがそうじゃなかったら、今の関係のままではいられないだろう。
「今のままが一番なのかなあ」
……このままじゃ埒が明かないな。
「とりあえずこの事は忘れて普通に過ごすか……」
もしかしたら、本当にもしかしたらいっときの気の迷いなのかもしれない。
七月三日 月曜日
俺はいつも通りギリギリに学校へ向かう。
「楓雅、おはよう」
「おはよう奈希、詩葉も」
「あ、おはよう」
今日は二人で小説の感想を言い合っていたみたいだ。やっぱり本を貸して正解だったみたいだな。
するとすぐに始業を告げるチャイムが鳴った。
『じゃあ、今日も集中して授業に取り組むように』
担任の先生が出て行き、教室が少し騒がしくなる。
「ねえ楓雅くん、この小説どうだった?面白かった?」
「なかなかに面白かったな。奈希にも読んでもらいたくて貸してたんだ」
「あ、だから奈希ちゃんこの小説持ってたんだね」
「そうそう。今日楓雅に返しておこうと思って」
「もう読み切ったのか?」
「バッチリ!じゃ、これ返すね」
「おう」
俺たちはしばらく小説の感想を言い合い、いつも通りに学校生活が始まった。
と、思ったのだが、
「目見て話せねえ……」
昼休みに入り俺はいつもの階段ではなく、旧校舎の誰もこなさそうな階段に逃げていた。
「どうしちまったんだ俺よ。昨日いつも通り過ごすって言ってたじゃねえかよ俺……」
俺は悪くない。悪いのは奈希だ。
「あの笑顔は直視できねえよ……!」
あんな眩しい笑顔、誰も目を合わせられる訳ないだろう……!
いや、俺だけかもしれないが。
「マジで普通に話すのも無理だ……」
朝は何とか平生を装ったが、だんだん時間が経つにつれて無理になってきた。
「元々はと言えばあいつが話しかけてきて、ずっとくっついてきて、笑顔振り巻いてきて、反応が可愛くて、子供っぽいところも可愛くて…………」
「……」
「……めちゃくちゃ好きじゃねえか」
自覚していなかったが、俺はかなり、いや、ものすごく奈希のことが好きみたいだ。
「小学校中学校で恋愛してない反動が来たのかもな」
恋愛どころか、友達もろくにいなかったからな。一人だけいるが……高校に入ってからは会ってもないし話してもいない。実を言うと、その唯一とも言える友達は島外の高校に行ってしまった。
「連絡先はあるんだけどな」
とりあえず今日はもう奈希とは極力話さないようにしよう。意識しすぎて無理だ。俺の理性とか色々が壊れてしまう。
「さっさと飯食っとくか」
そうして飯を食っていると、外からあいつの声が聞こえてきた。
「あ、楓雅!こんなところで何してるのー?」
まずい。バレた。索敵能力高すぎやしないか、あいつ。
よし、逃げよう。
そう決心した俺は旧校舎の裏口から一旦外へ出て、正門の方へ回り込み、そこから時教室へ戻ることにした。
「あ!逃げた!何で逃げるのよー!」
奈希がそう言うが、俺はお構いなしに全力ダッシュだ。
「あいつ…思ってたより、速いな」
「こら〜!待ちなさいよー!私が何したった言うのよー!」
まだ向こうは本気で走っていないみたいだけど、俺一応、五十メートル走6.9秒なんだぜ?
体力はないと思っているが、にしてもあいつ、速すぎねえか?もう追いつかれそうだ。
「はぁはぁ、……っはやい」
「……ふふ、元陸部の足、舐めるんじゃないわよ〜!」
なっ…!あいつ陸上部だったのか…通りで足が速いわけだ。
「……っくそ!まだ撒けねえか」
「ほらほら〜追いついちゃうよー?」
いつもは子供っぽい言動しやがるくせに……!こいつに追いつかれたら絶対からかわれる。
俺はさらにスピードを上げ限界の速度で走る。
「はっ…はっ…追いつけるもんなら、追いついてみろ!」
「あはは、あはれだねー。その余裕、どこまで持つかな?」
俺は全速力で正門へめがけ走ったが……
「はぁ……はぁ……お前、速すぎな……」
「っ……はぁ……久々に、全力で走ったから……疲れた……」
しばらく息を整えて奈希が口を開く。
「で、何で逃げたんですか?」
クソッ……そのちょっと怒ってる顔までも可愛いと思ってしまう俺がいる……助けてくれ……!
「いや、ちょっとな、そういう気分だった、的な?」
「何よそれ。逃げられて悲しかったんですけどー。やっと見つけたと思ったら逃げちゃうんだもん」
「でも、たまにはほら、一人でいたいこともあるだろ?」
「じゃあ、言ってくれれば良いのに。嫌われちゃったかと思った」
拗ねた顔で言ってくる。奈希には悪いが、正直その顔も可愛い。
「悪かった」
「……いいよ」
渋々といった感じで許してくれた。助かった。
「ねえ」
「なんだ」
「私のこと避けようとしたでしょ」
「……別に?」
まずい、バレたか。
「嘘つき」
「何でわかんだ」
「だって分かりやすすぎるもん」
「いっつも私とくっついてるのに急にどっか行っちゃって、見つかったら逃げるんだもん」
「……」
完全に図星だ。
「……私、鬱陶しかった?」
「いや、そんなんじゃないから安心してくれ。嫌いなわけでもない。絶対にない」
「何でちょっと念押しに言うの。ついに好きになっちゃった?」
これも完全に図星だ。どうやって誤魔化そうか……
言うならちゃんと、言いたいしな。
「友達としてな」
「恋人として、でも良いんだよ?」
なんて女だ。こんなの卑怯だろ……!
「冗談はよしてくれ」
「あはは、ごめんって」
「ほら、もう授業始まるぞ」
俺は話を誤魔化すように言い、奈希を急かした。
「あ、そうだね。あ!教科書忘れちゃった……」
「じゃあ見せてやるよ」
席も前後だから問題ないだろう。
「ありがと!」
その後は何事もなく時間は過ぎて行き、俺と奈希はいつも通りに帰路についた。
月曜日 如月奈希
「死んじゃうかと思った……」
今日の楓雅はどこか様子がおかしかった。いつもはラフな感じでほんとに友達って感じで話してくるのに、今日はなんて言うか……思春期って感じがすごかった。
「もしかして、楓雅のこと好きなのバレちゃったかな……」
いや、多分違うよね。むしろ、向こうが私のことが好きな感じだったよね。
「えっ……両想い……?」
ダメじゃん!私たちは兄妹!そんなのはダメなの!
……私が早く言わないのが悪いけど、好きになっちゃったんだもん。
「神様は残酷だなあ……」
叶いもしない恋を私に与えてくるんだもの。
「一回落ち着こう」
こういう時は言ったのちつくことが大切だよね。
そう、私がここにきた目的。まずはこれから思い出そう。
そもそも、私と楓雅は兄妹で、楓雅が四月生まれ、私が三月生まれの年子。
離れ離れになった理由は両親の死。確か私が一歳ぐらいの話だったっけな……これで私は養子として本土の人に引き取られた。
そしてここにきた目的。それは
「楓雅と一緒に住むこと」
端的に言うとこれだ。
……ただの同棲になっちゃうじゃん!
好きな人同士で一緒に住むのはもうほぼ結婚だよお……
「もう!結局こうなっちゃう!違うの、これじゃないの!」
一緒に住みたい理由は好きだから、もあるけど、ほんとの目的は、
「……家族として思い出を残したい」
私には実の家族はもう楓雅しか残っていない。私を引き取ってくれた義理の両親には十分に愛情を注いでもらった。
私が十五歳の頃、突然、話を切り出された。
「奈希、あなたには血のつながった兄弟がいるの」
当然びっくりはしたよ。実の親が亡くなって引き取られたのは知っているけど、これに関しては初耳だった。
「大崎楓雅くんって言う子。あなたが生まれた故郷の島にまだ住んでいるみたい。ずっと一人暮らしでアルバイトで生計を立ててるらしいわ」
この時、私はふと、会ってあげたい、きっとすごく寂しい思いをしている、と思った。私は養子に出されて、これまで何不自由なく過ごしてこれた。けど、実の血のつながった兄弟が真逆の環境で過ごしているなんて不公平だ。
その時に私は思った。
「今までの私の幸せを楓雅くんにも経験してほしい」
この時の私は、楓雅を助けてあげなくちゃいけない、私だけ幸せになっているのはずるい、そういう思いに駆られ、私は必死に島の高校に行くために勉強をした。実はこの高校、全国屈指の進学校ということもあり、難易度はすごく高い。だから、すごくすごく勉強した。
でも結果は、ダメだった。
その後、本土の高校に進学してからも私は勉強を続け、何とか編入試験を受けられるレベルにまで達し、やっとの思いで島の高校に転校できた。
「じゃあ、お母さん、お父さん、また一年半後に戻ってきます」
「頑張ってね、奈希。楓雅くんによろしくって伝えといて」
「ああ、頑張ってこいよ」
この時私は義理に両親にこんな提案をされた。
「楓雅くんの同意があれば一緒に住んでもいいから、また連絡してちょうだい」
「うん、わかった。きっと楓雅くんも一人で寂しい思いをしてたと思うし、私がその思いを晴らせてくる」
「頼もしいわね。じゃあ、そろそろ時間ね」
「うん。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてな」
私だけをなぜ引き取ったかの理由は、おそらく金銭的な問題だろう。だから義理の両親も楓雅に対して申し訳ない気持ちがあったから、今回こうやって転校させてくれたのだと思う。
その分私は
「楓雅と一緒に家族として思い出を作らなくちゃ」
これが私の目的、いや使命と言うべきかな。
結構おかしな話かもしれない。けど私にとっては大事な真面目なお話。
家族って、とても大事だもの。実の両親を失っているから、これに関しては私自身、とても理解しているつもり。
「寂しい思いをさせないっていうのはクリアしたよね」
ならばあと残るは
「兄妹であることを打ち明ける」
「一緒に住む」
一緒に住むのは大学に行ってから、義理の両親のもとで住むつもり。あ、もちろん楓雅がよかったらね?
でも、兄妹であることは本当に早く打ち明けなければならない。
「でも、いざ言うってなったらやっぱり躊躇っちゃうな」
だってこの恋人でいれるような気分も終わりだもの。付き合ってないけどね。
もちろん、家族として、実の兄妹として過ごせるのも嬉しいけど、
「……恋人として過ごせたらよかったのにな」
私はまたそんな叶いもしないことを思いながら目を閉じた。
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