第10話 気づいた思い

 六月二十三日 金曜日 深夜 如月奈希


 今週もいつも通りに学校が終わった……はずなんだけど、

「モヤモヤする〜!」

 家に帰ってきてから私はずっとモヤモヤしている。時刻はもう深夜の十二時だ。

 私がモヤモヤしている理由は簡単。

「楓雅、詩葉ちゃんと仲良くなりすぎだよ……」

 月曜日に紹介して以来、二人は小説の話でずっと盛り上がっている。私小説好きだって言ったけど、恋愛系はあんまり読まないんだよね……だから、話に入れない。

「展望台に行こう」

 何か思い悩んだ時は決まってあの展望台へ行くことにしている。あの展望台に行ったらなんか安心するんだよね。何でだろ。

 そう思い立った私はあの展望台へ向かった。



「……やっぱりここの景色は良いよね」

 ここは何度見ても景色が綺麗だ。ここからだと本土の街明かりも見えるから、それも相まって夜景が本当に綺麗に見える。まるで星空かのような夜景だ。

「そろそろ割り切らないとな。どんどん現実を受け入れるのが嫌になっちゃう」

 割り切る、すなわち恋を諦めるということ。私は楓雅と恋仲になることはできない。


 そういう運命だから。


「やっぱり早めに打ち明けるべきだよね……」

「本人に遠回しに私が家族だったら……とか聞ける訳ないよね〜」

 流石にそんなこと聞くのはほぼ告白みたいになっちゃうし、勘違いされちゃったらダメだし。

「そもそもの私がここに来た理由は、楓雅と一緒に暮らすことなのに、このままじゃダメ」

 そう自分に言い聞かせながらも、私は涙を流していた。


 ◇ ◇ ◇


 六月二十五日 日曜日 大崎楓雅


 昨日は珍しく奈希から音沙汰は無かった。

「久しぶりに暇な一日を過ごしたな。悪くは無かったが」

 たまにはああいう日が必要だろう。

 ……にしても暇だな。奈希がやってくる前の俺は一体どうやってこの暇を潰していたんだと今更ながら疑問に思う。

「……暇だ」

 今日は朝から金曜日に詩葉から勧められた小説を読んでるが、そろそろ飽きてきた。流石に五時間も読んだら飽きてくるよな、普通。

「外行くか」

 最近の俺のマイブームはジョギングだ。まだ一週間ほどしかしていないがこれが結構楽しい。

「結構走ったな。十キロぐらいは走ったか?」

 俺が思っていたよりも、俺は走れるらしい。まあまあ良いタイムで走れている。

「今日はそろそろ終わりにするか」

 時刻はそろそろ午後四時になろうとしていた。

 家に帰った俺は、再び詩葉におすすめしてもらった本を読み始める。

「今度詩葉に感想言わねえとな」

 本をお勧めされて読んだら、感想を言うのが定石だろう。今度奈希にこの本貸してやるか。

 実は金曜日まで遡るのだが、あの日の奈希は妙に機嫌が悪かった。俺が奈希に何か悪いことでもしたのかと思い考えてもみたんだが、どうも思い当たる節がない……と思ったが、一つだけあった。

「全然構ってやってなかったな」

 そう、おそらく理由はこれだ。ちょっと構わなかったぐらいで拗ねちゃうお子ちゃまだったとは驚きだ。いや、子供っぽいのはわかっていたが。

「明日はちゃんと話してやらねえとな」

 特に金曜日は、詩葉とばかり話していたような気がする。小説の良さを分かち合える人なんて今までいなかったからな。つい話し込んでしまった。

 ……奈希の気持ちも分かるかもな、俺。

 というか、俺が一番よくわかっているはずだ。誰にも構われずに、一日中暇を持て余して、ぼーっと過ごす辛さを。

「……悪いことしたかもな」

 明日謝ろう。


 六月二十五日 月曜日 大崎楓雅


 俺は珍しく朝早起きして、早めに学校へ向かった。

「奈希は……まだ来てないか」

 まだ来ていないのを確認して俺は机で一人勉強することにした。

「昨日は一日中小説を読んで勉強してなかったからな」

 一応勉強を欠かさずやるつもりだ。あいつのためにもな。

 そうして三十分ほど経っただろうか、ガラッと扉を開け、教室に奈希が入ってきた。

「おはよう奈希」

「……おはよ」

「金曜日は悪かったな」

「……何で謝ってるの?」

「え、いや、それはほら、お前暇そうにしてただろ」

 奈希は本当に何のことか分からないような顔で言ってくるもんだから少し動揺した。

「気付いてたんだ?」

「ああ、まあ……」

「えへへ、嬉しいなー、それだけ私のこと見てくれてるなんて。それも他の女の子と話してる時に」

「そんなずっと見てる訳じゃ……」

「じゃあ、ずっとじゃなくても見てくれてるんだ?」

 煽ってくるのは毎度の如くだが、金曜日の奈希とは裏腹に今の奈希は何というか……めっちゃ嬉しそうだ。やっぱりこいつは笑顔が一番だ。

「ああ。まあそうだよ」

「ずるい。ちょっとは否定しないとそういうのは」

「否定する要素がないだろ。俺、嘘はつけねえんだ」

「あはは、そっか。なんか安心した」

「?お、おう」

 何に安心したのかは知らないが、ひとまずよかった。機嫌は直してくれたみたいだ。

 あと、一つわかったことがある。こいつはかなり想像力が豊かみたいだ。ちょっとした一言で俺の行動にまで結びつけてきやがる。下手に発言できないじゃないか。ちょっとの言葉遣いの差でまた煽られてしまう。さっきのようにな。

 結局その日はずっと奈希の機嫌は良いまま過ぎていった。

 帰り道、俺は思い出した。

「あ、奈希。この本面白いから読んでみろよ、貸してやるから」

「詩葉ちゃんがお勧めしてたやつだよね?これ」

「おう、そうだ。みんなで同じ話題を持ってた方が話しやすいし、良いだろ」

「うん!やっぱ気遣いができるとこ、さっすがだね」

「褒めても何も出ないぞ」

「別に見返りが欲しくて言ってる訳じゃないし!」

「まあ、とりあえずそれ読んだら教えろよ」

「うん!わかった!じゃあ、私こっちだからまた明日ね」

「じゃあな」

「ばいばーい!」

 奈希は腕を大きく振りながらルンルンで帰って行った。

「そんなに話に入りたかったのか」

 まあ、多分そうなんだろうな。

「今日は展望台にでも寄って帰るか」

 ふと、そう思い立った俺は展望台へ歩みを進めた。

「やっぱ綺麗だなここは」

 奈希と初めてここに来た以降、俺はたまにここに来ている。なぜかここにいると気持ちが落ち着く。慌ただしい学校生活とは真逆のような場所だ。

「奈希と仲良くなったきっかけも、この展望台の途中にある自販機だったよなあ」

 あの自販機は死んでも忘れないだろう。炎天下であれだけ探し回ってやっと見つけた自販機に、コーヒーしかなかったら誰でも忘れないだろう。悪い方の意味でな。

「あれはとんだ笑い話だったな」

 奈希のその時の顔……めっちゃ笑顔だったな。もしかしたら今までで一番笑ってたんじゃないか。今日の奈希も笑顔だった。でも、金曜日の奈希は違った。その時、俺は初めて人に対してこんなことを思った。

「笑顔でいて欲しい」

 俺は奈希に笑顔でいて欲しいと思った。同じような境遇で育ってきているから余計にそう思う。

 奈希には常に笑顔でいて欲しい。

 その笑顔を俺に常に見せていて欲しい。

 奈希が休んだ日、寂しいと思った。

 そして、いつも奈希の隣にいるのが普通になっていたと気づいた。

 そして、俺は……


 俺は奈希が好きだ


 そう気づいた。

 あの、バカでどうしようもなくて、子供っぽい、けど、どうしても放って置けない笑顔の素敵な少女。

 俺を変えてくれた恩人でもある笑顔の素敵な少女。

 俺は如月奈希を好きになってしまった。

 最初から本能では分かっていた。俺はあいつが好きだってことを。俺には今まで、人にそういう感情を持つどころか、何にも興味を持てなかった。けど、あいつがこっちに来て、俺は変われた。そしてこの感情に気がついた。全てあいつのおかげだ。

「……これじゃ、好きになるのも必然って感じだな」

 俺はどうしたらいい。

 この気持ちをすぐに伝えてしまって良いのか。

 もしこれで奈希がそういう気持ちじゃなかったのならば、今までの日常には戻れないかもしれない。

「まだまだ、時間はある。じっくり考えよう」

 そう。まだまだ時間はあるんだ。ゆっくり考えたって良いじゃないか。


 俺はしばらくの間、島の綺麗な夜景を眺めていた。まるでその夜景が奈希かのように。


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