第8話 せめてデートだけでも

 六月十七日 土曜日 如月奈希


 今日も私は朝からあの展望台へ来ている。

 なぜかこの展望台へ来ると落ち着ける。一人で何も考えずにここでぼーっとしていると、悩み事も何もかも忘れることができる。

「って思ってても、やっぱり考えちゃうんだよね」

 恋愛感情というやつは本当に厄介だ。考えようとしていなくても勝手に好いている相手のことを考えてしまう。

「悩んでも仕方のないことなのに」

 だって結果はもう決まっているんだから。でも、このままで終わりたくない。

 おもむろに私はスマホを取り出し、あの人にメールを送る。

「明日暇だったら遊びに行かない?」

 すぐに返信が返ってくる。

「ああ、いいぞ。でもどこ行くんだ」

 それは考えていなかった。うーん、島内は何も無いしなあ。

「明日はたまには島の外に出てみない?」

 島の外ならたくさん遊べる場所がありそう。後で調べておかないと。

「たまにはそれもいいかもな。島の外に行くなんて数年ぶりだ」

「ほんとに楓雅は引きこもりなんだから。だから女の子の耐性ないんじゃない?いっつも恥ずかしがってるし」

 楓雅と話しているとつい、からかいたくなっちゃう。

「引きこもりで悪かったな。あと、それはお前が、意識させるような行動するからああいう反応になるんだろ」

「ごめんって」

「でも、今はお前のおかげでちょっとは外に出るようになったし、結構楽しいぞ。感謝してる」

 楽しいって思っててくれてたんだ。良かった。

「お役に立ててそうで何より。でも感謝するのは私のほうだよ。もともと島案内してー!私が頼んだんだし」

 楓雅は私に感謝しているみたいだけど、感謝しているのはむしろ私のほうだ。私のわがままに付き合ってくれるその優しさがずるいよ。ほんとに。

「でも、まあ、結果オーライってやつじゃないか?」

「そうかもね」

 続きを打とうとして電話がかかってくる。

「もしもし、奈希。メールじゃ時間かかるから電話で話さないか」

「……っあ!うん!そうだね。その方がいいね」

 急に電話がかかってきて少し驚いてしまった。

「と、その前に質問いいか?」

「いいよ」

「お前、電話の時と実際に会った時の声全然違うよな」

 ……図星だ。よくお母さんが電話する時とかに声が高くなるとかよくある話だけど、私はちょっと訳が違う。だって、可愛く見せたいじゃん。自分の声。ましてや好きな人相手なんだから。

「えー?そうかなー?」

「ああ。全然違うぞ」

「まーまー、お気になさらず。で、明日は何時ぐらいからなら行けそう?」

「朝から行けるぞ。バイトもないしな」

「じゃあ九時ぐらいに港来れる?」

「九時だな。了解。何か持ってきた方がいいものとかあるか?」

「特に何もいらないよー」

 そもそもどこに行くかも決めてないから、持ち物を伝えようがないよね、うん。

「分かった。じゃあとりあえず九時に港な」

「うん。じゃあまた明日ね」

「おう」

「じゃあね」

 ……さてと、どこに行こう。楓雅って何か趣味とかあったのかな。いや、あの感じじゃ、無さそうだよね。うーん、ここはネットの力に頼ることにしよう。

 しばらくネットで色々検索して候補を挙げてみた。

「まず一つ目は、洋服屋さん巡り!」

「……男の子って絶対こういうの好きじゃないよね……却下」

 普通に考えて、これだとただ買い物に付き合わさせることになってしまう。

「二つ目は、ゲームセンター!」

「……これだったら家でゲームしてた方がいいよね……却下」

 せっかく島の外に行くのにゲームに浸るのは勿体無いよね。

「三つ目は、カフェ巡り!」

「……もしかしてまあまあいい案?」

 島内にはカフェと言えるカフェは無いし、結構新鮮だと思う。

「よし、これに決定!」

 そうと決まれば着る服を決めないとね!

「とりあえず、帰らないと決めようにも決められないよね」

 私は早足で家に帰った。

「うーん、楓雅はどんなのが好きなんだろ」

 あんまり派手なのは無しとして……やっぱり落ち着いた清楚系がいいよね。ギャップ萌えってやつ?

「上は白色でいいかな。で、下は……ちょっと控えめな色で、ベージュのロングスカート!」

 一度鏡の前で自分の姿を見てみる。

「うん!ばっちし!」

 あとは髪飾りとかもつけないとね。

 そんな感じで明日のコーデを決めていたらもう夕方になってしまっていた。

「これで、完璧なはず」

 白のトップスに、ベージュのロングスカート。髪は下ろして大人っぽく。

「シンプルイズベスト!」

 ……私って独り言多いのかな。よくよく考えると、一日中一人で話してたよね。まあ、細かいことはいっか!

 そんなこんなで明日のコーデを決めて、私はワクワクしながら夕飯を食べ、眠りについた。


 日曜日 大崎楓雅


 昨日、俺は奈希に遊びに誘われて、準備をしている途中だ。

「時間ねえな。早くしねえと」

 港までは歩いて五十分はかかる。

「服は……この前奈希に選んでもらったやつでいいな」

「財布と、スマホと、充電器と……よし、大丈夫だな」

 準備が済むと俺は家を飛び出す。

「待たせるわけには行かねえからな」

 待たせるのは流石に悪い。

 最近の俺はちょっと変だ。走りながら俺は考える。

 最近の俺は奈希のために行動している気がする。授業の板書を写すようになったのも、あいつが困らないためと思ってだ。料理に関しては……奈希のためってのもあるが、周りに危害が及ばないための方が強いか。

「……らしくねえな」

 前の俺ならそんなことはしなかっただろう。

 でも、今の俺はしている。なぜなのだろうか。でも、確かにわかるのは奈希のことが心配だということだ。この前、展望台で奈希が一人でいた時、奈希は泣いていたんだろう。あえて理由は聞かなかったが。

「こういう時に頼れる友人が一人でもいればな……」

 俺には友達がいない。だから、頼れるような奴もいない。いや、いるじゃないか。奈希が。

 奈希についての相談をするのに、その本人に相談するのもおかしな話だが、背に腹は変えられないか。

「でも、今日はやめておこう」

 せっかく奈希が誘ってくれたんだ。今日は思う存分楽しむことにしよう。



 俺はなんとか九時前に港に着いた。

「待ったか?」

「ううん、さっき来たところだよ」

「そうか。なら良かった」

「じゃ、フェリーのチケットは買ってあるから、行こっか」

「ああ、悪いな」

 俺はそういいお金を渡す。結構高いんだな、フェリーって。

「結構おっきい船だね」

「だな」

 本土までは約三十分ほどで着くようだ。それまではゆっくりしておこう。

「そういえば、今日は何しに行くだ」

「私、しっかり考えてきました!」

「ほう」

「今日は、カフェ巡りをします!」

「カフェ巡りか。新鮮でいいな」

「でしょ?」

「島内にはカフェって呼べるような場所はないからな」

「そうそう、だからカフェ巡り。洋服屋さん巡りなんてのも考えたけど、つまんないでしょ?」

「奈希が行きたいなら俺は別について行くけどな」

「でもやっぱりお互い楽しい方がいいでしょ」

「俺はお前といるだけで楽しいぞ」

「……ずるい」

 何がずるいのだろうか。別に俺何もしてないんだが。

「ずるい?」

「そうやって急にかっこいいこと言うのがずるいって言ってるの!」

 珍しく今日は奈希が恥ずかしがっている。もしや、チャンスなんじゃないか、これ。

「お前、顔赤いぞ」

「…!赤くないから!」

「ちょっとそれは無理があるだろ」

「うるさい!」

 そう言うと奈希はトイレへ逃げてしまった。

 言い過ぎたか。いやでも、いっつも俺もこれぐらい言われてるよな。攻撃力は高いけど防御力は低いってやつだな。

「まあ、ちょっとしたら出てくるだろ」

 しばらく待っていると奈希が出てきた。

「お前がトイレに逃げてる間にもう着きそうだぞ」

「……逃げてないし」

 逃げてたな。完全に。

「にしても本当に久しぶりだ」

「数年ぶりって言ってたもんね」

『当船は間も無く着岸いたします。着眼の際に揺れることがございますので、お気をつけください』

『当船はただいま着岸いたしました。お気をつけていってらっしゃいませ』

「じゃ、行くか。案内頼むな」

「まかせて!しっかり調べておきましたから!」

「それは頼りになるな」

 そうして俺たちはカフェ巡りをスタートした。

「楽しくなりそうだ」

「ん?なんか言った?」

「なんも言ってないぞ」

「じゃ、行こ!」


 俺は奈希に案内されるがままに後をついて行った。

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