第7話 展望台で私は
六月十六日 金曜日 如月奈希
私は今、あの展望台へ来ている。朝から夕方までずっとここで一人、考え事をしていた。
ここへ来て一週間。私は楓雅のことを好きになってしまったみたいだ。
「たった一週間で好きになるなんて、我ながら、チョロい女」
少し優しくされたぐらいで、いや、楓雅はきっと根っからの善人で、人のことを気遣えて、とってもいい人。少し優しいなんてものじゃない。
でも、私には楓雅を決して好きになってはいけない理由がある。いや、好きになって良かったとしても、恋人同士にはなれない、と言った方が良いだろうか。
「はぁ……私どうしたらいいんだろ……」
ここ三日ぐらいずっと一人で悩んでいる。私はどうするのが正解なのか、もしかしたらなにもしないのが正解なのかもしれないけど、それはまだはっきりとは分からない。
そして私はこの気持ちを楓雅に伝えることはないだろう。
「だって、私は楓雅の兄妹なんだから」
◇ ◇ ◇
金曜日 大崎楓雅
今日は奈希は学校に来ていないようだ。あの元気な奴が学校を休むなんて珍しい。いや、もしかしたらサボってたりしてな。まあ、外面はあんなだけど中身は多分、超真面目ちゃんだ。そんなことはないだろう。
「にしても、あいつがいないとこんなに暇な場所だったんだな、学校ってのは」
大事なものは失ってから始めて気づくというが、こういうことなのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はいつもの階段で、一人ぼーっとしていた。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「やっべ、戻らねえと」
俺はこう見えても、授業に遅刻していくなどということはほとんどしない。少しはあるが。
「ノート書いてやんねえとな」
休んでいる間に進んだ範囲のノートを奈希が書けるように、俺は珍しく、今日は寝ずに一時間目からしっかり板書を取っていた。よく考えると俺が人の為に何かをやるなんて奈希が来る前だったら絶対なかっただろうな。
「俺らしくねえな」
ノートを取らずにあいつを困らせるのもさぞ楽しいだろうが、俺の中の良心がどうやらそれは許さなかったらしい。俺の心に両親が残っていたなんて驚きだ。きっとこれも奈希のせいだろう。転校して早々、俺に突っかかってきて、鬱陶しいぐらいに俺にかまってくる。俺が暇そうにしてるのを気遣ったのかは知らないが、島の案内をしてくれ、なんてことも頼んできやがった。でも、俺は少しそれに救われた気がする。今までなににも興味を示さなかった俺が今や、その逆なんだからな。あいつには感謝しないと。
「にしても、この教師いらないことばっか板書しやがるな」
「おい、大崎、今なんつった?」
やっべ、心の声が漏れちまってたか。こいつ、教え方下手くそなくせに傲慢な態度だから生徒からの人気もものすごく悪いみたいだ。
「いえ、なにも」
「あんまり調子に乗ったことは言うなよ。成績下げるからな」
俺にその脅し文句は通用しねえぜおっさん。推薦を使って大学へ行く気もないやつにはそれは効かないってことを教えてやりたい。
板書もそのまま写すのもわかりにくいと思い、俺はちょっと工夫して書いてやった。これなら奈希でも理解できるだろう。ていうか、奈希が数学できねえ理由ってこの教師のせいじゃねえか。絶対そうだ。こんなのどんなに頭がいい奴が聞いても理解できっこない。そのぐらいひどい授業だ。
「じゃあ、ここは次回までにやってくるように。やってこなかったやつは追加課題だからな」
こいつは週末のこの時間の授業では必ずこうやって課題を出してくる。課題を出してくるのはいいが、その量が尋常ではない。チャート五十題はちょっとやりすぎだ。
そうして授業が終わり休み時間に入る。
「今日はあと一時間か」
気づけばもう1日が終わろうとしていた。
「次は英語か」
英語といえば奈希がおそらく最も苦手な科目だ。英語は日々の学習が欠かせない教科だから、やり方さえ合っていればすぐにできるようになると思うが……今度奈希にもうちょっとアドバイスしてやるか。
「じゃあ、授業始めるぞー」
先生がそう言いながら教室へ入ってくる。
「今日は分詞構文について復習していくから、教科書の百二十ページを開いてくれ」
この先生はさっきの数学のおっさんと違って、わかりやすいことで有名だ。
授業は順調に進んでいき、1日の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「じゃ、今日の授業はここまで」
入れ替わりに担任の先生が入ってくる。
「今日の諸連絡は……特になしだな。じゃ、休日はしっかり勉強するようにな。気をつけて帰るように」
『さようなら』
そして俺はそそくさと帰路につく。
「にしても一人で帰るのは一週間ぶりだな」
ここ一週間はずっと奈希が横にいた。いざいなくなると暇なものだ。
「暇だし、あの景色が良かった展望台にでも行ってみるか」
俺は気晴らしで行ってみることにした。普段なら絶対にこんなことはしないが、あそこは景色が本当に良かった。
「にしても遠いな」
学校から一時間ほど歩いてようやく展望台へつながる岐路に着いた。ここから歩いて五分ぐらいで展望台のある頂上に辿り着く。
「やっぱりこの道はキツイな……」
普段の運動不足が募ってか、やはりこの山道はキツイ。この前奈希と行った時もヘトヘトになりながら登ったものだ。
そうして歩いていくとようやく展望台が見えた。
「……あれは奈希か?あいつ本当に学校サボりやがったのか」
意外だ。奈希でもそういうことはするみたいだ。
……でも、心なしか、泣いているような気がする。なんか悩んで事とでもあるのだろうか。
「おーい、サボりの奈希ー!」
とりあえず名前を呼んでみる。
「……あれ、楓雅どうしたの?ってかそんな大声でサボりとか言うなー!」
「別に誰もいないからいいだろ」
「それはそうだけど、さ」
「で、こんなところで何してるんだ」
「ちょっと景色をね」
「まあ、ここ景色綺麗だしな」
「で、そういう楓雅はなんで来たの?」
「んー、暇だったから」
「やっぱり私がいないと寂しかった?」
「っ!そんなんじゃねえよ」
「本当に〜?」
奈希が下から顔を覗き込むように見てくる。近い。
「おい、近いって」
「あ、照れてる!」
「っそんなんじゃねえよ!」
「正直じゃないんだから〜」
ムカつくやつだ。なのになぜかこの瞬間が楽しく思える。なぜだろうか、分からない。
「まあそういうところも子供っぽくて好きだよっ」
さっきまで泣いていたとは思えないほど、笑顔でからかってくる。ていうか、そういうところ“も”ってことは他にも好きなところがあるのか……悪い気はしないな。
「子供っぽいとか言うな」
「ごめんって」
どういう理由でここにいるのかは知らないが、あまり深くは聞かないことにしておく。
そうして俺たちはしばらく景色を眺めていた。
「奈希。そろそろ帰らねえと真っ暗になるぞ」
「えっもうそんな時間?」
「ああ」
「じゃ、帰ろっか」
「おう」
この二人で帰る感じがすごく安心する。今までずっと一人で過ごしていたのが嘘みたいに感じる。にしても、こいつはやっぱり笑顔が絶えないやつだ。それゆえに、さっき泣いていたのが気になるが……誰だって聞かれたくないことはあるだろう。それにあの真面目ちゃんな奈希がサボったぐらいだから、相当なことなんだろう。
俺はそんな事を考えながら歩く。
「じゃ、またな」
「うん。またね」
「なんかあったら言えよ」
「うん、ありがとう」
何か言いたそうにしながらも、奈希は帰っていった。
俺はその後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。
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