第6話 勉強と料理

 六月十三日 火曜日


 俺は朝目を覚ますと昨日のことを思い出す。

『楓雅じゃないとダメなの!』

 昨日は奈希にストレートに好意を示されてたまったもんじゃなかった。

「奈希のやつ、昨日のまんま気まずい雰囲気だったりしないよな」

 そんな心配を抱きつつも俺は学校へ行く準備を済ませ、家を出る。



 そうして歩いていると奈希が奥からやってきていた。

「おーい!楓雅ー!おはよー!」

 朝から元気なやつだ。昨日の気まずい感じはなさそうで安心した。

「朝から元気だな」

「元気が取り柄ですから!」

 むふんっって感じで言ってくる。

「ああ、そうだったな」

「今日ってさ、英語小テストだっけ?」

「んー、授業聞いてないからわからん」

「えー!聞いといてよー」

「お前が聞いとけばいい話だろ」

「それはそうだけどさー、忘れることもあるじゃん?」

「忘れてても小テストぐらい満点取れるだろ」

 英単語のテストなんぞぞ受験勉強をしていたら何の困難でもない。けどそれが奈希にとってはそうらしい。

「取れないよー!あんなの呪文だよ〜」

 かなりの重症のようだ。転校した初日から思っていたが、奈希はひょっとしてバカなのだろうか。いや、生粋のバカだな。

「奈希、お前もしかして勉強できないのか?」

「それ聞く?」

「ああ」

「そうだよ!勉強しても全然できるようにならないの!いっつも帰って復習とかしてるのになあ」

 それはやり方が悪いだけじゃないのか?

「今日、勉強教えてやろうか?」

「え、いいの!」

「ああ。けどするにしてもどっちかの家に行くしかねえぞ」

 なんてったってこの島には娯楽施設どころかまともなカフェもありゃしない。あっても高齢者の溜まり場だ。

「んー、じゃあ私の家来る?」

「お前がいいなら」

「じゃ、決まりね!放課後そのまま行こう」

「おう」

 流れのまま勉強を教えると言ってしまったが、努力しているのに報われないのを放ってはおけない。

 俺たちは学校に着くと昨日と同じように時間は過ぎて行き、1日の終わりを告げるチャイムがなる。

「じゃ、帰るか」

「勉強教えてもらわなきゃだしねー」

 今日は奈希に新しい友達ができたようだ。

「お前、今日友達できてたじゃねえか」

「あ、そうそうー。向こうからはなしかけてくれてね、いい子だったよ」

 そいつの名前はわからないが奈希がそう言うのならそうなのだろう。少し安心した。俺ばかりと話していても飽きるだろう。

「よかったな」

「うん!よかった!」

 そうしてしばらく歩いていると奈希の家が見えてくる。

「そういえばお前も両親、亡くしてたんだったな」

「それ、今言う?」

「いや、だったら一人暮らしなのかと思ってな」

「まあ、そうだね」

「この前、今度料理教えてやるって俺言ったし、ついでに今日教えてやるよ」

「え、ほんとに!いいの?」

「ああ。その代わり俺もここで晩飯食って帰るわ」

「全然大丈夫だよ!ほんと、風雅には頭が上がらないよー」

 嬉しそうな顔で言ってくる。奈希のダークマターの被害者を減らすためとは口が裂けても言えない。新しい友達があの弁当を見たらどんな反応をするだろうか……想像したくもない。

「お邪魔します」

「どうぞー。スリッパそこにあるから使って」

「おう」

「じゃ、リビングここまっすぐ行った所だからちょっと待っててね」

 そう言われ待たされること十分。

「お待たせー」

 どうやら着替えていたようだ。

 にしても髪を下ろしているのは初めて見た。

「髪、長いな」

「これ乾かすの大変なんだよねー」

「だろうな。想像するだけでも嫌になる」

 大体腰ぐらいまで伸びたその髪はサラサラとしていて艶がある。

「綺麗だな、その髪」

「そ、そんないきなり褒めないの!」

 だってそうだろう。周りの人が羨ましがるほどには綺麗だと俺は思う。

「……もう、ばか」

「ほら、勉強始めるぞ」

 今日俺のの本分は褒めることじゃなくて勉強だ。

「あ、そうだった。勉強教えてもらうために家に呼んでるんだった」

「じゃ、まずはお前が苦手そうな数学からだな」

「なんで数学なのよ。私、数学はそこまで酷くないし」

 まあ、良くはないんだろうな。

「そこまでってことは良くはないんだろ。ほらやるぞ。今日は全教科満遍なく教えるからな」

「ちょっと!ひどいー!」

「教えてやろうとしてるんだからむしろ感謝してほしいぐらいだ」

「……それはそうだけどさ」

「じゃあ始めるぞ」

「……はい」

 三時間ほど勉強を教えてみたのだが、それがまあひどい。

 まず最初に数学。高二だってのに一次関数すらまともにできないらしく、本当に基礎の基礎から教える羽目になった。次に英語。これはもうお察しの通り単語がまず分からない。中学生でも知っていそうなレベルの単語も知らないみたいだ。次に国語……と言いたいところだが、あまりに勉強ができないから今日は数学と英語しか教えることができなかった。

「お前、やっぱり勉強の仕方が悪いな。いちいちノートに書き写してたらいくら時間があっても足りない。その時間を無駄にしないための存在が参考書だから…………」

「うぅ……そんな言わなくてもいいじゃん……」

 勉強法のダメな所を全部とりあえず言ってみただけなのだが……言い過ぎだったのかもしれない。

「まあ、やる気は伝わったぞ」

「それ、別に何のフォローにもなってないからね!?」

「じゃあ、飯にするか。一緒に作るぞ」

「ちょっと!無視しないでよー!」

 このまま話してたらキリがないと思った俺は料理を教えることにした。晩飯もそろそろの時間だしな。

「今日はカレーを作るぞ」

「カレー!いいねー!」

 カレーぐらいならできるだろう。

 ……いや無理かもしれない。あのダークマターを生み出すぐらいだからな……

「じゃあ、まず野菜の切り方からだな」

「それぐらい私わかるよ?」

「甘いな。料理というの野菜の切り方一つでも変わってくるんだ」

「えー?ほんとにー?」

 信じていないみたいだが本当だ。

「じゃあまず玉ねぎの下処理からな。まずは…………」

 教えて初めて気づいたのだが、こいつはそもそも皮剥きだとか、ジャガイモの芽は取るとか、そういうことすらわかっていなかったらしい。ジャガイモの芽に毒があるのも今さっき初めて知ったらしい。通りであの時、奈希にもらった弁当を食べて腹を壊したわけだ。

「……で、あとは少しの間炒めて、ルーを入れたら完成だな。飯は俺が炊いとくから炒めといてくれ」

「はーい」

 よしよし。今日はなんとかダークマターを生み出させずに料理を終えられそうだ。

「じゃあ、あとはルーを入れて」

「うん」

「……よし完成だな」

「おー!ありがとうございました先生」

「先生呼びはやめろ」

「にしても楓雅すごいねー!めっちゃいい香りするよ?」

「そうでもないだろ。ほらさっさと食うぞ」

「食べよ食べよー」

 お皿に盛り付けて俺たちは向かい合う。

『いただきます』

「ん〜!めっちゃ美味しい!ここにきてこんなに美味しいの食べるの初めてだよー」

 ここにきてからこいつは一体どんなものを口にしていたのだろうか……考えたくもない。

「お口にあったようで何より」

 そうして俺たちはカレーを食べ切り、後片付けをした。

「今日はありがとうねー!色々と助かったよ」

「ああ。またなんか教えてほしいことあったら言ってくれ」

「お言葉に甘えて、そうさせてもらうね」

「ああ。じゃあ今日はもう遅いから帰るな」

「はーい。おやすみー」

「ああ。じゃあな」

 俺は奈希の家を後にし、帰路についた。



「あいつほんとに料理できねえんだな」

 さっきのことを思い出してさらに強く思う。

「これは俺が教えてやんねえとまたダークマター製造しだすな」

 俺は今日1日を通して、自分以外に被害者を出してはいけないと、強い使命感を抱いた。


 ◇ ◇ ◇


 AM0:00 如月奈希


 今日も私は抱いてはいけない感情を抱いてしまった。

「楓雅のこと好きになっちゃう……」

 でもこの感情は決して抱いてはいけない感情。

 そして風雅には決して悟られてはいけない感情。

 でも抑えられないこの感情。

「私はどうしたらいいんだろう」

 どうしたもこうしたもない。考えるまでもなく答えはこうだ。

「私は楓雅を好きになってはいけない」

 これは私が生まれた時から決められている運命なのだ。

「だって、私は風雅の─────」

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