第8.5話 デート

 俺は奈希に案内されるがままに後をついて行き、どうやら一軒目に到着したようだ。

「ここはねー、コーヒーが美味しいで有名らしいよ」

「そうなのか。コーヒーといえば嫌な思い出が蘇るな」

「あの自販機ね」

「あれは酷かった」

 歩きに歩きまくって、やっと見つけた自販機にコーヒーしかなかった時は絶望した。

「じゃあ俺はとりあえずコーヒーにしとく」

「私もそうする」

 俺たちは店員さんを呼びコーヒーを注文する。

「そういえば奈希、ブラック無理だったな」

「あんな苦いの無理だよ」

「それがいいんじゃないか」

 コーヒーの風味をそのまま感じられるから美味しいと思うんだが、奈希には早かったか。

「まあ俺も自分から進んで飲むことはないけどな。コーヒーが有名な店ならブラックで飲んどかないとな」

「強がらなくてもいいんだよ?」

「別にそんなんじゃねえよ」

 自分から進んで飲むことはないが、決して嫌いなわけではない。

「お待たせいたしましたー。お熱いのでお気をつけください」

『ありがとうございます』

「……美味いな」

「美味しいね」

「熱いけどな」

「あはは、そりゃそうだよ」

 奈希が言ってた通り、この店はコーヒーが美味い。深みというか、なんというか、とりあえず美味い。

「こうやってゆったりしてるのもいいな」

「だね」

 こうやって誰かと、こんなにゆったりとした時間を過ごすのはいつぶりだろうか。

 黙々とコーヒーを飲んでいるうちにもう飲み切ってしまっていた。

「良かったなここの店」

「また来たいね」

「じゃ、次の店行くか」

「うん!今日はたくさん調べてきたから期待しててよー」

「ああ。期待しとくよ」

 俺たちは店を後にし、次の店へ向かう。

「次の店はねー、逆見本詐欺で有名なところだよ」

「あーそれ結構ネットとかで言われてる店か?」

「多分そうだねー。そろそろお腹も空いてきたでしょ?」

「そうだな。朝飯、今日は食べてないから余計に空いてるな」

「え、朝ごはん食べてないの?」

「アラームかけ忘れちまってな、時間が無かったんだ」

「結構おっちょこちょいなところあるよね、楓雅って」

「おっちょこちょいって言うな」

「あはは、ごめんって」

 そうして十分ぐらい歩くと次の店が見えてきた。

「やっぱ都会は中心部に店が集まってるな」

「そうだねー。買い物する時とかも便利だったよ」

「その代わり人もすごいけどな」

「そこは難点だね」

 店に着くと、長蛇の列だった。

「あちゃ〜こりゃ一時間は待つねー」

「そうだな」

「待てる?」

「俺は構わないぞ」

「じゃ、名前書いて待っとこ!」

 俺は名前を書きに行った奈希の背中を見つめる。

 今日はいつもと違って落ち着いた雰囲気だ。白のトップスに、ベージュのロングスカート……清楚系ってやつか?

「奈希。今日の服装、いつもと違って落ち着いた感じなんだな」

「あ、わかった?」

「ああ。らしくない服装だったから気になってたんだ」

「らしくないってなんですか!子供っぽいって言いたいの!」

 子供っぽくはあるだろ。見た目以外は。

「見た目は大人っぽいな」

「見た目“は“ってなに!“は”って!」

「そのまんまの意味だ」

「……ばか」

 そんなことを言っていると俺たちの名前が呼ばれる。

「おい、呼ばれたぞ」

「……うん」

「悪かったって」

「知らない」

 言い過ぎたみたいだ。席についてからも奈希は機嫌をなかなか直してくれない。

「奈希、ごめん。さっきは言い過ぎた」

 奈希なりに頑張って服を選んだのにああ言われたらそりゃ悲しむだろう。なぜそう分からなかったんだ俺は。自分が哀れだ。

「奈希子供っぽくなんかないし、むしろ今日は頼り甲斐があって頼もしいぞ。服装も大人っぽくて、その……似合っていて可愛い」

 自分で言っておいてなんだが、ここまでストレートに褒めると、流石に恥ずかしい。

「ちょ、ちょっと、それは言い過ぎだってば……!も、もう許すから!これ以上は言わない!」

 お互いの顔を真っ赤にして俺たちは何をしているんだろう。

「あ、ああ」

「ほ、ほら注文しないと!」

「そ、そうだな」

 とりあえず俺はカツサンドを頼んでみた。奈希はミックスサンドを頼むらしい。

「結構大きいですけど、大丈夫ですか?」

「はい。それ目的できてるんで大丈夫です」

「では、カツサンドとミックスサンドですね。しばらくお待ちください」

「……店員が聞いてくるぐらいには大きいみたいだな」

「もしかして私たち頼み過ぎ……?」

「まさか、そんな食べきれないほど大きくはないだろ」

「だ、だよね!」

 しばらくして頼んだものが運ばれてくる。

「お待たせいたしましたー。ご注文のお品は以上でお揃いでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「ごゆっくりどうぞー」

 俺たちを待ち受けていたものはそんな生ぬるいものじゃなかった。

「……ミスったな」

「……だね」

「全部食えるか?」

「……頑張る」

 俺たちは食事を楽しむ……と言うより食事と闘った。

「なんとか食えたな」

「死にそう……」

「よく食ったな」

「ちょっとしばらくは何もいらないかな…あはは……」

「とりあえず、外出るか…」

「だね…」

『ありがとうございましたー』

 俺たちは店を後にし、近くの公園のベンチで休憩することにした。

「まさかあんなに量があるとはな」

「本当に逆見本詐欺だったね」

「まあ、味は良かったな」

「それはそうだね。味は良かった。楽しむ余裕はなかったけど」

「ハハ、そうだな」

 しばらく俺たちはベンチで休憩した後、次のカフェ……には向かわず、少し観光してみることにした。

「ごめんね楓雅、あんなに量あるとは思ってなくてさ」

「謝らないでくれ。あれは流石に予想外すぎる大きさだった」

「……あ!こことかよくない?ほら!」

 奈希がスマホの画面を見せてきたのは、鶴岡八幡宮の写真だった。

「神社か」

「そう!良縁の御利益があるんだって!楓雅にはぴったりじゃない?」

「もう俺は十分、良縁に恵まれてると思うけどな」

「え、そうなの?」

「ああ」

「まあまあ、そう言わずに行ってみようよ」

「いい運動にもなるな」

「だね!そうと決まれば出発だー!」

 奈希によるとここから歩いて三十分ほどで着くらしい。

 良縁のご利益があるって言ってたけど、十分俺はもう良縁に恵まれていると思う。

 奈希がいるからな。

「この後神社に行って、お参りしたら結構いい時間になりそうだね」

「朝から来てたけど、やっぱり時間足りなかったな」

「楓雅といたら、いくら時間があっても足りないよ」

「でも、一緒にいる時間はいくらでもあるだろ」

「ずっと一緒にいてくれる?」

「ああ。話し相手がそもそもいないしな」

「そんなに言うなら仕方ないな〜。それなら私がずっと話し相手になってやろう!」

「それはそれで疲れそうだけどな」

「……なんでよ」

「元気すぎるからな」

「何それ。子供っぽいってこと?」

 やばい。またやってしまったかもしれない。

「いや、そうじゃない」

「じゃあなに。」

 次の言葉をミスったら絶対にまた拗ねてしまう。

「その……元気な奈希が一番だから気にするな」

「?うん。」

 あー、自分の語彙力のなさを痛感してしまう。

「まあ、あれだ。子供っぽくなんてないから安心しろ」

「……そう」

 少し不服そうにしているが、なんとかなったみたいだ。

 しばらくの沈黙の後奈希が口を開く。

「私ってそんな子供っぽいかな……」

 全然なんとかなっていなかったーーー!めちゃくちゃ気にしてました!

「子供っぽいことがそんなにダメなのか?」

「え?」

「俺は奈希のそういうところ、いいと思うぞ。それで、いざとなったら頼り甲斐があるのもギャップ萌えってやつでいいと思うぞ」

「そ、そっかぁ……えへへ」

 チョロいな。

 でも今言ったことは決して嘘なんかではない、本心だ。

「じゃあ、私、今から子供っぽくなります!」

 調子に乗り出した。褒めたらすぐにこれだ。

「そんなわざとしなくてもいいんだぞ。いつもの奈希が一番だ」

「うーん、そっか。楓雅がそこまで言うならいつも通りに戻ってあげる」

 うん。結構いつも通りだったけどな。子供っぽくて。

「ああ。それで頼む」

 そんなことを言い合っているうちに俺たちはお目当ての神社までもう来ていた。

「なんか話してたらあっという間だったね」

「そうだな。ああいう時間が案外一番楽しかったりしてな」

 楽しい時間ほど早くすぎるというしな。

「かもね。じゃお参りしよっか」

「ああ」

 本殿に足を踏み入れていく。

「鳥居をくぐる時は一礼してからなんだよ」

「ああ。それぐらいは知ってるぞ」

「知ってたか」

「あと真ん中は神様が通るところから私たちは端っこを通らないといけないんだよ」

「それも知ってるぞ」

「……嘘でもいいから知らなかったって言ってよ」

「俺は嘘がつけねえ人間なんだ」

 これぐらいは多分常識じゃないんだろうか。

「あの手とか口を清める場所の名前知ってる?」

「それは知らないな」

手水舎てみずやって言うんだよ」

「そうなのか。よく知ってるな」

「えへへ〜」

 こういうところが子供っぽいんだよなあ。

 手を清めた俺たちはお参りのために拝殿はいでんへ向かう。

「ごめん楓雅、五円玉ある?」

「ああ、あるぞ。ほら」

「ありがと」

「神社って、お願い事をする場所じゃなくて、誓いを立てる場所なんだよ」

「へー、そうなのか。ずっとお願いしてたわ」

「また一つ賢くなったねっ」

「そうだな」

 これは本当に今初めて知った。じゃあ、なにを誓おうかな……

 そうして、俺たちは五円玉を賽銭箱へ投げ入れ、二礼二拍手をし、誓いを立てる。

(奈希と二人で幸せを探してみせます。)

 これは奈希と初めて会った時に言われたことだ。

『一緒に幸せを探しませんか?』

 最初言われた時は意味がわからなかったが、今だとわかる気がする。

 一礼をして俺たちは拝殿を後にした。

「楓雅は何を誓ったの?」

「うーん、秘密だな」

「けちー」

「そういう奈希は何を誓ったんだよ」

「えーと、私は『幸せを探します』って誓ったよ」

 ほぼ同じこと誓ってるじゃないか。

「初めて会った日にそれ、言ってたよな。あん時は何言ってるかわかんなかったけど、今ならわかる気がするぜ」

「ふふ、やっと分かってきたね」

「ああ。そうみたいだ」

「そうだ。ちょっと早めに島に戻ってさ、あの展望台に行かない?」

「奈希がそうしたいならいいぞ」

「じゃあ、行こっか」

「おう」

 予定より少し早めに本土を出発して島に戻ることにした。

 その後、港まで戻りまたフェリーに乗り込む。

「今日は楽しかったね」

「ああ。楽しかったな」

 しばらく俺たちはフェリーの椅子で景色を眺めていた。

 そうして三十分ぐらい経っただろうか。島が見えてきた。

「あ、もう島が見えてきたよ」

「なんかぼーっとしてたら一瞬だったな」

「だね。ずっと景色見てたね、私たち」

「まあ、話さずにそういうのもいいんじゃないか?」

「かもね」

 船が着岸し俺たちは港に降り立った。

「じゃ、展望台行くか」

「だね」

 俺たちはお互い何も話すことなくただ景色を眺めながら展望台を目指す。

 そうして四十分ほど歩いて俺たちは展望台に着いた。

「やっぱりここ、景色綺麗だね」

「だな」

「今日はありがとうね」

「ああ、こちらこそだ」

「また、遊ぼうね」

「そんなの言わなくても毎日のように会って遊んでるだろ」

「そうだったね。でもこれって今の私たちにとっては当たり前のことだけど、本当は当たり前のことじゃないよね。」

 奈希の言う通りだ。そもそも俺にとっては元々、こんなことは当たり前のことではなかった。

 金曜日、奈希が学校に来なくて退屈に感じた記憶を思い出す。その時に俺は痛感した。当たり前のことが当たり前にできる。俺たちで言うと、毎日会って話せる。こんな当たり前のことが大切なんだってことに気がついた。

「そうだな。当たり前のことが当たり前にできることがってやつなのかもな」

「やっと気づいたね。でもまだまだ幸せは眠ってるよ?」

「そうなのか?」

「うん!一つや二つなんかじゃないよ!数え切れないぐらいこの世界には幸せが眠ってるんだよ」

「そうなんだな」

「じゃあ、これからも幸せを探しに行くか」

「うん。今日は一つ目発見!だね」

「だな」

 俺は幼少期に親を亡くした。それも顔も声も覚えていないぐらい小さい頃だ。中学生になったあたりだろうか。俺はこんなことばかり考えるようになっていた。

『こんな理不尽な世界で幸せになれるわけがない』

 でも、今は違う。確かに理不尽なことはたくさんある。けど、理不尽だからって幸せになれないわけじゃない。そう奈希が教えてくれたんだ。

「ありがとうな」

「?感謝するのは私のほうだよ。わがままに付き合ったもらったんだから」

「こんな俺に話しかけてくれた時点でもう感謝しかねえよ。もし奈希があの時話しかけてくれてなかったら、俺はこんな変わってなかったと思うぞ」

 最近の俺は自分でもわかるぐらい考え方が変わった。これも奈希のおかげだろう。

「そっか。お互いがお互いを助けてたんだね」

「そういうことだな」

 そうしてしばらく、俺たちは黙って島の夜景を見つめていた。

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