第4話 奈希との日常

 六月十一日 日曜日


 朝、セットしていたスマホのアラームが鳴り、俺はそれを止めるために起き上がる。

「ん〜、もう十時か」

 アラームは八時にセットしていたはずなんだが、どうやら俺は無視して眠ってしまっていたらしい。

「飯食うか……」

 そう思って俺はキッチンへ向かい、軽く料理をする。

「今日はスクランブルエッグでいいか」

 スクランブルエッグほど楽に作れるものはない。

「ケッチャプをつけて、完成だな」

 俺は机に座ってさっさと食べる。

「……シンプルイズベストってやつだな」

 そうして食べ終えると俺は洗い物をし、洗面台へ向かう。

「……そういえば昨日、洗濯をするのを忘れていたな」

 まずいことに気づいてしまった。普段俺は外に行くことが滅多にないから、私服は一着しか持っていないのだ。故に、昨日外に行った俺は、着る服がない。

「どうしたものか……」

 俺はしばらく考え込み、一つの結論に達した。

「……」

「あ、もしもし。奈希」

「どうしたの?」

「ちょっと付き合ってもらいたいことがあるんだが、いいか?」

「別にいいけど、何したらいいの?」

「服を買うのを手伝って欲しいんだ」

 そう。俺の達した結論とは、奈希に服を選んでもらうことだ。自分で言うのもなんだが、おそらく俺は服のセンスが絶望的にない。俺が選べば悪い意味で注目の元になるだろう。

「めっちゃ急だね?じゃあ、私どこ行ったらいい?今から学校魔の前に行けばいい?」

「ああ、それで頼む。約束は十三時って言ってたのに悪いな」

「そんなの別にいいよ。それよりも、服を選ばせるとか、それ、彼女にしてもらうことだよ?」

「なっ……!」

「あ!恥ずかしがってる〜!」

「そんなんじゃねえよ!」

 電話越しでもやっぱりムカつく女だ。

「じゃ、今から支度していくね?」

「ああ。俺も今から用意して行く」

「また後でね〜」

 そう奈希は言うと電話を切った。

「ことあるごとに煽ってきやがるな……」

 でも背に腹は変えられない。

 って待てよ……?今着る服がないのに、どうやって奈希に会って服を選ぶんだ?

「……」

「……制服で行くか」

 俺は渋々制服で行くことにした。学校でもないのになんで俺は制服を着ているんだろうか。部活もしていないのに。

 俺は身支度を終えると学校の前へ向かう。



「すまん。待ったか?」

 少し支度に手間がかかってしまった。

「ううん。大丈夫だけど……なんで制服なの?」

「……服がないんだ」

「えっ」

「昨日着ていた服しか俺、持ってねえんだ」

「なるほどね〜。それでセンスもないから、私に選んでもらおうってところかな?」

「昨日の服、やっぱセンスなかったか……そうだよな」

 正直、ちょっと落ち込む。俺だって高校生なんだ。そんなこと言われたら流石に落ち込む。

「そういうことならこの私が君の服を選んでやろう!なんてったって私はセンスの塊だからねっ」

 奈希はむふーっと自信ありげに言ってくる。

「……信じていいのかその言葉は」

「なーに?私のこと、疑ってるの?」

 すっごいジト目で見てくる。

「いや、そういうわけじゃないが」

「なら黙って私に任せなさい!ほら、服屋さんの場所教えて!」

「あそこの交差点を直進して、左側に商店街がある。その中に確かあったはずだ」

「了解。じゃ、早速行こ!」

 そう奈希が言うと、奈希は俺の手を引いて行こうとする。

「ちょ、おい。なんで手掴んでんだ」

「いいじゃんいいじゃん♪あそこの電柱まで♪」

 なぜ俺は奈希と手を繋いでいるんだ。それにまだ知り合って三日しか経っていないんだぞ。

「……おい、もういいだろ」

 そう言い俺は手を振り解く。

「ええ〜……ケチ。」

「ケチじゃねえよ!」

 奈希は少し不満そうに見てくる。おい、そんな目で俺を見ないでくれ。俺が悪いみたいじゃないか。

「そんな不満そうな顔しないでくれ。俺が悪いみたいになっちまう」

「……楓雅が悪い」

「なんでだよ!?」

「ちょっとぐらいいいじゃんー!減るものじゃないんだよ?」

 顔が近い。

「ちょっ、近いって。離れろ」

「む〜」

 こいつ、三日前はこんなにグイグイ来てなかったぞ。あとそんな涙目で見ないでくれ。本当に。罪悪感がすごいんだ。俺は悪くないはずなのに。

「ほらもう着くぞ」

 言い合っているうちに俺たちはもう服屋の前まで来ていた。

「結構大きいんだね」

「そうだな。この島唯一の服屋だしこれぐらいあってもらわないと困る」

「あはは、それもそうだね」

 そうして俺たちは店内へ足を踏み入れる。

「男性ものは…あっちか」

 店内を見渡すと人はほとんどいない。まあ、朝からこんなとこの服を買いにくる奴なんていないだろう。

 その後、俺は奈希に言われるがままに服を見ていく。

「これとかいいんじゃない?落ち着いた雰囲気でクールに見えるよ」

 そうして奈希が勧めてきた服は、灰色のズボンに白のTシャツ、その上にベージュのベストだ。とりあえず俺はそれを試着してみる。

「……結構いいな」

 奈希のやつ、本当にセンスがあった。正直な話、信じていなかった。

「うん!めっちゃ似合ってるじゃん!かっこいいよ」

 素直に褒められると少し恥ずかしい。

「ちょっと恥ずかしいな」

「あ!恥ずかしがってる〜!」

「……悪いかよ」

 同年代の、しかも結構可愛いやつに言われて恥ずかしがらないわけがない。

「……」

 俺、今、奈希のこと可愛いって思ったのか……?

「すっごい負けた気分だ……」

「負けた気分?」

「あっ!いや、なんでもねえ」

「ふーん?」

 思わず口に出てしまっていた。

「じゃ、この服にしとくわ」

 そう言うと俺は会計を済ませに行く。

「お会計が七千九百円ですねー」

 結構高いな。金欠な俺にとってこれは大金だ。奈希のやつ値札見ずに選びやがったな。

「はい。では七千九百円ちょうど頂戴いたします」

「レシートのお返しです。ありがとうございましたー」

 会計を済ませた俺は店の前で待つ奈希のところへ急ぐ。

「ちょっと俺着替えてくるわ。流石に制服のままはあれだしな」

「あ、じゃあ荷物持っとくよー」

「いや、いいよそんなに無いし」

 近くの公園にちょうどトイレがあるからそこで着替えることにしよう。



 俺は着替えを済ませ、奈希の元へ戻る。

「じゃ、今日はどこに行く」

「んー、楓雅がどっか案内してよ。私この島のこと全然知らないし」

「そう言われてもなぁ……」

 しばらく何か良さげな場所はないかと俺は考え込むが、もちろん何も思い浮かばなかった。

「わかんねえな。なんも思いつかん」

「えー、十六年、本当に住んでるんだよね」

「ああ」

「そう言うと思って私、如月奈希は‘‘最強‘‘のデートプランを考えておきました!」

 デ、デート…だと……?

「今日は私に任せておいて♪」

「でもお前、この島のことわからないから、島のことを案内して欲しいって俺に頼んできてるのに、そんなプラン立てれたのか?」

 元はと言えば、奈希が島案内をして欲しいってことで俺にお願いしてきたはずなんだが……

「今はネットの時代だよ?調べたらいい感じのところはすぐに出てくるよ」

「……じゃあ、俺に島案内を頼む意味、なかったんじゃねえか?」

「うーん、まあそうかもだけど、一人で島を回っても面白くないよ!」

 確かに。一人でこんなとこ回ったってそりゃ面白くはないな。

「まあいいか。で、そのプランってのは?」

「とりあえず、付いてきて!」

「お、おう」

 俺は奈希に言われるがままに後ろをついていく。

 そうして数十分は歩いただろうか。

「ここ、どこなんだ」

「まーまー、黙って私についてきなさい♪」

 俺たちは今、山の中を歩いている。一体俺はどこに連れて行かれるのだろうか。

 そうして黙ってついて行くことさらに数十分。

「あ、やっと見えてきた!」

「……あれは、公園か?」

「そうだよー」

 こんな山奥に公園なんて作って人は来るのだろうか。

「すごい場所にあるんだな」

「でもほら、自然豊かでいいでしょ」

「まあ自然は豊かだが……」

 自然すぎないか?辺り一面、木と草しかねえぞ。

「と、いうことで!私はあるものを準備してきました!」

 そう言い、奈希が鞄から取り出したものは、

「弁当か」

「そうです!女の子の手作り弁当ですよ〜嬉しいですか〜?」

 ニヤニヤしながら聞いてくる。

「まあ、悪い気はしないな」

「も〜、素直じゃないんだから。嬉しい時は素直に嬉しいって言った方がいいよー」

 正直、嬉しい。誰かに弁当を作ってもらうなんてこと、ほとんどなかったし。

「悪かったな素直じゃなくて」

「じゃあ、これ風雅のね。あの木の下のベンチで食べよ!」

「ああ」

 ベンチに座ると早速、俺は奈希に作ってもらった弁当をウッキウキで開けたのだが……

「……なんだ、これ」

 中身を見るとそこには到底食べ物とは言えない何かが詰められていた。いや、疲れていて俺の目がおかしいのか?いや、俺の目はおかしくない。これはやばい。俺の本能がそう訴えかけてきている。

「ん、どうしたの?早く食べようよ」

「お、おう。いただきます……」

 くっ…!仕方ないか……

 意を決して茶色の食べ物だったであろう何かを口に放り込んだ。

「……!!!」

 なんなんだこれは……!今まで食べたこともないほど、クッッッソまずい!今更思い出したが、昨日スーパーに奈希がいた理由はこれの材料を買うためだったのか……!昨日の自分に俺は言いたい、今すぐ奈希を止めろと。だが時すでに遅し…だ。

「うっ……」

 俺は苦しみながらもなんとか喉に流し込む。

「ど?美味しい?」

 やめてくれ……!流石に俺と言えど、人に作ってもらったものを酷評はできない……!

「……あ、ああ。奈希らしくて、美味いな」

「よかった〜。ちょっと失敗しちゃって焦がしちゃって心配だったんだよー」

 ちょっとじゃねえよ!だいぶだ!というか全てが失敗している!食べ物の原型がまるで残ってない!


 ……その後の記憶はほとんどない。ただ、がむしゃらに食べ物だった何かを口に放り込んでいた記憶しか残っていない。

「ふ〜、ごちそうさまでした!」

 なんでこいつはこれを平気に食べられるんだよ。何かの能力でも持ってんのかこいつは。

「じゃ、ちょっと休憩したら次の場所、行こっか!」

「あ、ああ。その前にちょっとトイレ行かせてくれ」

「はーい」

 こんな山奥の公園だがトイレはちゃんとあるようで安心した。もしなかったら俺はどうなっていたんだろうか……想像したくもない。



 俺は用を足し、奈希と公園を出た。

「で、次はどこに連れて行かされるんだ?」

「海に行きます!」

 海か……長らく行っていないな。

「でも、水着とか俺持ってねえぞ?」

「海に入るんじゃなくって、砂遊びをするの!」

 子供か。こいつは。

「……お前は子供か」

「子供じゃないし!立派な大人ですー!ほらっ!」

 そう言って奈希は、体の真ん中の方で揺れるものを見せつけてくる。

「ちょ、やめろって」

「あ、恥ずかしいの?」

 そう煽ってくる奈希は、更にそれを揺らして見せつけてくる。

「お前には羞恥心というものはないのか」

「だって誰もいないじゃん。こうしたら風雅、私が大人だってこと、認めてくれるかなっと思って」

 R-18な漫画でありそうなセリフを言うな。

「俺という人が目の前にいるだろ。他の人の前でそれ、絶対すんなよ」

「独占欲すごいね〜楓雅」

「なっ!そういうことじゃねえよ!こんなの他の人の前でやったら死人が出ちまう」

「?なんで死人が出るの」

「っもういいだろ!ほら、行くぞ!」

 俺は奈希の腕を掴んで無理やり前へ進む。

「あ、ちょっと!痛いってば!」

 この女はとんでもない武器を持ってやがる。もし人前でこれを使えば、少なくとも百人は死ぬだろう。

「海はあっちだろ。早く行かないと日が暮れちまう」



 海に着き、時計を見ると十五時を回っていた。

「……あんなに腕引っ張んなくてもいいじゃん。私逃げたりしないし」

 奈希がちょっと拗ねながら言ってくる。

「そういうことじゃなくてな……まあ、いい。で、砂遊びっていっても何するんだ」

「お城を作ろーう!」

 さっきの表情とは裏腹に、今度はすごい楽しそうな表情をして見せる。

「お城って……子供じゃねえんだぞ」

「でも、こういうのしたことないでしょ?人生で一回ぐらいは作っとかないと!」

 したことはないが……これって絶対しなければならないことなのだろうか。

「作るっつても、どんくらいの大きさで作るんだ」

「お、ノリノリだね〜」

「奈希が作るっていうから……仕方なく…だ」

 そう、これは仕方ないことなんだ。

「ふーん」

 ニヤニヤして見てくるのがムカつく。

「んーと、このぐらいでいいんじゃない?」

 そう言って奈希が手でして見せた大きさは、縦横二十センチぐらいだった。

「そのぐらいならすぐ作れるのか」

「1時間ぐらいあったら作れるよー」

「じゃ、作るか」

「うん!」

 と、作り始めたはいいものの、これが意外と難しい。特に難しいのが形を保つことだ。ちょっと気を緩めたらすぐに崩れてきやがる。

「難しいな」

「難しいねー。すぐ崩れちゃうし」

 そうして夢中になって俺たちは砂の城を作っていた。


 二時間ぐらい過ぎただろうか。

「やっとできたー!」

「……疲れた」

 こんな子供っぽい遊びでも本気でやるとなかなかにしんどいということが分かった。

「にしても上手にできたねー」

「ああ、そうだな」

「記念に写真撮っとこうっと」

 パシャリと一枚撮ると今度は俺の方にスマホのカメラを向けてきた。

「ちょ、おい、なんで俺を撮ろうとすんだよ」

「記念に♪」

 そう言って奈希は容赦なく俺のことを撮ってくる。

「…もう満足か?」

「うん♪」

 どうやら満足したらしい。俺の写真を撮って一体何になるんだか。

「で、お目当ての砂遊びもしたわけだが、今日はもうこれくらいで終わりか?」

「そうだねー。もう時間も時間だし」

 そう言われ俺は時計を見るともうすでに十七時半だった。

「結構いい時間だな。そろそろ帰るか」

「あ、帰りに昨日行った展望台に寄ってもいい?」

「ああ、いいけど、そんなにあそこが気に入ったのか?」

「まあね♪」

 今日はバイクに乗ってきていないが、まあいいか。着いて行ってやろう。

「そんじゃ、早く行くぞ」

 そう言い俺たちは歩いてきた道を戻って行く。

 そうしてしばらく歩いてくると展望台へと続く道が見えてくる。

「奈希こっちだ。転けるなよ」

「うん。ありがと」

 もうあたりはほぼ真っ暗だ。

 足元に気をつけながら俺たちは展望台を目指す。

「やっと着いた〜」

「しばらくしたらすぐ帰るぞ」

「はーい」

 俺はこいつの保護者なのだろうか。この三日そんな感じのことしか言ってない気がする。

「楓雅、写真とろ!」

 奈希が提案してくる。

「俺も映るのか?」

「当たり前じゃん!早く早くっ」

 そう言われるがままに、夜景を背景に奈希と写真を撮った。

「家帰ってから写真送るね」

「ああ」

「展望台に来てやりたかったのは、俺と写真を撮ることだけか?」

「昨日撮りそびれちゃったからね〜」

「昨日は散々だったからな。じゃあこれで満足か?」

 あの自販機、マジで許さん。

「うん!」

「じゃ、帰るぞ」

「はーい」

 

 そうして俺たちは帰路についた。

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