第3話 初めて感じる感情
「ふ〜!やっと着いたねー」
「『ふ〜』じゃないだろ。お前後ろで座ってただけじゃねえか」
「運転ご苦労様でした♪なかなかの乗り心地だったよ♪」
「なんで上から目線なんだよ」
展望台に着いて早々にこの女は煽ってくる。
「にしてももう日が暮れちまいそうだな。ここからもうちょっと歩かないといけねえから、ちょっと急ぐぞ」
「あ!ちょっと待ってよ〜」
道草を食っていたら、気づけばもう時計の針は午後の四時を刺していた。これじゃ結局、学校帰りに行ってもあんま変わらなかったかもな。
そうして歩くこと十五分、やっと俺たちは展望台に辿り着いた。
「あの柵のところから見渡せるっぽいな」
「そうみたいだね」
俺たちは柵の方へと歩み、街を見る。
「……綺麗だね」
「ああ」
綺麗だ。空は真っ赤に染まり、海もその反射で真っ赤に染まっている。
この時、なんとも言いようのない幻想的な感覚に俺は身を包まれていた。
ここに住み始めて十六年、俺はこんな感情を抱いたことがあっただろうか。
「綺麗だな」
「ね、だから言ったでしょ、綺麗だよって」
「どうやら間違いじゃなかったみたいだな」
「その言い方だと私のこと疑ってたみたいに聞こえるんですけど?」
奈希は少し頬を膨らませて言ってくる。
「悪い悪い。でも本当に綺麗だ」
そう言うと俺たちは何かを探しているかのように、その景色にしばらく釘付けになっていた。
そうしてどれくらいが経っただろうか。太陽はもう水平線に隠れようとしている。
「奈希。今日はそろそろ帰るか」
「そうだね」
『……』
『なあ』
『ねえ』
「……先言えよ」
「風雅が先に言っていいよ」
「……明日はどうする」
「え」
「だから、明日はどうすんだって聞いてんだ」
奈希は少し驚いたような表情をしている。
「明日も私と会ってくれるの?」
「……お前がそうしたいなら、会ってやるって意味だよ」
「あ!恥ずかしがってる〜!」
「うっせえ!そもそも初めはお前がここに来たいって言ったから着いて来てやっただけなんだからな!」
ムカつく女だ。
「そんなに私に会いたいって言うなら?会ってあげてもいいけど〜?」
「だーかーら!お前がそうしたいなら俺は会うって言ってるだけだからな!」
「あはは、ごめんごめん、それなら明日もお願いしようかな」
「幸せを探すのを」
「ああ……ってそれだからなんなんだよ。昨日聞きそびれちまったけど結局どういう意味なんだ」
「そういえば昨日、言いかけて結局、言えてなかったね」
「今日さ、一緒にここまで来るのにバカやってさ、景色眺めてさ、どうだった?」
「……楽しかった、のかな」
「そっか。それなら説明する必要はなし!明日から一緒に幸せをどんどん探していこう!」
「っちょ、待て。全然わかんねえって!」
「そのうち分かるよ」
こいつは何を言っているのだろうか。そのうち分かるって言われてもな……まあ信じてやることにするか。
「で、お前がさっき言いかけてたのはなんだったんだ」
「あー、私も同じ感じのこと言おうとしたてからもう大丈夫!」
「そうか。あとお前友達できたこと無いって言ってたけど、そうは見えないんだが」
昨日から疑問に思っていたことを聞く。こんなこと聞くのはどうかと思うが、このテンションのやつに友達がいないなんて考えられない。
「あー。それ、嘘だよ!風雅を釣るための嘘!」
やってやったぜ。みたいな顔で見てくるのがムカつく。
「嘘だったのかよ」
「同情を買えば、いくら不幸オーラがすごい楓雅でも乗ってくれるかなーと思って!」
「そのオーラが〜って言うのはやめてくれ。ちょっと傷つく」
「あっごめん」
奈希は目を逸らして謝った。少し悪いと思ったようだ。
「じゃ、明日から島案内よろしくね!」
そういえば島案内をしてくれって昨日言われてたな……完全に忘れていた。
「ああ」
「じゃ、帰るぞ」
そう言い俺は早足でバイクを置いているところに戻っていく。
「ほら、早くしねえと置いてくぞ!」
「あ、ちょっと待ってよー!」
◇ ◇ ◇
家に帰った俺は洗濯物や洗い物など家事全般を済ませ、ベッドに寝転がる。
「腹が減った」
昨日、自販機を探していたら人間を舐めてるようなやつしか置いてなかったせいで昼飯を食うのを忘れていた。
「奈希のやつ、昼飯食わないで平気だったのだろうか」
まあ何も言ってこなかったってことは大丈夫だったのだろう。
「にしても、今日は散々な1日だった」
何せ一日中振り回されたからな。奈希に。あと自販機に。
「まあ何もしないよりはマシなのかもな」
俺は一体どうしちまったんだろうか。前までは人と話すことはおろか、何にも興味を示さなかったのに今、俺はあの女に
「興味を持っている」
何故だろうか。自分でも理由はわからないが、あいつといても特段悪い気はしなかった。むしろ、心地よかったのかもしれない。
「あ、そうだ。明日どこで会うか決めてなかったな」
気づいた俺はスマホを取り出し奈希にメールを送る。
「『明日はどこで会う』っと」
そう俺がメールを送るとすぐに返信が返ってくる。
『今日行った展望台!』
『でも、お前バイクとか持ってないだろ』
『うーん、確かに』
あそこまで歩いて行くのは流石に少し厳しいだだろうと思った俺はこう返す。
『やっぱり学校前でいいんじゃないか?』
『そうだね!じゃ、明日は十三時ぐらいに学校の前で!』
「『了解』っと」
明日の朝は少しゆっくりできそうで安心した。
俺は何か作ろうかと思い冷蔵庫を開く…が、何もない。
「どうしたものか」
コンビニで済ませてもいいが…いや、スーパーはまだ開いてるはずだ。節約のために自炊は欠かせない。
そう思い俺は軽く身支度をし、バイクに跨る
バイクを走らせること十五分やっとスーパーが見えてくる。島で唯一のスーパーだ。
今日は何を作ろうか。暑いし冷麺とかでもいいな。
「冷麺だったら……即席麺と、胡瓜と、チャーシューも欲しいな。卵はまだあるからいいだろう」
俺はぶつぶつ言いながら買い物をする。俺がふと目線を上げると
『あっ』
奈希がいた。
「何してんだこんな時間に」
「普通に買い物だよー」
「そっちこそ何してるのさ」
「俺も買い物だ。冷蔵庫に何も無くってな」
「自炊できるんだ!意外!」
こいつの目には一体、俺がどのように映っているのだろうか。
「そりゃ一人暮らしだからな。それぐらいできないと自分が困る」
「あはは、そっか。じゃ、私もう買うもの揃ったから、先、行くね」
「おう」
「また明日ねー」
そう言うと奈希は会計を済ませてスーパーを出て行った。
にしても、
「あいつ、パジャマだったよな」
可愛かった。
「……俺は何バカなことを考えているんだ。早く帰って飯を食わなくちゃいけないんだ」
そう俺は自分に言い聞かせ、さっさと会計を済ませてスーパーを後にする。
俺は家に帰るとすぐに冷麺を作った。それが我ながら最高に美味い。
「我ながらいい出来栄えだ」
「店出せるなこれで。マジで箸が止まらねえ」
俺は速攻で食べ終えると、シャワーを浴び、寝る準備をしてベッドへ寝転がった。
「明日は水筒を持っていこう」
コーヒーしかない自販機のことを思い出した。この島の自販機は人間のことを舐めているからな。
「にしても、奈希のパジャマ、ピンク色でクマが描いてるとか、ずるいだろ。直視できねえよ」
あれを可愛いと思ってしまった俺が悔しい。どうやら俺は、気づいていなかっただけで女に対するいらない感情はしっかり持ち合わせているようだ。
そんなことを考えているうちに俺は眠っていた。
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