第2話 一人じゃない帰り道
1日の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「礼」
『さようなら』
「気をつけて帰るように」
帰りのルーティーンが行われると、俺は帰りの身支度をし、例の階段へと向かう。
「如月、まだ来てないみたいだな」
如月がまだ来ていないことを確認すると、俺は誰も来ない階段の踊り場で仰向けになりぼーっとする。
しばらくそうしていると如月が息を切らしてこちらへやって来る。
「ごめーん!お待たせしたかな?」
「ああ、別にいいぞ。どうせ、することもないからな」
「そっか。ならよかったよ。じゃ、帰ろっか」
そう如月が言い、俺はその後についていく。
「この島なんもねえだろ」
「うーん、まだ来たばっかりだから、わかんないかな。なんかあるかもしれないし」
如月は周囲を見渡してそう言う。
『……』
しばらく沈黙が続く。
「ねえ大崎くん。ちょっとあそこ行ってみたいんだけど、道わかったりする?」
そう如月が言い、指を指した場所は山の上の展望台だった。
「あんなところ行ってどうすんだよ」
「あそこからなら島全体を見渡せそうじゃない?絶対綺麗だよ!」
如月は目を輝かせて言ってくる。
「でももう5時すぎだぞ?こんな時間から行ったら帰りが真っ暗だぞ」
「うーん、確かに……」
この島は街灯が少ない。夜は居住区以外は真っ暗だ。それゆえに俺もあまり出歩かない。
「じゃあさ、明日一緒に行かない?休みだしさ」
「なんで一緒に行かねえといけないんだよ」
「だってどうせ暇してるんでしょ?」
その煽るような顔が妙にムカつく。
「…ああ、悪いかよ」
「だったら一緒に行こ?ね?」
やっぱりこいつは距離が近い。まだ知り合って一日も経っていないのになぜこいつはこんなに親しげなんだ。
「……近い」
「あ!恥ずかしがってる〜!」
「うるせえよ!恥ずかしくなんてねえよ!」
なんなんだこのムカつく女は。ことあるごとに煽ってきやがる。
「大崎くんも以外とそういうとこあったんだね。心配したよ〜感情ないんじゃないかなって」
「余計なお世話だ!」
本当に余計なお世話だ。俺はなんだと思っている。
「ね!大崎くん。よかったら連絡先交換しよっ」
「なんでだよ」
「連絡先聞くのに理由なんて一つしかいないでしょ。連絡を取るため!ほら、はーやーく!」
如月はそう言いながらQRコードを押し付けてくる。
「しょうがねえな。ほら」
「やった!ありがと、大崎くん!」
すごく嬉しそうな顔をしているが、俺の連絡先を聞けて何が嬉しいのか理解できない。
「じゃ、明日10時に学校の前集合ね!」
「え、ちょっ、おい!俺は一緒に行くなんて一言も言ってねえぞ!」
如月はそう言って、走って帰ってしまった。
「連絡先を聞かれて、なんでどさくさに紛れて明日遊ぶことになってんだよ……」
ああ、なんて日なんだ今日は。高校に入って史上、一番最悪な日だ。転校生が来たと思ったら休み時間に急に話しかけられて、意味のわからない提案はされるし、距離は近いし、ウザいし……
俺はそんなことを心の中でぶつぶつ言いながら帰路についた。
◇ ◇ ◇
六月十日 土曜日
朝から珍しく俺のスマホが鳴っている。
「こんな朝から電話をかけてくる輩はどいつだ」
まあ、予想はつくが。
ため息をつきながら俺は電話に出る。
「あ、大崎くん。おはよ!」
「ああ。どうしたんだ」
「どうしたもこうしたもないよ!もう10時だよ!昨日約束したじゃんー!」
如月が駄々をこねる子供のように言ってくるが……約束?そんなもんしたっけな……。まだぼんやりしている頭をフル回転させて俺は考える。
「お前……あれは約束というよりむしろ、押し付けだろ」
ああ、思い出した。連絡先を交換した勢いで約束…と呼べるかはわからないが、そんな感じのものはした記憶がある。
「だってそうでもしないと大崎くん来てくれないじゃん」
まあ、そうなんだが。
「ていうか!そうしても大崎くん来てくれてないじゃん!この裏切り者ー!」
「なんで勝手に裏切り者にされてんだよ俺は」
「もう!そんなのいいから早く来てよ!女の子を待たせるのは御法度だよ!習わなかった?」
「ああ。そんなの習ったことないな」
「もう……学校の前で待ってるから、絶対来てよ」
そういうと如月は電話を切ってしまった。なぜ俺が悪いみたいになっているんだ。
「はぁ……行ってやるか…」
渋々俺は行ってやることにした。俺はそこまで腐った人間ではない……はずだからな。学校までは結構な距離があるが、俺はバイクを持っている。高校に入学する際に取っておいて損はないだろうと思って免許を取っておいた。
俺はさっさと身支度を済ませて家を出る。
「休日に家を出るなんていつぶりだろうな…」
そう俺は呟きながらバイクのエンジンをかけ、道なりに進む。
「学校もバイクで登校できたらいいんだがなぁ…」
あいにく、俺の学校は自転車やバイクでの登校は禁止されている。学校が言うには交通事故が起こると処理がめんどくさいかららしい。なんとも不純な理由だ。
そうこう考えているうちに学校が見えてきた、と思ったら如月が大きく手を振っている。
「あ!こっちこっちー!」
俺は如月の方へ行き、バイクのエンジンを切る。
「バイク、乗れるんだね」
如月は意外そうな目で見てくる。
「ああ。高校入学した時に免許、取っておいたからな」
「大崎くん、来てくれないかと思ってひやひやしてたよー。でも、来てくれて安心した」
如月に安堵の表情が浮かぶ。
「それじゃ早速、あの展望台まで案内してもらおうかなー」
ああ、なんで俺はこんなのに付き合わされてるんだ。
「じゃあ後ろ乗れ。これヘルメットな」
「え!いいの?」
「歩いたら時間がかかって仕方ないだろう」
あんなとこまで歩いていくなんて真っ平ごめんだし、何より早く済ませたい。
「二人乗りなんてしたことないから、私楽しみだなー」
いちいち期待してくるのが鼻につく。
「男女でバイク二人乗りって、なんだか恋人みたいだね♪」
「……そんなんじゃねえよ」
「今、照れたねー」
「うっせえ!ほら、行くぞ」
本当にムカつく女だ。何かことあるごとに鼻につくことを言ってくる。才能だろ、これ。
◇ ◇ ◇
「ねえ、大崎くん。あの展望台までどれくらいでつきそう?」
バイクから振り落とされないように、俺の肩を掴みながら如月は聞いてくる。
「うーん、そうだな、10分くらいあったら着くぞ」
あの丘の上の展望台は基本、誰も立ち寄らないような場所だ。何せ立地が悪い。
『……』
沈黙が続く。
それにしても今日は日差しが強い。こんな炎天下の中で数時間もいたら倒れてしまいそうだ。
「如月。あの自販機で飲み物買うぞ」
「あ、うん!」
熱中症になったら大変だ。一応俺もそこら辺は気にするようにしている。
「……この自販機、舐めてんのか。なんでブラックコーヒーしかねえんだよ」
「私、ブラック飲めないんだけど…」
「俺もあんま好みじゃねえな」
「他の自販機探すぞ」
そう俺は言い、別の自販機を探すことにした。
そうしてバイクを走らせるが、自販機は見つからない。
「この島、自販機すらねえのかよ」
「あってもまた、コーヒーしかないかもよ?」
「冗談でもやめてくれ」
「あはは。冗談だよ」
ケラケラ笑いながらそう言ってる如月の表情が容易に想像できる。
「お、やっと二台目の自販機だぞ」
「あ、ほんとだ」
『……』
『なんでコーヒーしかねえんだよぉぉぉ!』
『なんでコーヒーしかないのよぉぉぉ!』
『……』
「舐めてるな。俺たちのこと」
「うん。完全に舐められてるねこれは」
「……一発かましてもいいか?」
「ダメ」
「はい」
『……』
「……っはは…うははははは!まじでこの島なんなんだよ!おかしくなってきちまったじゃねえかよ!」
俺は自然と笑いが溢れていた。
「あははは!ほんと、この島、嫌になっちゃうね!」
『あははははは!』
俺たちはしばらくお互いに笑い合っていた。
「大崎くん、笑えたんだね。笑った時の顔、すごくよかったよ」
「それ、悪口か?」
「違うから!いい意味!すっごい楽しそうな顔してたよ」
「そうか…俺そんな顔できたんだな」
誰かと笑いを共有するのはいつぶりだろうか。覚えていないぐらいにはしてなかったんだな。
「……こういうのもいいな」
「急にどうしちゃったの。そんなしんみりしちゃってさ」
「なんでこう言う時に限ってお前は冷静な態度なんだよ!」
やっぱりこいつはムカつくやつだ。
「ねえ、大崎くん。下の名前で呼んでいい?」
「?別に構わないが」
「じゃ、よろしくね!楓雅!」
「おう」
「せっかくだし私のことも下の名前で呼んでよ」
「なんで呼ばねえといけないんだよ」
「言われるのは平気なのに言うのは恥ずかしいだ?かーわーいーいー!」
「うるせえな!別になんだっていいだろ!呼べばいいんだろ、呼べば!」
「……」
「あれ?呼んでくれるんじゃなかったの?」
「……奈希」
「ん?なんてー?よく聞こえなかったなー」
こいつ…!まじでムカつく野郎だ…!
「いちいち煽ってくじゃねえよ奈希!ほら!これでいいんだろ!」
「あはは、ごめんごめん。悪かったって」
「……わかってくれたんなら、まあ、いい」
なんで俺は名前を呼ぶごときで照れているんだ。こんなやつに照れていて恥ずかしくないのか俺よ。
「じゃあ、展望台、そろそろ行こっか」
どうやら1時間近くここでそうしていたらしい。
「ああ、そうだな。日が暮れちまう前にな」
そう言い、俺たちはまたバイクに跨り、展望台を目指す。
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