名前のない世界
向出博
第1話
第一章
西暦2045年、量子コンピュータが生み出したヒューマノイドAIが普及し、デジタル化の波が世界を席巻した。
インターネットとSNSが究極のレベルに達し、個人情報の保護が極めて重要視されるようになった。
そのような中、政府はセキュリティの向上を図るため、驚くべき決定を下した。
個人の名前をパスワードのように一年ごとに変更することを義務付ける法律を施行したのだ。
第二章
これから始まる物語の主人公ジョン・スミスは、この新しい法律に戸惑いながらも従っていた。
彼は毎年、自分の名前を変更する手続きに追われ、新しい名前が与えられるたびに、自分自身が誰であるのかを見失いつつあった。
個人のアイデンティティは、名前とは無関係なはずだった。
この法律を作った政府だって、間違いなくそう考えていた。
しかし、名前が変わるということの重大さを誰も理解していなかったに過ぎない。
第三章
ジョンは、新しい名前で生活する中で、友人や家族ばかりでなく、自分と他人との関係が次第に希薄になっていくのを感じた。
彼ら彼女らも同様に名前を変更しており、過去のつながりや記憶が薄れていった。
そう、社会全体が不安定な状態に陥っていったのだ。
第四章
ある日、ジョンは偶然、かつての自分の名前が関与した事件の記録を見つけた。
その事件は彼が忘れたはずの過去の出来事だった。
それなのに、彼の新しいアイデンティティを揺るがしはじめた。
彼は、自分が今までの名前を変更することで逃れていた過去と向き合わなければならないことを悟った。
第五章
ジョンは、過去の自分と向き合い、自分の真のアイデンティティを見つけるために旅に出ることにした。
彼は新しい名前を捨て、自分の過去と向き合い、それを受け入れることで、自己を再構築していく旅に出たのだ。
ジョンは自分の過去と向き合い、それを受け入れることで、真の自己を見つけようとした。
彼は名前というレッテルではなく、生身の自分自身の行動によりアイデンティティを維持し、社会の中で再び自らの存在意義を見出すことができると信じた。
いや、そう信じたかった。
しかし、彼の願いとは裏腹に、知性という素晴らしい能力を手にしたはずの人間のアイデンティティは、極めて脆弱だと思い知らされ打ちのめされた。
たとえ個人の名前が失われても、アイデンティティは決して失われないと信じていたが、それは過信に過ぎなかった。
人間から名前を奪う。
それは、人間からアイデンティティを奪うということでもあったのだ。
第六章
ジョンは名前のない人生を歩み始めた。
過去を取り戻す旅の途中で、彼は様々な都市を訪れ、かつての自分を知る人々を探した。
しかし、どこへ行っても、彼が知るべき名前も、彼を覚えている者も、何一つ残されていなかった。
政府の新制度のもとでは、公式記録においても旧名を検索することはできない。
過去の名前と現在の名前を結びつけるデータは、厳格に暗号化され、一般人にはアクセス不能だった。
ジョンは焦燥に駆られた。自分の過去を取り戻すための鍵すら握れないことに絶望しそうになったが、ある日、彼は地下ネットワークに属する匿名のハッカー集団「レコード・キーパーズ」の存在を知る。
彼らは、政府が消し去ったはずの過去のデータを密かに保存し、人々が自分自身を取り戻す手助けをしているという。
第七章
ジョンは「レコード・キーパーズ」と接触を試みた。
危険を伴う道ではあったが、彼にとっては唯一の希望だった。
やがて彼は、地下にある秘密のサーバールームへと導かれた。
そこには、捨ててきた過去の名前を求める人々の記録が保存されていた。
「お前の本当の名前を知る準備はできているか?」
リーダー格の男がジョンに問いかけた。
ジョンは深く息を吸い、頷いた。
彼の手に渡されたのは、一枚の小さなデバイス。
そこには、かつての彼の名前、過去の記録、そして――衝撃的な事実が書かれていた。
第八章
ジョン・スミス――それは彼が過去に名乗っていた偽名の一つに過ぎなかった。
本当の名前は、政府の秘密プロジェクトに関わるものであり、彼の記憶は意図的に消されていたのだ。
なぜ政府は彼の過去を消したのか?
なぜ彼は「ジョン・スミス」として生きることを余儀なくされたのか?
彼は真実を追い求める決意を固めた。
そして、それが社会を揺るがす大きな陰謀の扉を開くことになるとも知らずに――。
第九章
ジョンは「レコード・キーパーズ」のリーダー、ヴィクターと共に、政府の極秘ファイルを解読し始めた。
そこには、驚くべき事実が隠されていた。
政府は、人々のアイデンティティを管理することで、国民を完全に統制する「プロジェクト・ネメシス」を進行させていた。
名前の変更制度は、単なるセキュリティ向上策ではなく、国民の意識と記憶を操るための壮大な実験だった。
この計画の背後には、「オブリビオン計画」と呼ばれるさらに恐るべき計画が隠されていた。
政府は過去の記憶を改ざんし、特定の歴史的出来事を消去することで、国民の認識を変え、絶対的な支配体制を築こうとしていたのだ。
ジョンは震えながら、さらに衝撃的な情報を目にする。
彼自身がこの計画の被験者の一人だったのだ。
彼の元の名前は、政府の重要機密を知る内部告発者のものであり、そのために彼の記憶が抹消されたのだった。
第十章
ジョンは、政府の陰謀を暴く決意を固めた。
しかし、彼の動きを察知した政府は、特殊部隊を動員し、彼を抹消しようとする。
「君は知りすぎた」
政府のエージェントが彼を追い詰める中、ジョンは「レコード・キーパーズ」と共に逃走し、陰謀を暴くための最後の手段を模索する。
彼はこの戦いに勝てるのか?
それとも、再び歴史の闇に葬り去られてしまうのか?
全ては彼の決断にかかっていた――。
第十一章
ジョンと「レコード・キーパーズ」は、政府の追跡をかわしながら逃亡を続けていた。
しかし、彼らが直面していたのは単なる監視社会ではなく、より深い陰謀の存在だった。
「政府はなぜ、我々の名前を奪ったのか?」
ジョンの問いに、ヴィクターが静かに答えた。
「名前を奪うことは、アイデンティティを奪うことに等しい。国民を匿名の存在にすることで、管理しやすくなる。だが、それだけではない。」
彼らが見つけた機密文書には、衝撃的な事実が記されていた。
「オブリビオン計画——政府は、すべての個人の歴史をリセットし、新しい社会秩序を作ろうとしている。」
第十二章
オブリビオン計画の核心は、過去の抹消にあった。
名前が消え、個人の記録が定期的に上書きされることで、人々は自身のルーツや社会的なつながりを失い、政府が定める「理想的な市民」として再構築される。
「記憶の改ざんか……。政府は、これを使って完全な統治を目指しているのか?」
ジョンは愕然とした。
国民が過去を忘れれば、抵抗の意志すら持てなくなる。
政府はその状態を利用し、完全なる管理社会を築こうとしていたのだ。
「もう時間がない。我々がこれを暴かなければ、未来は完全に政府のものになる。」
ジョンと仲間たちは、決断を迫られていた。
第十三章
政府の中央データセンターには、オブリビオン計画の全データが保管されていた。
それを公表すれば、政府の陰謀を暴くことができる。
「問題は、どうやって内部に侵入するかだな。」
データセンターは厳重な警備の下にあり、正面からの突破は不可能だった。
「唯一の方法は、内部の協力者を探すことだ。」
ジョンたちは、かつて政府機関に勤めていた内部告発者を探し出すことを決めた。
しかし、その人物もすでに名前を消され、記憶の改ざんを受けている可能性があった。
「それでも試すしかない。」
ジョンたちは、最後の希望を胸に、闇の中へと足を踏み入れた——。
第十四章
内部告発者からの情報により、ジョンたちは衝撃的な真実を知る。
「オブリビオン計画の目的は、単なる統治ではなかった……。」
政府が個人の記録を意図的に抹消し、アイデンティティを奪った理由。
それは、20年後に人類が恐竜のように破滅するレベルの隕石の衝突が明らかになっていたからだった。
世界の指導者たちは、この衝撃的な事実を知り、対策を講じようとした。
しかし、巨大隕石の軌道は変えられず、迎えられるのは確実な滅亡だった。
「政府は、パニックを避けるためにこの計画を実行した……?」
ヴィクターは苦悩の表情を浮かべた。
「そうか、社会の崩壊を防ぐには、人々が過去を失い、静かに生きることが最善と判断されたのか。」
ジョンは震えながら言った。
「つまり……人類は、騙されたまま滅びを迎えろと?」
世界の終焉に向け、ジョンたちの戦いは新たな局面を迎えようとしていた——。
第十五章
ジョンたちは、政府の隠蔽を暴くべきか、沈黙を守るべきかの選択を迫られていた。
「もし真実を明かせば、世界は混乱に陥る。暴動が起き、無秩序のまま滅亡の日を迎えるかもしれない。」
ヴィクターのこの言葉に、仲間たちは黙り込んだ。
「だが、何も知らずに静かに死を迎えるのが正しいのか?」
ジョンは拳を握りしめた。
答えを出すことができないまま、時間だけが過ぎていった。
第十六章
ついに、ジョンたちは決断を下した。
「この世界には、最後まで希望を持ち続ける価値がある。」
彼らは、政府のデータセンターに侵入し、隕石衝突の事実を世界中に発信することを決意した。
「もし人類が滅びるとしても、自らの意志で未来を選ぶ権利はあるはずだ。」
ジョンたちは、周到に準備を始めた。
政府機関に勤める人間をリクルートし始めた。
政府の要職にはあるが「隕石衝突の事実」を全く知らされていない人間は、ジョンの言葉に初めは不信を抱いた。
しかし、彼ら彼女らも、ある時からの世界の指導者たちの奇妙な連帯に疑問を感じていたのだった。
「何かがおかしいとは思っていたが、やっと腑に落ちた。」
時間はかかったが、政府の要職にあるたくさんの同士の協力を得て、厳重な監視網をかいくぐり、データセンター潜入へのシナリオを描き上げた。
第十七章
2年後シナリオ実行の時が来た。
ジョンたちは、政府のセキュリティシステムを突破し、世界中の通信網に接続し、メッセージを打ち込んだ。
「人類に告ぐ、20年後、地球は壊滅する。巨大隕石の衝突を迎えるからだ。政府はこれを隠し、皆からアイデンティティを奪うことで混乱を防ごうとしてきた。しかし、私たちは今、最後まで自らの意志を持ち、生きるべきだと決断し、ここに宣言する。」
膨大な証拠資料を付帯したこのメッセージは瞬く間に拡散され、世界中の人々が「重大な真実」を知ることになった。
第十八章
「重大な真実」が公になったことで、世界は混乱に包まれた。
世界の指導者たちが恐れていたパニックは避けられなかったが、暴動だけではなく、希望を求める動きも生まれた。
世界中の科学者たちは、絶望の中で必死に隕石回避の方法を模索し始めた。
各国の政府も対策を練り直し、人類の存続をかけた新たな計画が動き出した。
ジョンたちも最後まで諦めることなく、未来を切り拓くための戦いを続ける決意を固めた。
「絶望を知ったからこそ、希望が生まれるんだ。」
人類は、終焉に向かうのか、それとも奇跡を起こすのか——。
20年後——。
かつて人々が恐れた隕石は、地球に衝突することはなかった。
人類は、政府の陰謀と抑圧を乗り越え、未曾有の団結のもとで科学の力を結集し、軌道を変えることに成功したのだ。
ジョンは、かつての仲間たちと共に、廃墟と化した旧政府の施設を見つめながら静かに微笑んだ。
「俺たちは、未来を選び取ることができたんだな。」
彼らの戦いは終わった。
しかし、新たな時代の幕開けは、今まさに始まろうとしていた。
名前のない世界 向出博 @HiroshiMukaide
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