第4話 不幸を覗き込む愚

 今日は外に出て貧民共に食料を配る。

 甘っちょろい慈善事業ではあるが、アホな父上に見つければ煩いし、外出が自由な訳でも無い。配る食料の供給・安全の確保・効率的な配布方法・配る場所と対象の選定等、この程度の事でも考える事はたくさんあるのだ。


 だが今の俺には覚悟がある。自分のリソースを消費してより多くの感謝を得る。つまりケチケチせずに大きく投資するのだ。



「出ろ、聖騎士」

 シュイイン。

「参上いたしました。なんなりとご命令を」

「おお、会話が出来るんだな。お前の名前はリブラとする。俺のもとに来てくれてありがとう。今は警備兵の指揮を頼む」

「承知」

 聖騎士(女性・成人)30000Pなり。


 俺が今日の為に用意したものは以下だ。

 ホムン聖騎士 1名           30,000P

 ホムン警備兵 10名         10,000P

 ホムン待機所補給付き 延べ10人まで   100P 残り9回

 ホムン待機所補給付き 延べ100人まで 800P 残り100回

 ホムン荷馬車              2,500P

 軍用糧食 500食             1,500P


 残りは1000P程度しかない。

 無茶な賭けと人は言うかもしれない。俺にも今日の施しが上手くいく絶対の確信など無い。

 だが、生み出した物を使ってより大きなリターンを得る覚悟はある。今日が駄目なら明日、明日も駄目なら町の溝浚いでも何でもやるさ。



「お兄様凄いです!これがお兄様の力!」

「今まであんなにケチケチしていたのに大丈夫なんですか?私のケーキは大丈夫なんですか?」

「すまんが馬車は無い。徒歩で行くぞ。アリアもシエラも顔に布を巻いておく様に」

 変身等は使わない。あくまで姿を偽った「俺」が行うことなのだ。いつか全てを明かして大きな感謝を得るための布石だ。


「小隊、整列!」

 聖騎士リブラの威勢のいい声が響く。伯爵家の使用人たちも何事かと注目しているが、真正面から堂々と行くぜ。

「行くぞ、目的はスラムの貧民に施しを配ることだ」

「進め!」

 ホムン警備兵が見事な更新を見せる。これは思わぬ長所だな、一糸乱れぬ行進はそれを見るだけで畏敬を抱かせる。

 伯爵家の使用人たちも、門番も動かない。訝しがりつつもそれが正規な行動だと認識してしまい、ただ突っ立っているだけだった。



「アリア、スラムに案内おねがい」

「いいですけど、本当にいくんですか?臭いし汚いし、マナーもルールも無い人達ですよ?」

「いいよ、スラムにいるなら誰だって構わない。子供でも大人でも関係無く、現場に来た人の分だけ配る。2回並ぶ者には2回目だと注意したうえで渡す」

「それでいいんですか?子供ならともかく、悪い大人とか卑怯な相手でも」

「いいんだよ。子供だけに渡しても後で奪われるだけさ。もっと欲しい人も同じ、でも侮られたら感謝は貰えないからね、二度目を注意したうえで許すんだ」


 どうだっていいのだ。俺が欲しいのは感謝。感謝に大小はあれど色はついていない。転売する喜びの感謝だろうと、その日一日を生きられる感謝だろうとな。感謝しない捻くれたガキが一番いらないまである。



「この先がスラムです。町の人は入りませんよ、伯爵様も放置ですし」

「く、くさいです」

 汚いな。ここの住人の心を表しているんだろう。こんな所に住む連中が人に感謝なんてするのか?

「進め、広い場所を見つけてそこで施しを行う」

 スラムに足を踏み入れる。途端にあちこちから視線が飛んでくるのを感じる。

 だがそれは恐怖。立派な装備を身に着けた聖騎士が率いる一糸乱れぬ行進を続ける警備兵を見て、スラムの住人如きに反抗心など持てるわけがない。


「ここでいいだろう。食料は1袋1人分だからそのまま渡せばいい。みんな頼むぞ。よし!食料の施しだ!出てこい!お前たちが食った事が無いほど美味いぞ!」

 大声で宣言してから1つ空けて自分で食べる。くせぇのも慣れた。

 中身はここでは柔らかいと評されるであろう甘いパン、豆の煮物、焼き菓子の様なものと野菜スティックだ。ワンプレートに全て入っているタイプなので戸惑い無く食べられるだろう。


「ハムッ!ハフハフ、ハフッ!!」

 ごくり、唾を飲む音が聞こえる。ふふふ、堪らねぇだろ?俺に他意は無い、さっさと受け取りに来い。

「ルカさま、私も1ついいですか?」

「お前かよ!普段もっといいもの食ってるだろ!」

「ルカ様にいただくおやつはそうですけど、普段の食事は…」

「お兄様、我が伯爵家では下級使用人の扱いはちょっと口にするのも憚られる物ですから」

「まじかよ…悪かった食えよ…」

「ありがとうございます!ガァツガツ!うまっ!ガツガツガツガツ!おいひぃぃ!ありがとうございます!ありがとうございます!」

 そして浮かぶ8の文字。えぇぇ、こいつこんな物でよかったのかよ。ケーキとかパフェとか高いものを食ってんじゃねぇよ。


 あまりの食いつきに遠巻きに伺っていた連中もソワソワしだした。

「閣下のお慈悲だ!さっさと出てこい!並んで受け取れ!」

 これは高貴な俺の気まぐれの慈悲だ。警戒の必要など無い事をアピールする。

 するとリブラの声に反応して第一スラム民が押し出されてきた。

 痩せた貧相なガキだ。盗み、奪い、何をしでても生きるというスラム児特有の意思を感じさせない、諦めと戸惑いを感じさせる目。いけすかねぇな。


「ほら、これを食え。ただしこの場で食え、持っていったら殴られて奪われるだけだろう」

 コクリと頷き、地面に座り込んで食べ始める。一口食べて目を丸くした後は必死に貪りだした。

「他にはいないのか!」

「お、俺も!俺もくれ!」

「あたしも!」

「わしも!」

 殺到するスラムの貧民ども。聖騎士のリブラが厳しく取り締まって整備をしてくれる。ホムン警備兵との会話は無いが意思疎通が出来ているようだ。こいつは優秀だな、当たりだ。


「頼むよ!動けない妹が家にいるんだ!妹の分も分けてくれ!本当だ!」

「お兄様どうしましょう?」

「ふむ、駄目だ。絶対に駄目だ。まだ暫くここに居るから這ってでも連れてこい。それしか言うことはない」

 こいつの言うことが本当だとしてそれがなんなのか。動けない自分の元に兄が食料を持ってきたらその妹はどう思うだろうか?兄に深く感謝をするだろう、俺にはおこぼれが有るかどうかだ。ふざけるんじゃねぇ、そんな物誰が許すか。


「妹は目が悪くて歩けないんだ!頼むよ!お願いだ!せめて自分の分を食わずに持って帰ってもいいだろう!?」

「駄目だ、嫌なら置いて失せろ。タダで食料を貰ったのに更にねだるばかりで感謝の無いお前に構う価値など無い。周りを見てみろ、みな感謝して食べている、そしてお前のせいで配布が滞っている。とっとと失せろ」

 周囲は座り込んで飯を食う貧民でいっぱいだ。貧相なガキだからここで食えと言っただけなんだが全員ここで食いだす事になって邪魔すぎて草。だがおかげでしっかりとポイントが見える。余程美味かったんだろう8~15P程度と反応は良好だ。


「ちくしょう!人でなし!ちくしょう!」

「貴様!何を腑抜けたことを抜かすか!文句を垂れる暇があったらお前が妹を担いで来い!」

「で、でも!そんなの無理だ……」

「無理なのはお前の責任だ!自分の力で無理なら知恵を使え馬鹿者!お前!一緒に行って担いで来い!!」

「えぇぇ……」

 ホムン聖騎士のリブラが自分から関わって自分の判断で警備兵を1名付けた。自発的に動いてくれるのは歓迎だし指揮権も与えたからいいんだけど、完全に自我持ってね?怖いぞ。


「わ、わかった!来てくれ!」

 クソガキが走っていく。これ感謝がリブラに向いたりしない?

「閣下、よろしかったでしょうか。閣下の優しい御心に沿う様にしたつもりですが」

「ふぁ!?う、うん。ありがとう助かったよ。上手く言えなくってさ。これからもよろしく頼む」

「ありがたき御言葉!」

 おぉ、感謝ポイント入ってるよ。ホムン聖騎士凄くね?警備兵と違い過ぎるだろ。もう人じゃん。なんかこいつの信頼を裏切るのは怖いな。



 その後もうじゃうじゃと貧民が集まってくる。力弱い連中だけに近くで食わせて、それ以外は飯を渡して追い払った。最初の500食は配り終わり、順次追加しながら配っている。

 予想通り二度目を受け取ろうとする奴も現れだしたが、アリアとシエラが意外としっかり人物を覚えており、注意をしてくれている。注意の後に結局受け取るわけだが、少し不満そうで平均6Pくらいかな。黒字ではあるが確実に減っている、継続的な施しは効果が薄そうだ。

 初めて受取る連中も平均数値が下がっている。ここで貰えると聞いて集まった者達は貰えるのが当たり前だと思っているのだ。だから感謝が減る。感謝の少ない者に配っても意味がない、お前たちの態度が俺の慈悲を終わらせるのだ。

 感謝を忘れなければ無限に続く慈悲だとお前たちは知るまい、だが知ったところで同じはずだ、それが人のサガだから。


「もう無くなった、おしまいだ。また来るから楽しみにしておけ」

「なんだと!折角来たのにふざけてるのか!」

「てめぇ!無いなら身包み剝いじまえ!」

 下劣!品性の欠片も無い!こいつらぶっ殺してやろうか!

「制圧!」

 ドガドガドガ!

「ギャアアア!」

 リブラの号令で警備兵が一斉に動く!こいつらつえぇぞ…!無表情な一体一体が片手で男を持ち上げて投げ飛ばす。正直舐めてたわ、これは予想以上の価値がある。



「如何しましょうか」

「放って置いていいよ、何も出来やしないさ」

 野蛮で下劣なスラムの男達、正直何の価値も感じない。それでも殺しはいけない、殺してはそれで終わりだ。


 念殺 1P 


 スキルの中でも特別に安いこれ。流石閻魔様(仮)がくれたスキルだ。

 これは罠スキル、俺に安易に殺しをさせようとする罠だと思ってる。

 殺しちゃいけない、死んだやつは感謝をしない。どんなクズであろうと、生きていてこそ感謝をする。まぁ殺して他の誰かが感謝してくれるってならヤっちまうかもな。

 殺すやつの世界は閉じていくって誰かが言ってた。世界は広げなきゃ、クズにはクズの世界があるはずだ。どんなクズであっても感謝をするなら価値ある存在だ。



「おぉい!まだ食い物は有るか!」

「ん、クソガキか。とってあるぞ」

「本当か!やった!メグ!ご飯だぞ、頑張って食べるんだ!」

「うん……食べ…る」

「お、おいおい」

 ホムン警備兵が担いできた少女。目が悪いと言っていたが、目ヤニが多いのか腫れ上がって開くことも出来そうにない。やせ細り、枯れ葉の様な手足、奇妙に膨れた腹。こんな飯食っても消化できるとは思えん。


 周囲には飯を食い終わったガキや女達、こちらをまっすぐ見つめるリブラ、心配そうなシエルとアリア。


 もうしょうがねぇじゃねぇか。


 折角復活した俺の6000P、消費を上回る感謝を寄越さねぇと絶対許さねぇからな!

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