第1話

暗い。


闇の中で被験体番号322番はぼんやりと目を開けた。


薄暗い光が微かに揺らめき、目の前に無機質な壁が広がっている。かすかな金属の匂いと、冷え切った空気が肌にまとわりついてくる。


ここに閉じ込められてどれほどの月が経ったのだろうか…必要最低限の衣食を与えられ、研究と薬の投与、実験を繰り返す毎日。


でも、もう何も思わなくなってきた。

痛いとも、苦しいとも、…感じるのは体の中に蹲っている重たい蟠りのみ。



彼は硬い床に転がるように座り込み、少しずつ周囲を見回した。

無数の配線が床や壁を這うように敷かれ、研究所独特の厳格さが漂う。


人工的な白い光が陰気に部屋を照らし、窓ひとつない閉鎖的な空間が、彼を拒むように立ちはだかっている。


しばらくすると、部屋の奥にある重厚な扉が軋む音とともに開いた。


まただ。またこの時間だ。


白衣を着た無表情な男が何人か入ってくる。彼らの視線は被験体番号322番を突き刺し、その冷たい目つきに身をすくめた。次の瞬間、黎の腕に繋がれた鎖を無理やり掴み、何の説明もないまま引きずられるように別の部屋へと連れて行かれた。


そこは機械がずらりと並び、壁にはモニターが無数に埋め込まれている無機質な空間だった。


男たちは容赦なく、無理やり322番を椅子に固定し、冷たい金属の輪を彼の手首にかけた。その瞬間、黒い装置が静かに動き出し、彼の脈拍や神経反応を測定するかのように、冷酷な音を立てて動いていく。


「お前、本当に何も感じないのか」

一人の研究者が冷たく言い放つ。彼の目には興味や慈悲の色など一切なく、黎をただの実験体としか見ていないことがはっきりと分かった。


「…」


「実験の結果で言えば、お前は成功者なんだ。我々の研究の成果なのだ。」


「…」


白衣を着た男たちは機械のモニターの前に移り、何かを話していた。


その間322番は壁に埋め込まれている白い蛍光灯を見つめていた……………と


その時、外でかすかな騒ぎが聞こえた。研究所全体が一瞬震えるように揺れ、機械の警報が鳴り始める。突然、部屋の電灯が消え、赤い非常灯だけが淡い光を放ち始めた。研究者たちは動揺した様子で、急ぎ足で部屋から出ていく。


(な…んだ……)


やがて奥の方で何かが爆発したような音、金属同士がぶつかる音、叫び声などが聞こえてきた。


それに何人かの人影が走ってきた。ベルトなどが付いた戦闘服の様なものに身を包んだ、冷静で鋭い目を持つ男が322番が拘束されている部屋の前に現れた。

目をそちらに移すと、彼はこちらを見て少し目を見開いていた。


その目には、普通の人間にはない強い意志と、どこか冷ややかな優しさが感じられた。


「大丈夫か?」


男が低い声で問いかける。その声は、どこか懐かしい温もりを含んでいるようだった。無言で頷き、男に差し出された手を男はすぐにその手を掴み、拘束具を外してくれた。


「行くぞ」


手助けするように引っ張りながら、彼は廊下へと導いた。


廊下の先には複数のこの男の人と同じような服を着た人たちが待機していて、彼らの手際の良さはこの作戦が綿密に計画されていたことを物語っていた。


研究室の人たちを男の人たちはてから眩い光を出しながら倒している。

後ろからは続々と他の被験体達が救助されている。

みんな胸元に番号が書かれていた。服の隙間から見える傷はとても見てられないほどに痛々しい物ばかり。


「君もこっちに来い!!!!下がってろ!」


別の人が腕を引いて非検体の人たちを一箇所に集める。


ふと上を見上げると、夜空にかかる満月が眩しいほどに輝いていた。


静かに深呼吸をして、その冷たい夜の空気を胸いっぱいに吸い込む。



何日…いや、何年ぶりの自由だろうか。


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