怪人だって楽じゃない!

ソーマ

出現 蜘蛛男!!

「きゃああああああぁぁぁぁ!!?」


閑静な住宅街に突如悲鳴が巻き起こった。

無理も無い。突如何の脈絡もなく異形の生き物が現れたのだ。

その生き物は2本足で立っているが、腕が6本もある。

しかもそのうち4本が昆虫のような節のある腕だ。

口には鋭く尖った牙が2本生えており、目はトンボのような複眼になっている。

全身が黒と黄色の縞模様なのも不気味さを際立たせている。


「ギシシシシシ!! オレは蜘蛛男! 偉大なる我らが首領の大いなる野望の為、貴様らには礎になってもらう!!」


そう声高に叫ぶ蜘蛛男。


「ひ、ひいいぃぃ!?」

「に、逃げろおおぉぉ!!」

「うわーーーん、怖いよー!!!」


それを見た通行人たちは一目散に逃げていく。


「ギシシ、泣け! 叫べ!! 見て驚けー!!!」


その姿を見て満足気に笑う蜘蛛男。


「待て! そこまでだ!!」


そんな蜘蛛男に勇ましい声が投げかけられる。


「ギシ? 何奴!?」


その声に興が削がれたのか、少々不機嫌さが混じった声で蜘蛛男が振り向く。

そこにいたのは5人の影。

その影を見た蜘蛛男の口元が愉悦に歪む。


「町の平和は俺たちが守る!」

「ギシシ……出たか……ヒーロー!」


怪人現れる所にヒーローあり。

もはや鉄板と言って良いほどの世の理である。


「ヒーローレッド!」

「ギシシシシ……!」

「ヒーローレッド・ベータ!」

「…………ん?」

「ヒーローレッド・セカンド!」

「…………は?」

「ヒーローレッド・アゲイン!」

「………………」

「ヒーローレッド・フォーエバ」

「待てえええええええええぇぇぇぇ!!!!」


5人目のヒーローが名乗る前に蜘蛛男の絶叫にも近いツッコミが入った。


「何だ!? 命乞いなら無駄だぞ!」

「そうじゃねぇ! 何でお前ら全員赤なんだよ!?」


蜘蛛男が6本ある腕のうちの1本を今現れた赤だらけのヒーローたちに向ける。


「何でって……」

「赤が好きだから?」

「赤って戦隊ヒーローだと主役っぽいしなぁ?」

「だからって全員赤は無いだろうが! 昨今の小学校の学芸会じゃないんだぞ!? 全員が主役でどうする!」

「多いに越したことは無いだろ? それに色統一した方がコスチュームも安上がりで済むし」

「戦隊ヒーローがコスパ気にしてんじゃねぇ! こういうのは慈善事業だろうが!」

「正義感だけでメシが食えるか!!」

「だまらっしゃい! そもそも全員赤でどうやって呼び合うんだよ」

「俺たちの絆を舐めてもらっては困る! そんなの魂で理解できるさ!!」

「あ、そうだレッド」

「「「「何だ?」」」」


ベータの呼びかけに他の全員が振り返る。


「全員返事してるぞオイ! 理解できてねぇじゃねぇか! そんなんで連携なんて取れるわけねぇだろ!!」


そんなヒーローたちの有様を見て憤慨する蜘蛛男。


「もう見てられん! 今日は帰る!! 来週また来るからその時はちゃんと色分けて来いよ!!」


そう言って結局何もしないまま蜘蛛男はどこかへ消えてしまった。


「……行っちゃった……」

「どうする?」

「うーん……とりあえず平和は守られたってことで良いんじゃない?」

「じゃあ今日はこれで解散か。お疲れー」

「お疲れー」


そう言いながらそれぞれが思い思いの方向へ向かって歩いて帰っていくヒーローたち。

その関係性は割り切ったもののように見え、とても深い絆で結ばれているようには見えなかった。

まるで日雇いで派遣されてきた人たちの様に見えたとその場に残っていた通行人は後に語ったという。



翌週。


「ギシシシシ!! 今週こそは我らが野望を果たしてくれる!!」


再び住宅街に蜘蛛男が現れた。


「きゃああああ!? また出たあああ!!」

「落ち着いて! 慌てないで避難だ!!」


通行人たちはまた現れた蜘蛛男に悲鳴を上げて逃げ出す。


「ほれほれ逃げろ逃げろー! でも転ばないように足元に気をつけろよー!」

「……ん?」


蜘蛛男の発言に微妙に違和感を感じ取った一部の通行人。


「あっ!」


その時、逃げていた子供がつまづいて転んでしまった。


「うわーん、痛いよー!!」


膝を擦りむいてしまい泣き出す子供。


「ほら見ろ言わんこっちゃない……」


そう言って転んだ子供に歩いて近寄る蜘蛛男。


「ほれ見せてみろ……何だ擦りむいただけじゃねぇか。男がこれくらいでピーピー泣くんじゃねぇよ」


ブツブツ呟きながら蜘蛛男は懐から何か取り出す。


「ほらよ、これで大丈夫だろ」


そう言って傷口に絆創膏を貼る蜘蛛男。

その絆創膏は某アメコミの蜘蛛男のロゴを模したものだった。

このことに転んだ子供はピタリと泣きやみ、目を輝かせる。


「うわすげー! カッコイイー!!」

「そうだろそうだろ。蜘蛛はカッコイイんだぞー。見た目がキモいからって怖がらないでやってくれよなっ!」

「うんっ! 僕もう蜘蛛怖くない!!」

「おー、偉いぞボウズ。そんじゃ改めて……ほーら逃げろ貴様らー!!」


仕切り直して周りを威嚇する蜘蛛男。


「わ、わあああぁぁぁーーー……?」

「きゃー……?」


今の一連の流れを見たことで通行人は戸惑いつつも一応逃げる。


「待て! これ以上貴様の好きにはさせんぞ!!」

「出たなヒーローめ! 今週こそは……」


再び響き渡った声に蜘蛛男が振り返り……


「我ら新生ヒーローが貴様の野望を止めて見せる!」

「ギシシシ、面白い!」

「ヒーロー・カーマイン!」

「…………ん?」

「ヒーロー・インディゴ!」

「…………え?」

「ヒーロー・オリーブ!」

「…………は?」

「ヒーロー・オーキッド!」

「………………」

「ヒーロー・弁柄!」

「「「「「5人揃って……」」」」」

「待てやあああああぁぁぁぁ!!!」


またしても蜘蛛男の絶叫が辺りに響き渡った。


「何だ!? 命乞いなら……」

「そのくだりは先週やった! それよりも何なんだその配色! 聞いただけだとどんな色か分かんねぇよ!!」


今蜘蛛男の目の前には、何だかうすぼんやりした色のヒーローが5人並んで立っている。

どう表現したら良いか分からない色のチョイスに蜘蛛男が憤るのも無理はない。


「これからは個性の時代だ。ありきたりの色じゃつまらないじゃないか!」

「だからってそんなはっきりしない、認知度の低い色を選ぶ奴があるか! そしてお前!!」


そう叫んでヒーロー・弁柄を指さす蜘蛛男。


「何でお前だけ和名なんだよ! せめてそこだけでも統一しとけよ!」

「さっきカーマインが言っただろ。これからは個性の時代だと」

「尖りすぎなんだよ! せめて周りと調和しろ!! 個性の時代とは言っても調和しない奴は爪弾きにされるぞ!!」

「……分かってんだよそんなこと……俺だって何とかできるならしたいんだよ……皆の輪に加わりたいんだよ……でもやることなすこと何もかもが裏目に出ちまうんだよ……この色だって受け狙ってみたんだけど見事にスルーされるしさ……」

「あ、あー…………何か、ゴメンな……?」


急にネガティブなオーラを吹き出し始めたヒーロー・弁柄につい同情して謝ってしまう蜘蛛男。


「…………何か今日はやる気失せたわ。また来週来るからその時までにもうちょっとチーム内で話し合いの場を持てよ。な?」


優しく諭すように言って蜘蛛男はその場を去っていった。


「……また行っちゃった……」

「えーと……どうしよっか?」

「とりあえずこのまま『弁柄を慰める会』でもやる? 俺良い居酒屋知ってるんだ」

「やめて! よけい惨め!! せめて題目変えて!!」


そうわいわいと言いながらヒーローたちも去っていく。


(……あの恰好のまま居酒屋行くのかなぁ……?)


その場に居合わせた通行人の1人がそんなことを考えたとか考えなかったとか。



さらに翌週。


「……今度こそまともな配色で来るんだろうなあいつら……」


蜘蛛男はまた住宅街に現れた。

ガードレールに腰かけながらヒーローが来るのを待っている。


「よぅっ、蜘蛛男! 今週も来たのか」

「あぁ、一応約束だったからな」

「蜘蛛のお兄ちゃんも毎週大変ねぇ。アメちゃん食べる?」

「おっ、くれるの? ありがとなお姉さん」

「やーねぇもうこんなおばちゃん捕まえて『お姉さん』だなんて!」

「そっちこそ何言ってんの。俺が普通の人間だったら狙ってたって」

「蜘蛛のにーちゃん、一緒に遊ぼうぜー!」

「サッカーやろうサッカー!」

「良いぜ、じゃあ俺キーパーな! 手多いし」


先週のやり取りに加えてもう3回目ともなると通行人も慣れたもので、蜘蛛男が現れても慌てず怖がらず気さくに話しかけてくる。

先の2回で通行人は気づいたのだ。

この蜘蛛男、破壊や暴力行為を一切していない。

ただ突然現れて騒いでいるだけだ。

見た目はグロテスクだが、案外話せば分かる奴なのだろう、と。


「ねぇくもさん、前に言ってたくもさんの野望って何なの?」


和気藹々と談笑している蜘蛛男に幼い少女が問いかける。


「ん? それはだな……」

「おーい、そろそろヒーローが来るってー」


少女の質問に蜘蛛男が答えかけた時に何処からかそんな声があがる。


「おお、やっと来たか。悪いな嬢ちゃん、その答えはまた今度な。じゃあ皆、悪いけどいっちょ頼むわ」

「あぁはいはい。皆準備は良いー?」

「はーい!!」


ヒーロー到着の報せを受けて、皆それぞれの立ち位置につく。


「コホン。…………ギシシシシシ! 今週も蜘蛛男様のお出ましだー!」

「わぁーー、逃げろー」

「きゃー」


気持ちを切り替えて騒ぎ出す蜘蛛男。

通行人も逃げ出すが、既に蜘蛛男の人となりを把握しているせいかどうにも緊張感がでない。


「待て! 今週こそ貴様の野望、阻止してくれる!!」

「ギシシ、それはこっちのセリフだ! 返り討ちにしてやるわ!!」


現れたヒーローたちは赤・青・黄・黒・白のコスチュームを着ていた。

とりあえず色の問題は解決したことに蜘蛛男は満足そうに笑う。


「ギシシシ、やっと……やぁっと、オレの言うことが伝わったか……コレで……」

「コストはかさむのに利益は出ない、経営状態常時赤字……ヒーロー・レッド!」

「…………ん?」

「体調悪くても強制出勤、顔色真っ青……ヒーロー・ブルー!」

「…………え?」

「帰宅できずに30連勤、白いワイシャツが汗で黄ばむ……ヒーロー・イエロー!」

「…………は?」

「三徹の末何とか納品、燃え尽きたよ真っ白に……ヒーロー・ホワイト!」

「………………」

「今月残業100時間越えでも手当ゼロ、勤め先は紛うことなきブラック企業……ヒーロー・ブラッ」

「いい加減にしろ貴様らああああぁぁぁぁ!!」


5人目のヒーローの名乗りが終わる前にまたまた蜘蛛男の絶叫が割って入ってきた。


「何だよ、名乗りに割って入るなんてヒーロー界の風上にも置けない奴め!!」

「そんな夢も希望も無い名乗りをするヒーローなんかいるか! ヒーローは夢売ってナンボだろうが!! 貴様らのはヒーローじゃなくて社畜って言うんだよ!! あとホワイト、とりあえずお前は寝てくださいお願いだから!!!」


懇願にも近い蜘蛛男の叫び声が辺りに響き渡る。


「じゃあこれからはヒーロー・レッドじゃなくて社畜・レッドって名乗ることに」

「そっちを変えるな! 社畜を辞めろ!!」

「でもヒーローだって無給の慈善事業なんだしある意味社畜……」

「ヤメロ、子供の夢を壊すんじゃねぇ!! さっきからそこのお子様たちが何とも言えない微妙な顔でこっち見てんだろうが!!」


ブツブツと不満を漏らすヒーローたちに怒鳴り散らす蜘蛛男。

これではどちらが正義か分からない。


「とりあえずそんな会社辞めちまえ! 自分でも言ってんじゃねぇかブラック企業って!」

「え、急に抜けられたらただでさえ赤字なのに更に……」

「テメェの会社かああああぁぁぁぁ!!!」


ポロリと零したレッドに詰め寄る蜘蛛男。


「とりあえず世界の平和より会社の平和取り戻してこい! それまで待っててやるから!!」


そう言って肩をいからせながら立ち去る蜘蛛男。


「……またまた行っちゃった……」

「どうしよっか……?」

「とりあえず先週行った居酒屋で今後の予定を考えるとするか」

「そうだなー、そうすっかー」


そう言いながらぞろぞろと歩いて帰っていくヒーローたち。


「……結局先週行ったんだ、居酒屋……」


一部始終を見ていた通行人からそんな声がポツリとあがった。



「……戻ったか、蜘蛛男」

「はっ、ただいま戻りました」


蜘蛛男が恭しく跪く先には、豪華な椅子に足を組んで座っている岩のような怪人がいた。

こいつが蜘蛛男の言う首領なのだろう。


「……して、首尾はどうだ?」

「多少は進歩が見られましたが、我々の野望を達成させるにはまだ足りないかと」

「そうか……」


蜘蛛男の報告に残念そうな声でつぶやく首領。


「それもこれもヒーロー共が不甲斐ないのが悪い! 何だその体たらくは」

「返す言葉もございません。まさかここまで意識の低い奴らだとは……」

「いや、お前は悪くない。むしろよくやってくれてる方だ」

「勿体ないお言葉です」


首領の言葉に頭を深く下げる蜘蛛男。

彼らの野望とは、ヒーローを倒して世界征服をすること…………ではない。

いつか本当に世界征服を企む悪の組織が現れた時に、今のヒーローではとても対抗出来ない。

なのでもっと力を付けてどんな悪の組織が現れても負けない安心出来るヒーローを育て上げることが彼らの野望なのだ。

ただ、あまりにもヒーローたちの意識が低すぎて現状ただのツッコミ役にしかなっていないのが非常に不本意である。


「首領……これもう我々が直接ヒーロー活動した方が早くないですか?」

「それはダメだ。我々はビジュアル面で圧倒的に不利だ。昨今のヒーローは見た目もイケてないとダメらしいからな。私もお前もそこまでイケてる見た目ではないだろう……?」

「世知辛い世の中ですね……平和を守るのに見た目なんて関係無いだろうに」


首領の言葉にため息を吐く蜘蛛男。

彼らの野望が成就する日はまだまだ来そうにない。

頑張れ蜘蛛男! 負けるな蜘蛛男!!

世界の平和は(多分)君の頑張りにかかっている!!

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