第11話 白雪さんは取材がしたい
白雪さんの今回のラフを見て、よくよく分かった。この子は漫画を描く経験が浅すぎた。だから以前、ファミリーレストランで教えたことがラフに反映されていなかったのは理解するのにに少しだけ時間がかかっただけだ。
だけど、一度理解さえしてしまえば、僕が教えたことを忠実に、いや、それ以上に、教えたことを昇華させて上達することができる。
もしかしたら、今の白雪さんなら出来るかもしれない。ひとつ試してみよう。もうワンステップ、レベルを上げよう。
「ねえ白雪さん。そだち充先生の漫画って読んだことあるかな?」
「そだち充先生ですか? 確か少年誌で連載されている漫画家さんですよね? 有名な方なのでお名前は聞いたことがあるんですけど、作品はまだ読んだことがなくて」
まあ、そうだろうな。たぶん白雪さんは少女漫画にどっぷりハマって、少年誌までは手が回らなかったに違いない。
「じゃあ、後で先生の単行本を全巻貸すね。ちょっと『間』について教えておきたいことがあってさ。そだち充先生はその『間』の使い方に関して群を抜いているんだ」
僕の言葉に小首を傾げ、「間ですか?」と疑問を口にした。うん、言葉でも説明は一応するけれど、自分自身で掴むことができるかテストをしよう。
「そう、『間』だね。今回の説明は簡単に済ませるよ。メリハリと言えば良いのかな。セリフのないただの背景だったり、空だったり、キャラの背中だったり。理解できなければ、ただの無駄ゴマになってしまう可能性はある。だけど使いこなせるようになれば漫画の印象を強めることができるんだ。だから教えておきたくて」
「あ、なるほどー」
少年漫画も少女漫画も、そこは変わらない。もしこの手法を使いこなせるようになったら、彼女はまた飛躍的に伸びることが出来る。可能性を信じよう。
そして僕は教えておいた。伝授しておいた。
あとは白雪さんの作家としての能力次第だ。
* * *
「よし、じゃあとりあえず今日はこれまでにしておこうか」
「はい! 今日もお疲れのところありがとうございました!」
白雪さんのラフチェックと修正箇所の問題点の指摘、そしてその問題の解消方法の説明を終えた。なので、この後は雑談タイムというかブレイクタイムにすることにした。というか、僕もちょっと休みたい。
それでふと、昼間の出来事を思い出す。皆川さんとのお食事デートについて。いや、別に皆川さんは一言もデートなどという単語は口にしていないのだけれど。僕の勝手な解釈なのだけれど。
しかし、デートか。一体全体、どうすればいいのかよく分からないんだよね。もう27歳だというのにデート未経験って……。誰かに相談したいところだけれど、ちょっと恥ずかしすぎるよなあ。
「……ん?」
「どうしました響さん?」
あ、いるじゃん。相談に乗ってくれそうな人がこんな目の前に。女子高生に相談する27歳ってすごく情けないけれど、背に腹はかえられない。
「ねえ白雪さん、ちょっと訊きたいことがあるんだけどいいかな?」
「訊きたいこと、ですか?」
「あのさ、白雪さんがデートで食事に行くとしたらどういうお店がいい?」
「え!? で、デートですか!!?」
僕の質問に白雪さんは急に赤面。そして膝の上に手を乗せてちょこんと正座で身を正した。え? いや、真剣に話を聞いてくれるのはありがたいんだけど、正座まですることではないような……。
「そうですね、デート。お食事デート……。よく分からないですけど、でも、連れて行ってもらえるなら、私だったらどこでも構いません。あ、でも、できればいっぱいお喋りしたいからドリンクバーのついてるところが嬉しいかな。サイデリヤとか」
サイデリヤかあ。皆川さんを安いファミレスに連れて行くわけにはいかないなあ。でも白雪さんが一生懸命考えて出してくれた案だ。ここはちゃんと選択肢に入れておくとしよう。でも白雪さん、顔真っ赤すぎない? エアコンが暑いのかな。
「ちなみに、食事が終わったらどこか行きたいところはある? 白雪さんが『こういうところでデートしたい!』みたいなことがあったら教えてほしいんだけど」
僕の追っかけ質問に、白雪さんは手をもぞもぞさせながら落ち着かない様子でしばし考えていた。顔は先程よりもいっそう赤くなってしまっている。うん、トマトみたいだね。しかもそのまま破裂しそう。
「なんていうか、私、デートの経験がないから分からないんですよね」
「え? うそ、白雪さんってデートしたことないの? こんなに可愛いのに?」
「か、可愛いとか、い、言わないでくださいよ……。私、女子校だから男性とは全く出逢いがないんです。だからデートの経験もありません。あー、熱い」
言って、白雪さんは両手でぱたぱた顔を仰いだ。
「でもですね、えっと、私が憧れるデートはあります。手を繋いで、一緒に公園を歩くんです。それで同じ景色を見て、同じ空気を吸って。色んなものを共有したいなあって。そういうデートの憧れはあります」
「て、手を繋ぐ……」
「はい……て、手を繋いでみたいです」
ハードルが一気に上がったぞ。皆川さんと手を繋ぐとか、そんなことになったら僕は絶対にキョドる自信がある。心臓なんてバクバクいって、なんなら緊張のあまりその場でぶっ倒れる自信だってある。
「そういえばさ、白雪さんがこの前読ませてくれた漫画の中で、男の子がヘリコプターから飛び降りてスカイダイビングしながらヒロインに告白してたでしょ? 白雪さんもああいう告白されたいって思ってるの?」
「ややや!!!? い、いえ、そんなことないです!! あ、あれはあくまで漫画のネタとしてなので……普通の告白が、私はいいです」
「普通の告白って?」
「ふ、普通に好きって言ってもらったり」
シンプルイズベスト、ということか。やっぱり告白は回りくどくない方がいいのかもしれないな。ストレートに告白。というか僕、スカイダイビングできないしね。そんなダイナミック告白、絶対に無理。下手したら告白して、そのまま絶命する。
「それにしても白雪さん、いくら女子校だからって出逢いがないわけじゃないでしょ? 他校の男子と交流とかないの?」
「いえ、私って合コンとかそういうの苦手なんです。だから友達に誘われても断ってます。それにあんまり同級生とかに興味なくて。皆んな子供っぽいというか。私、年上の男性がタイプなので。というか響さん! どうして今日はそんなことを私に訊いてくるんですか!」
「いや、大事なことだから」
「大事なことって、私、心の準備できてないですよぅ」
先程から白雪さん赤面バージョンがちらちら僕を上目遣いで見てくるけど、どうしちゃったんだろ。少女漫画を描く漫画家さんとは思えないウブさなんですけど。でも、まあでも確かに漫画と現実は違うわな。しかもまだ高校生だし。
「あ、あの、響さん? ちょ、ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん? どうしたの白雪さん? 改まっちゃって」
相変わらず赤面したままの白雪さんだけど、やたらと言葉に真剣味を感じる。何度も何度も深呼吸をしてるし。あれ? 僕のせい?
白雪さんは「んんんっ!」と咳払い。そして口を開いた。
「あの……以前、響さん言ってましたよね? 私の漫画にはリアリティがないって」
リアリティ。あー、確かに言ったなあ。ストーリーもそうだけど、それよりもキャラにリアリティを感じることができなかったから。でもそれは想像や妄想で補完できる、みたいなことを伝えておいた記憶が。
「そのですね、私なりに考えたんです。リアリティについて」
「うんうん、なるほど。考えることは確かに大切だけど」
「えっとですね、その……非常に頼みづらいんですけど……」
「うん、大丈夫。どんと来いだ!」
一度口をぎゅっと結んで、そして言葉を紡いだ。白雪さんの『考え』とやらを。
「あ、あの……今度、私とデートしてもらえませんか?」
……ん? んんん???
「ち、違うんです! それはその、取材! 取材です! 漫画にリアリティを出すためにも、やっぱり私も一度はデートというものを体験しておいた方がいいと思いまして! やましい気持ちとか、そういうのではなくてですね……だから……わ、私とデートしてみてもらえませんか!!」
ど、どういうこと? 僕の相談に乗ってくれていたはずなのに、逆になっているような気が。僕のようなオジサンにデートを申し込むって。あれ? 一体何が起こっているのか理解が追いつかない。
「あの、白雪さん? ちょっと落ち着いて?」
「その気にさせたのは響さんの方ですからね!! ちゃんと責任取ってくださいね! じゃないと私、泣いちゃいますよ!」
そ、そこまで!? しかもなんか、全く話が噛み合ってなくない?
『第11話 白雪さんは取材がしたい』
終わり
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