第12話 白雪さんとデートのお誘い

 うーん、どうも会話が噛み合わない。


 なんでだろう? 僕は皆川さんとのお食事デートについて白雪さんに助言を請うていたはず。でも、何故かその白雪さんからデートに誘われてしまった。取材という名目ではあるにせよ。


 でもこれ、本当は取材というのはただの口実のような気が……だって『責任を取って』とまで言われてしまったし。


 ……ん? あれ? もしかして僕、話を切り出す時にすごく大事なことを抜いてしまっているような。


 思い出せ、よくよく思い出せ、響政宗よ。ついさっき、僕が白雪さんに話を切り出した時のセリフを。思い出せ、思い出せ――。


「ああ!!」


「え!? ど、どうしたんですか急に」


「ご、ごめんね、気にしないでね」


「は、はい……」


 違う違う。これ、僕のせいだ。考えてみたら『皆川さんとのデートの相談』なんてこと、一言も言ってないや。だから白雪さんを勘違いさせてしまったんだ。


 でも、今更説明し直しても遅いし。だって白雪さん、目をキラキラさせてるんだもん。い、言えない。言えやしない……。


「じゃあ響さん、いつにしますか? 私と、で、デー……取材する日」


「白雪さん、ちょっとだけ、ちょーっとだけ待って」


「待ちませんよ。さっきも言いましたが、その気にさせたのは響さんですよ?」


 白雪さんは頬を朱に染め、すっかり乙女の顔に。そして、その小さな体の大きな勇気で僕とのデートを所望してきた。


 これ、どうしたらいいんだろ。


「……取材、でいいのかな?」


「はい、取材です。漫画のためです」


「白雪さんが、単に僕とデートしたいんじゃなくて?」


 僕の意地悪な質問に、白雪さんは柔らかそうなほっぺたをプクリと膨らましてぷいっとそっぽを向いてしまった。あ、怒ってる。というか、意地悪なことを言われて拗ねてる。失敗したかな。


 だけど、拗ねた白雪さんもまた可愛いなあ。って、いやいや。今はそんな呑気なこと考えている場合ではない。


 でもこの子、出会った当初から思っていたけれど、本当にストレートに感情を表に出すよなあ。なんというか、素直。いや、素直すぎる。いつか変な男に騙されたりしないか心配だよ。


 でも取材という形だったら、確かに白雪さんのためにはなる。彼女の漫画にリアリティがないのは事実だし。妄想力を爆発させてそれを原稿にぶつけるのもいいけど、だけど多少でも実体験があれば表現の幅は広がるはず。多少なりとも。


 それに今回の件は完全に僕に非があるわけで。白雪さんの言う通り、ちゃんとした形で責任を取らなければ。


 うん、協力しよう。


「分かった。白雪さん、今度取材をしよう」


「……なんか軽くないですか?」


 白雪さんは正座したまま太ももをパンッと叩いた。今からお説教されるみたいな雰囲気なんですけど。子供の頃を思い出しちゃったよ。


「あのですね、響さん。取材とはいえ、私としては結構勇気を出してお願いしたんですよ? だからもっとこう、気持ちを込めてデートに誘ってくれませんか? 私も一応、女子なんですから。それなりにデートには憧れがあるんです。しかも初めてのデートですよ? 大人ならもっと気を遣ってください」


「ご、ごめんなさい。でも、取材でしょ?」


「しゅ、取材でも、デートはデートなんですぅ!!!!」


 言って白雪さん、また不服そうにむくれてしまった。女の子って難しい。だって僕、女心とか全然分からないんだもん。どうしてかって? それは僕が童貞だからだよ! 女心の『お』の字も分からないよ!


「ん、んん!」


 僕は一度咳払いをする。そしてすーっと一度、深呼吸。うん、取材とはいえ、改めて女の子をデートに誘うとなると、やっぱり緊張してしまう。しかも相手は女子高生だ。それに白雪さんは生まれて初めて男性からデートに誘われるのだ。それって結構重要なイベントだと思う。


 そのイベントに、やはり僕は色を添えてあげるべきなんだろう。


「し、白雪さん!!」


「は、はい!! な、なんでしょうか!!」


 否が応にも心臓がバクバクしてくる。考えてみたら、これって僕にとっても初のイベントだし。女性をデートに誘うなんて生まれてこのかたしたことがないんだよ。皆川さんからのデートも誘われる側だったわけだし。


「……今度」


「今度、な、なんでしょうか?」


「……ええっとですね」


「ええっとじゃないです。はっきり言ってください」


「こ、今度、僕と一緒に、て、手を繋いでデートしてもらえませんでしょうか!!」


 言った、言ったぞ。どうだ白雪さん! 僕だってちゃんと女の子をデートに誘えるんだぞ。緊張していたからあまりロマンティックな感じにはならなかったけど、でも、こういうのはストレートにさそうのが一番なんだ。


 ……だよね? よく分かってないけど。


「んー、どうしよっかなあー」


「ええ!? うそ! そこ、なんで考えちゃうの!?」


 口元に指を当てながら、「んー」と悩み始めた白雪さん。


 話が違うじゃないか! せっかく僕も勇気を出したのに!


 しかし、白雪さんはチラリと僕を見てから顔をほころばせた。そして嬉しそうに、にまっと笑顔を作る。その笑顔はとても悪戯めいていて、ちょっと大人っぽくて。僕は少しドキッとした。


「あははっ、そんなに焦らないでくださいよ。大丈夫ですよ、断ったりしません」


「良かったあ、ビックリさせないでよね」


「それでは私も――」


 そう言って、白雪さんは前かがみになって僕に顔を近づける。透き通るように真っ白で、きめ細やかな綺麗な肌が間近に見えた。


 そして白雪さんは、僕にとびきりの笑顔を僕にプレゼントしてくれた。


「デートのお誘い、とっても嬉しかったです。夢がひとつ叶いました。本番はもっとドキドキさせてくださいね。期待してますよ、響さん」


 *   *   *


「今日も色々教えてくれて、本当にありがとうございました」


 ネームの指導を終え、帰り支度を済ませた白雪さんは玄関で一礼する。僕も晩ご飯を作ってくれたことに礼を言い、お互いに感謝の気持ちを伝え合う。


「あ、響さん。今度一緒にお買い物付き合ってくれませんか? 少し食材をまとめ買いしておきたくて」


「もちろん、一緒に行こう。あ、そうだ白雪さん。お願いがあるんだけど」


「はい? なんでしょうか?」


「今度から一緒に晩ご飯食べない?」


 そう、これはぜひお願いしたいことだった。白雪さんはいつも自宅で夕飯を済ませてきてしまい、僕はいつも一人で食事を摂らせてもらっていた。なんというか、やっぱり寂しいのだ。せっかく晩ご飯を作ってくれる白雪さんがいるのだから、一緒に食べたいと、そう思っていたのだ。


「え、いいんですか? 私までご馳走になっちゃって」


「ご馳走にって、作ってくれるのは白雪さんなんだから。そこは全然気にしないで。僕は白雪さんと一緒に晩ご飯を食べたいんだよ」


「すっごく嬉しいです! 私も、いつも一人きりで食事してたので寂しかったんです。やっぱりご飯は誰かと一緒に食べた方が美味しいですよね」


 何気ない会話のつもりだった。だけど、僕は言葉に違和感を覚える。

 

 今、白雪さんは『一人きりで』と確かに言った。


「白雪さん、ちょっと訊いてもいいかな」


「はい、どうしたんですか? 真面目な顔しちゃって。響さんらしくないですよ?」


「お父さんは夜勤だから一緒にご飯を食べられないのかもしれないけど、でもお母さんとは一緒のはずじゃ」


 僕の一言が、白雪さんの顔を一瞬曇らせる。でも、すぐにいつもの笑顔を作り直して話してくれた。


 そして僕はこのあと、初めて知るのであった。白雪さんがどうして漫画家になりたいのか。こんなにも頑張れるのか。


 白雪さんの漫画家になりたいという、強い覚悟の理由を。


「えーっとですね。私のお母さん、いなくなっちゃったんです」



 『第12話 白雪さんとデートのお誘い』

 終わり

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