第10話 白雪さんと漫画のラフ
白雪さんお手製のカレーは本当に美味しかった。小エビやイカやアサリの入ったシーフードカレーだったのだけれど、美味しくて、美味しすぎて、食べるごとに僕の食欲は加速していき、たまらずおかわりをしまくってしまった。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、お粗末様でした」
「お世辞抜きで、めちゃくちゃ美味しかったよ。白雪さんってほんと料理上手なんだね。もしや天才では?」
「えへへ、ありがとうございます。でも、そんなに褒めても何も出ませんよ?」
とか言いながら、白雪さんは褒められたことがよほど嬉しかったのか、「明日のご飯は何にしようかなっ」と、すっかりご機嫌になり、鼻歌を歌うようにして次の献立を考え始めた。別に僕としては二日連続でカレーでも問題ないんだけど、しかし『シェフ白雪』としては、やはり同じメニューは避けたいらしかった。
「決めました! 明日は親子丼にしますね。響さん、それでいいですか?」
「もちろん! 白雪さんが作ってくれるものだったら、僕は何でも美味しく食べられるよ。親子丼も大好物だし」
「良かったー。私、親子丼も得意なんです。じゃあ明日はお預かりしてる合鍵で先にお家に入らせてもらって、台所使わせてもらいますね」
「ありがとう、本当に助かるよ。助かるし、嬉しすぎる」
ちなみに食費に関して。僕は先程、白雪さんに一ヶ月分として三万円を渡しておいた。さすがにお小遣いでやりくりしている高校生に食費の負担をかけるわけにはいかない。交換条件とはいえ、僕のために作ってくれているわけだし。
それに、明日も仕事を終えて家に帰っても一人じゃない。白雪さんが僕の帰りを待ってくれている。それは僕にとって何よりも代え難いこと。『ただいま』と言って『おかえりなさい』と言葉を返してもらえる。荒みきった僕にとって、それはこれ以上ない程の精神安定剤なんだ。
* * *
「さて、ご飯も食べ終わりましたし、今日もネームの指導よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる白雪さんだけれど、いやいや、それは僕の方だよ。ネームを読んで問題点を見つけ、その解消法を説明する。そんなことはお茶の子さいさいである。毎晩料理を作ってくれる白雪さんの方がずっと大変。
「じゃあ早速見せてもらおうかな。メモの準備とかは大丈夫?」
「はい、大丈夫です! えーと、こちらなんですけど」
言って白雪さんはネームを僕に預けてくれた。昨日教えたことがどこまで反映されているのか、僕としてもとても楽しみだ。まあ、そんな簡単に上達することができたら誰も苦労しないんだけどね。
しかし、一ページ。たった一ページを見た瞬間で、僕は感じた。心底驚いた。一体、彼女の中で何が起きたんだ!?
「……白雪さん、ちょっといいかな?」
「あ、はい、大丈夫ですけど……も、もしかして一ページ目からめちゃくちゃですか? 教えてもらったことを忠実に守って描いたんですけど」
忠実に守って、描いた。しかし、そんな簡単に問題点が解消されるわけがない。でも、明らかに違う。昨日見せてもらったラフとは。
まるで別人が描いたようなラフじゃないか。
「いや、めちゃくちゃなんじゃない。ごめん、ちょっと集中するね」
「は、はい」
ページ数は16ページ。全てを確認しながら、コマを頭の中で分解しながら、僕は読み進めた。正直、ビックリした。僕が指摘した箇所、そこの問題点が消えている。比べ物にならない程、ちゃんと『漫画』になっている。
昨日だぞ? 昨日教えたばかりなのに。ここまで変わる作家さんに僕は出会ったことがない。以前、ファミリーレストランで教えた時はほとんど変わらなかったのに。
「ねえ、白雪さん? さっき『教えてもらったことを忠実に守って描いた』と言っていたけど、本当にそれだけ? 何か他に漫画の描き方について勉強したとか?」
「うーん、特にはないですね。あ、でも大好きな漫画家さんの作品を読み返して、こんなコマ割りにしたいなあと思って真似してみたかな?」
それだ。しれしか考えられない。
今まで白雪さんはあくまで『読者目線』で漫画を読み、それを真似しようと、吸収しようと思っていた。だけれど昨日、僕は途中で寝落ちしてしまったけれど、少なくとも漫画の構造やコマ割りの基礎を教えた。
それにより、白雪さんは読者目線ではなく、『作家目線』で読むようになった。これまでもコマ割りを含め、漫画の作り方を真似しようと読んでいたはず。でも、読者目線で読んだところでたかが知れている。
だけども、僕が教えた漫画作りの基礎を彼女なりに理解をして、その上で真似をした。恐らくだけれど、コマのひとつひとつを作家目線で真似ることで、それを吸収することができた。たぶんそれが答えだ。別の言葉を使うならば、『気付き』。
「ど、どうでしたでしょうか……」
ちょっと不安げな顔をして、僕の言葉を待っている。うん、早く答えてあげよう。まだ確信はないけれど、彼女は褒められることで伸びるタイプだ。
「うん、すごく良くなってる。僕が教えたことをしっかり理解して、しかも自分なりに考えながら描いたことが伝わってきた。すごいよ、白雪さん」
「良く、なってる――」
元々大きな目をより大きくして、少し信じられないといった様子で驚いていた。だけど、ふつふつと湧き上がってきたのだろう。
褒められた喜びが。
「やったー!! やりました! 響さんに初めて褒めてもらえた! 嬉しい、嬉しいです! 頑張った甲斐がありました!」
勢いよく立ち上がり、両手を掲げてバンザイのポーズ。喜びをストレートに表現した。喜びに満ち溢れた笑顔を見せながら。
「本当に、本当に良くなってますか!? 漫画らしくなってますか!?」
「うん、本当だよ。まさかここまで一気に伸びるとはね。ビックリだよ」
「本当に嬉しいです! 全部、響さんのおかげです!」
違う、僕のおかげなんかではない。僕はあくまでキッカケにすぎず、白雪さん自身でひとつの壁を超えたんだ。
もしかしたら、僕はとんでもない才能の塊を持った子を相手に漫画のことを教えているのではないか? だったら、僕はもっと白雪さんに対して真剣に、魂を込めて、これからも教えていこう。いや、教えていくべきだ。
才能を潰すことなんか絶対にしない。だから僕も白雪さんに負けないくらいの熱意を持って教えていく。
もう二度と同じ過ちは繰り返さない。
『第10話 白雪さんと漫画のラフ』
終わり
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