第30話 渾身のいたずら作戦

「浩太さん、今日もお疲れ様!」と帰宅したばかりの浩太に元気よく声をかける繭。しかし、その声にはどこか企みの色が混ざっていた。


「なんだ、その顔。何か企んでるんじゃないだろうな。」浩太は警戒しつつスーツの上着をハンガーにかける。


「えー、そんなことないよ。今日はちゃんと、浩太さんにご褒美あげようと思ってね。」繭はにっこりと笑う。その笑顔がかえって怪しい。


「はぁ?ご褒美って何だよ。」浩太は眉をひそめつつも、繭の持っている箱に視線を向けた。その中身が何なのか気にならないわけがない。


「じゃじゃーん!」と繭が取り出したのは、なんとネクタイ。「浩太さん、これつけたら仕事の成績がアップするよ!きっと!」


「いや、それただの普通のネクタイだろ。それにどこで買ったんだよ?」浩太は困惑気味。


「内緒!」と繭は悪戯っぽく言いながら、ネクタイを彼の首に巻こうとする。「ほらじっとして、つけてあげるから!」


「おい、やめろ。自分でできるから!」浩太は慌てて手を振り払うが、繭はお構いなしに近づいてくる。「じっとしてってば!はい、これで浩太さんもカッコいい社会人の完成!」


巻かれたネクタイを触りながら、浩太はため息をついた。「これ、どう見てもガラが変だろう。こんなので仕事行けるか。」


繭は肩をすくめて、「いいじゃん!個性が大事なんだよ、浩太さん!」と笑う。そしてそのまま、ちゃっかりスマホを取り出しパシャリと写真を撮った。


「おい!何撮ってんだ!」浩太は顔を赤くしながら必死にスマホを取り戻そうとするが、繭は軽々とかわして言い放った。「これ、明日の職場で自慢してね!浩太さん、女子高生にネクタイ巻いてもらったって!」


「やめろって言ってるだろ!」浩太の必死な抗議も繭には全く通じない。笑い声が部屋に響く中、二人の日常はまた一歩、奇妙で微笑ましい方向へと進んでいくのだった。


繭はスマホの画面を見ながら、にやりと笑った。「浩太さん、この写真、SNSに載せたらみんなにウケると思うんだけどな~。」


「やめろって言ってるだろ!」浩太は慌てて手を伸ばすが、繭は軽々とスマホを片手にかわした。「いいじゃん、浩太さんのファンが増えるかも!」


「俺にファンなんていらない!」と浩太は真顔で言い返す。しかし、その真剣さが逆に繭をさらに楽しませてしまう。「あーもう、浩太さんって本当に面白い!こんな反応してくれる人、滅多にいないよ!」


浩太は顔をしかめ、眉間にしわを寄せる。「そんなのどうでもいいから、スマホ返せ。」


「返すのは簡単だけど、浩太さんの冷蔵庫を使わせてもらう条件として、この写真を保管させてね!」と繭はおどけた様子で言いながら、スマホをポケットにしまい込む。


浩太はため息をつきながら椅子に腰を下ろした。「お前って本当に図々しい奴だな。」


繭は椅子にちょこんと座り、満足げに微笑む。「図々しい女子高生が武器を持つと、社会人男子は手も足も出ないってことだね!」


浩太は軽く頭を抱えながら、彼女の言葉に反論する気力を失いつつも、「お前に勝てる日は来るのか…」と呟いた。


その言葉に、繭は目を輝かせて言った。「挑戦受けるよ!でもその代わり、冷蔵庫使わせてもらうのは永遠ね!」


そしてこの奇妙で賑やかな掛け合いは、彼らの隣人生活の新たな日常となり、次なるいたずら計画への序章となるのだった。


繭はソファに寝転びながら、スマホをいじって何やらニヤニヤとしていた。その姿をちらりと見た浩太は、なんだか嫌な予感を覚えた。「おい、お前、また何か企んでるんじゃないだろうな。」


「え~、そんなことないよ。浩太さんがいつも真面目すぎるから、ちょっとリラックスしてもらおうと思ってるだけ。」と繭は悪びれた様子もなく、スマホをぽんっと置いて起き上がった。


浩太は眉をひそめ、「その言い方が一番怪しいんだよ。」と突っ込む。


繭はいたずらっぽい笑顔を浮かべながら冷蔵庫に向かい、中をゴソゴソと物色し始めた。「今日はね、浩太さんにサプライズを用意するから、楽しみにしててね!」


「やめとけ、そのサプライズってのはどうせろくなもんじゃないだろうが。」浩太は呆れながらも、どこか諦めたような表情だ。


数分後、繭はキッチンで何やら作業を始めた。音がカタカタと響き、浩太は仕方なく様子を伺いに行く。「何作ってんだ?」


「お楽しみ!」と繭が答えると同時に、浩太は彼女の手元を覗いた。「…アイスクリーム?お前、これどこで見つけたんだ?」


「浩太さんの冷凍庫だよ!あ、でもそのままじゃつまらないから、ちょっとアレンジしちゃおうかな~って。」繭は嬉しそうにソースやトッピングを並べ始めた。


「その“アレンジ”が一番危ないんだよ。変なことすんなよな。」浩太はため息をつきながらも、どこか気になっている様子。


数分後、繭は出来上がったアイスを浩太の目の前に置いた。「じゃーん!浩太さん特製、超豪華アイスクリーム!」


浩太は怪訝な顔をしながらスプーンを手に取る。「…何を入れたんだ?正直に言えよ。」


「全部浩太さんの冷蔵庫にあったやつだよ!ほら、食べてみて!」と繭は勢いよく勧める。


浩太はしぶしぶ一口食べた。すると——「…これ、意外と美味いじゃないか。」


繭は目を輝かせてガッツポーズ。「でしょ!浩太さんに喜んでもらうのが私の武器なんだから!」


浩太は少し困惑しながらも、小さく笑いを漏らした。「本当にお前は、手のかかる隣人だな。」


繭は満足げにテーブルの上のアイスを見つめていた。けれど、彼女のいたずら心はまだ収まらない。「浩太さん、これだけじゃつまらないから、さらに特別な仕掛けをしてみよう!」


「おい、もうそれ以上はやめとけ。」浩太は再び警戒心をあらわにしながら言った。しかし、繭の勢いは止まらない。


繭はキッチンの戸棚を開けてゴソゴソと探し始めた。「お、これだ!」と取り出したのはチョコレートソース。「浩太さん、これでデザートをさらに豪華にするね!」


「普通のアイスで十分だっただろ。変なことするなよ。」と浩太がつぶやく。


しかし、繭は耳を貸さずに、ソースをアイスの上に大胆にかけ始めた。「これで浩太さんのアイスは、世界に一つだけの特製デザートに変身!」


浩太は困り顔でそれを見つめながら、「いや、それただのアイスにチョコかけただけだろ。」と言った。


繭はにっこりと笑って、「そう思うかもしれないけど、浩太さんが食べる瞬間、それが特別な瞬間になるの!」と言い切った。


浩太は呆れながらもスプーンを手に取り、一口アイスをすくった。「…まあ、味は悪くないけどな。」


「でしょ!ほら、浩太さん、もっと楽しんで!」と繭が言う。浩太はため息をつきながらも、小さな笑みを漏らしていた。


この一瞬が、二人の何気ない日常の中に特別な輝きを与えるひとときとなる。そして、その日常が続く限り、繭のいたずら心と浩太の不器用な反応が交わる時間は増えていくのだった。

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