第31話 隣人ルールの攻防

「浩太さん、今日はね、特別なティータイムをしたいと思って!」と繭は明るい声を響かせながら、浩太の部屋にずかずかと入り込んだ。


浩太は眉をひそめ、「また何だ?お前、俺の部屋を完全に自分のスペースだと思ってるだろ。」と少し困惑気味で言う。


「そんなことないよ!ただ、浩太さんと一緒にいると楽しいから。ほら、隣人なんだから仲良くしなきゃね!」繭はティーポットをテーブルに置き、勝手に準備を始めた。


「おい、俺は仕事で疲れてるんだ。何もしない時間を少しでも欲しいんだけど。」浩太は苦笑いを浮かべながら、椅子に座った。


「休むのはティータイムの後でもいいじゃん!」繭は無邪気に言い放つ。「浩太さん、隣人ルールとして、私の提案を受け入れる義務があるんだよ!」


「そんなルール聞いたことないし、勝手に決めるな。」浩太は真顔で返したが、その言葉には少し照れが混じっているのが分かる。


ティーを注ぎながら、繭はさらにぐいぐい押し込む。「浩太さん、ちゃんとリラックスする練習しなきゃ!ほら、気楽に話せることも大切だよ。」


「俺は十分リラックスしてる。それにお前、近づきすぎだ。」浩太は椅子を少し後ろに引きながら、一線を引こうとした。


「ふーん、そんなこと言って本当は私とのティータイム、嫌じゃないんでしょ?」繭の言葉に、浩太は顔をしかめつつも何も言い返せない。


「…まぁ、嫌じゃないけど、ちゃんと距離感は大事にしろ。」浩太はぎくしゃくとした口調で答えた。


「了解!でも私たち、隣人であり友達だからね!これからもいっぱいティータイムしよ!」と繭はケラケラと笑いながらお茶を差し出した。


浩太は小さくため息をつきながらも、そのティーカップを受け取り、一口飲む。「…意外と悪くないな。」


このささやかなティータイムのひとときが、二人の心を少しずつ寄り添わせる時間となり、隣人ルールの攻防戦はまた続いていくのだった。


浩太はティーカップを手に取ったまま、じっと繭を見つめた。「お前、なんで毎回俺の部屋で好き勝手やれると思ってるんだ?」と、少しぶっきらぼうに尋ねる。


「だって、隣だから。浩太さんの部屋は私の避難場所でもあるんだよ!」と繭は堂々と胸を張った。その言葉に、浩太はため息をつきながらも、その理由を全否定する気にはなれなかった。


「避難場所ってなんだよ…。お前、自分の部屋でも十分くつろげるだろ。」浩太は椅子に深く腰掛けながら言った。


「ううん、自分の部屋は冷蔵庫がないし、浩太さんみたいな“つっこみ担当”がいないからつまんない!」と繭が笑顔で返す。


その明るさに、浩太は言い返す言葉を失い、ティーカップの中に目を落とした。「…なんで俺がつっこみ担当なんだよ。」


「ほら、今もちゃんとつっこんでるでしょ!浩太さんがいると、日常がドラマみたいになるんだよ。」繭はケラケラと笑い、テーブルに座った。「だから、一緒にいる時間は大事だよね!」


浩太は少し困惑した顔をしながら、彼女の言葉を受け止めつつも、何か反論できるような言葉を探していた。「お前、変に近づきすぎだ。」


「近づきすぎ?それってどういうこと?」と繭が興味津々で身を乗り出す。その勢いに、浩太は慌てて体を引きながら言った。「いや、適度な距離感ってやつが必要なんだよ。隣人としてのルールみたいなものだ。」


「ルールなんて関係ないよ!私たち隣人だけど、今はチームメイトってことでしょ?」と繭はさらに押し込むように言う。その無邪気な言葉に、浩太は照れくさそうに顔をそらしながらも、小さく笑ってしまった。


「お前、本当に自分勝手なやつだな。」と言いながらも、その言葉の奥に、浩太は微かな安心感を抱いている自分を否定できなかった。


繭はその表情を見逃さず、ニヤリと笑った。「ほらね、浩太さん、私がいないと物足りなくなるんだよ!」


「そんなこと言ってないだろ!」と浩太は慌てて反論するが、繭の明るい笑顔に完全に押し負けてしまう。


そしてその奇妙なやりとりの中、二人の日常はまた新たな形で心の距離を少しだけ縮めていくのだった。


繭は相変わらず明るい笑顔でティーカップを持ちながら、浩太の目の前に座った。「浩太さん、今日はティータイムもそうだけど、ちょっと人生相談にも乗ってほしいなぁ~。」と軽い調子で言う。


浩太は彼女の言葉に半分警戒しつつ、「人生相談って、また何か企んでるんじゃないのか?」と尋ねる。


「いやいや、今回は真剣だから!ほら、隣人としての義務だよ!」と繭はケラケラと笑いながら、浩太の視線をまっすぐ受け止めた。


浩太は深い溜息をつきながらも、彼女の熱心な様子に少しばかり折れる。「…わかったよ。で、何が聞きたいんだ?」


「私って、もうちょっと大人っぽく見えた方がいいのかなって思ってさ。」繭はティーカップをくるくると回しながら、少しだけ真剣な表情を見せた。その言葉に、浩太は不意に黙り込む。


彼女の無邪気な振る舞いの裏に潜む、ふとした不安や迷い。それを感じ取った浩太は、胸の奥にわずかな親心のような感情を覚えた。「お前はお前のままでいいだろう。」と、あえてぶっきらぼうな口調で言った。


「えー、そうかなぁ。でも浩太さんみたいな大人が隣にいると、ちゃんとしなきゃって思うんだよね。」繭はその言葉を軽く口にしたが、それが浩太の心に小さな波紋を広げた。


浩太はティーカップを持ち上げ、口をつけながら少し考え込む。「お前が大人っぽくなるのは勝手だけど、無理に変わる必要なんてない。今のままでも十分だと思うぞ。」


繭はその答えに少し驚いた表情を浮かべた。「そっか…浩太さんがそう言うなら、今のままでいっか!」と明るく返す。その無邪気な笑顔に、浩太は心の中で小さく安堵した。


「お前、本当に単純だな。」とぼそっと呟きながらも、浩太の口元には少しだけ笑みが浮かんでいた。彼にとって、この無邪気さがどれほど救いになっているのかを、繭はまだ知らない。


そして、繭が再び話題を変えて新しい企みを語り始める中で、浩太は彼女の存在がどこかで自分を支えてくれていることを、少しずつ実感していくのだった。

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