第29話 女子高生の武器: 静かな部屋の冷蔵庫探検
さてと……。
学校から帰宅して着替えずにそのまま浩太さんの部屋に行く。
ガチャっと浩太さんの部屋のかぎを開ける。
何の違和感もなく……。
「ふぅ―」
誰もいない、浩太さんは今はお仕事中だ。今日も帰ってくるのは8時くらいかな。
そんなことを考えながら部屋に入り冷蔵庫を真っ先に開ける。
今日は何にしようかな?
浩太さんは今日は何が食べたいですか?
て、訊ければいいんだけど……。
冷蔵庫のドアが開くたび、わずかな冷気が部屋に流れ込む。繭は、片手にメモ帳を持ちながら冷蔵庫の中をじっくり覗き込んでいた。仕事中で不在の浩太さんに尋ねることができない分、自分の直感だけが頼りだ。
「卵と牛乳、キャベツにちょっと古そうなニンジン…これで何ができるかなぁ。」 冷蔵庫の中身を見ながら、繭の頭の中で料理のアイデアが組み立てられていく。しかし彼女の手元には料理本もスマホもない。全ては、経験とひらめきだけでの勝負だ。
「浩太さん、今日はオムレツがいいかなぁ。それとも野菜スープ?」つぶやきながら、繭はまるで食材に話しかけるようにしていた。
「ふむふむ。とりあえず卵は使うとして…あ、このキャベツ、そろそろ使わないとダメそうだね。」自分の料理への熱意が笑顔になって現れ、繭は冷蔵庫から食材を取り出し始めた。
机の上に食材を並べながら、ふと部屋を見回す。冷蔵庫以外には何もない部屋が、ほんの少し寂しく感じられる。しかしその静けさが、彼女にとっては心地よい空間でもあった。「さてと…今日は浩太さんがびっくりするくらい美味しいものを作っちゃおう!」
冷蔵庫の奥から一番古そうなジャムの瓶を見つけ、繭は少し驚く。「これ、いつのだろ?こんなものがここに眠っているなんて…。浩太さん、全然気にしてないのかな。」ジャムの瓶を戻しながら、繭は浩太さんの「きっちりしてそうで意外に大ざっぱ」な性格を思い出し、微笑む。
こうして、繭の冷蔵庫探検はいつも通り小さな発見を伴いながら進んでいくのだった。
冷蔵庫から引っ張り出したキャベツを手に、繭はふと思い立った。「そうだ、今日はキャベツたっぷりの焼きそばにしちゃおう!」と独りごちる。手早く食材を並べ、調理開始。浩太さんの部屋には彼が買いそろえたキッチン道具が整っている。おかげで料理の腕が格段に上がる気がする。
ガスコンロに火をつけ、油を引き、野菜を次々と炒めていく。そのリズミカルな動きの中で、繭はふと独り言を漏らす。「浩太さん、きっと疲れて帰ってくるんだろうなぁ。だから今日は特製焼きそばで元気出してもらわなきゃ!」
数分後、部屋中に香ばしい香りが広がる。「よし、完成!」と繭は満足げにうなずき、焼きそばをお皿に盛り付けた。テーブルに置かれた料理を眺めながら、小さな達成感に浸る。
その時、玄関の鍵がカチャリと音を立てた。繭は慌ててキッチンから顔を出す。「おかえり、浩太さん!」と笑顔で声をかける。帰宅した浩太は、部屋に漂う香りに少し驚いた様子で言った。「なんだ、このいい匂い。お前、また勝手に作ったのか?」
「だって浩太さん、食べたら元気になるから!ほら、座って!」と繭は勢いよく浩太をテーブルに誘導する。浩太はため息をつきながらも、笑いをこらえきれずに焼きそばに手を伸ばした。「まあ、いいか。いただきます。」
繭は浩太の表情を見ながら、自分の作戦成功に小さくガッツポーズをした。「うん、これでまた明日も冷蔵庫使わせてもらえるね。」なんて独り言をつぶやきつつ、また新しい料理のアイデアに思いを巡らせるのだった。
繭は浩太の顔をちらりと見上げた。焼きそばをつつくその姿には、なんとなく不満げな雰囲気が漂っている。
「浩太さん、どうしたの?美味しくない?」と、繭は悪びれずに尋ねた。
「いや、普通に美味しいけど…」浩太はぼそっと答えるが、その声は少し照れくさそうだ。
「そっか、普通に美味しいね!」と繭はにっこり笑う。「でもね、浩太さんのその“普通”って言葉、いつも微妙なんだよね。褒めるならちゃんと褒めてよ~。」
「別に普通でいいだろ。無理に褒める必要なんてないだろ。」浩太は顔をそらして、焼きそばの最後の一口を口に運んだ。
「ふーん。じゃあ、これからは普通の料理だけ作るね!」と繭が半分ふくれっ面で言うと、浩太は困ったように言い返した。「いやいや、そういう意味じゃなくて…。ちゃんと美味しいって言ってるだろ。」
「でも、どうせ浩太さん、女子高生の作るご飯なんて期待してないんでしょ?」繭はぐいっと浩太に詰め寄る。その勢いに、浩太はたじたじとなりながらも返答するのが精一杯だった。「いや、そういう問題じゃなくて…。てか、女子高生の“武器”とか言うの、やめろよな。」
「え~?だって浩太さん、女子高生の手料理なんて、世の中の男子なら誰でも喜ぶでしょ?」繭はケラケラと笑いながら箸を置いた。「これはね、私の隠れた武器なんだから!」
浩太は小さくため息をつきながらも、ほんの少し頬が赤くなっていることに気づかれないよう、目を伏せた。「武器だとか言うな。俺はそういうのには興味ない。」
「ふーん。じゃあ、明日は何作ろうかなぁ~?」繭はその反応に特に気を留めるでもなく、次の料理の計画を勝手に立て始めた。その無邪気な姿に、浩太は思わず苦笑いを浮かべた。
「ほんと、お前は勝手だな…」と、浩太は小さくつぶやいたが、それが聞こえたのか、繭は振り返ってニコリと笑った。「でしょ!でも浩太さん、私のご飯がないと困っちゃうもんね?」
浩太は答えず、ただ視線をそらすだけだった。
「浩太さん、今日はなんか疲れた顔してるね。」繭はテーブル越しにじっと彼を見つめた。
「仕事で色々あっただけだ。別に気にするな。」浩太はぶっきらぼうに答え、視線を皿の焼きそばに落とす。
「気にするなって無理だよ。隣人だもん、気になっちゃうよ。」繭はニヤリとしながら言う。その率直な態度に、浩太は少しばかり照れくさい気持ちを抱きながらも、返答の言葉が出てこない。
繭はそんな浩太の反応を見逃さず、さらに押し込む。「そうだ!明日は特製弁当作るよ!浩太さんの会社でみんなに自慢できるやつ!」
「やめろ。そんなのいらない。」浩太は顔を背けながら言ったが、繭の笑顔を止めることはできなかった。
「いらないなんて嘘だね。絶対喜ぶ顔が目に浮かぶもん。」と繭は楽しそうに話を続ける。「浩太さん、もっと素直に『ありがとう』って言えばいいのに。」
「…じゃあ、一応、ありがとう。」浩太が小さくそう言うと、繭はさらに大きな声で笑い声を響かせた。「ほらね、できるじゃん!やればできる!」
「お前に言われたくない。」浩太はぼそっとつぶやきながら、笑いをこらえる。
こうして、静かなアパートの一室では、女子高生とぶっきらぼうで照れ屋なサラリーマンの不思議な交流が続いていく。そしてその関係は、焼きそばのその先、二人だけの特別な小さな物語へと繋がっていくのだった。
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