第28話 過去の影

山田さんとの共同生活? まぁ同棲と言う感じではないけどこんな生活も安定した日々を送っていると言うか、始めは実は私もちょっと警戒心と言うか山田さんて言う男の人を目にして早まったかなっておもっちゃったりしていなかったり……。


でも山田さんは私が思っていた男の人とは違っていた。


男の人ってどんなに表向きは優しそうにしていても、その奥には必ずと言っていいほどセックスへの欲望があるんだよね。


今まで私が関わってきた男の人は全員そうだった。

どこに行く当てもなく家を飛び出し泊るところもないままさまよっていた時、声をかけてくる男の人は体が目的だった。


最初は声をかけてきた人に黙ってついていってラブホで一夜を明かした。

その後朝に別れてそれっきり。


次に声をかけてきた男の人は自分の住んでいるアパートに私を入れた。

そこで数日過ごすことが出来たけど「ごめん彼女が来るから出て言ってくれない」その一言で私は追い出されてしまった。


もっともこの人に彼女がいることは薄々感じていたんだけど、そりゃそうだよね、どこぞとも知らない拾った女より今付き合っている彼女の方が大切なんだよ。


またいく当てのない放浪が始まる。

時には公園のベンチや遊具の中で夜を過ごすこともあった。


拾われるとご飯は食べることが出来たし、お風呂にも入ることも出来た。

その代わりに私は体を差し出す。


野良猫はただ可愛いだけで家に置いてもらえるけど、目的があって拾われるんだから私はそうはいかない。


それでも、そう言う生活になじんでいく私の心は壊れてきているんだよねって思うことが出来ないほど荒んでいたのかもしれない。


そうであっても自分の家には戻ろうという気にはなれなかった。

お母さんは私がまだ幼いころにこの世を去っていた。

そして唯一の肉親であるお父さんも事故でこの世を去って行った。


馴染めない後妻の母親と、何処からか湧いてきたかのように住み着いて後妻の母親と席まで入れた男の人。この人達が今の私の親権者となっている。


ほんと最悪な親権者。


後妻の母親は何か気に入らないことがあればしぐに私に当たり散らすし、手を上げてくることもあった。

気の狂ったまるで鬼のようだった。


(仮)の父親となった男はまるで自分の欲望を満たす事しかない視線を送ってくる。

いつか……。私は押し倒されてしまうんじゃないかと身の危険をいつも感じていたが、そんな予感はすぐに当たってしまった。


無理やり押し倒されて抵抗したが男の人の力に抗うことも出来ずに犯されてしまった。

その様子を見てみぬふりをする後妻の母親。


私はあの家では物のように体を求められ、嫉妬に満ちた罵声を浴びせられていた。

どん底だった。


紫陽花の華が咲きその淡い色を見せつけるころ、もう生きていくことにも嫌気がさしていた。

楽になりたいと自分でこの世にさよならをしようとした時、窓辺に咲く紫陽花の花が目に入った。


「お母さんが好きだった花なんだよ」とお父さんが言っていた。

雨に濡れる紫陽花の花。


その花を目にした私はただ泣いた。あふれ出る涙を止めることなく声をあげて泣いていた。気が付けば街をまるで空気のようにさまよっていた。そして私は男の人に拾われた。


男の人に拾われ、捨てられ、そんな生活を過ごしながら夏が終わろうとしていたころ。

突如に腕を掴まれそのまま補導された。


補導されたとき不安た恐怖はなかった。むしろようやく捕まったんだとと言う安心感があった。こんな生活からようやく抜け出せるという安心感とが私を包み込んだ。

補導されてからのことはあまり覚えていない。


捜索願いが出されていることを聞いた。……まさかあの人たちが出したのか? 一瞬そう思ったがそうではなかったらしい。唯一私の事を一番に心配してくれていたのが鷺宮先生さぎのみやせんせいだった。もしかしたら先生が私の事を探していたのかもしれない。


そのまま私はあの家には戻らず施設へ行くことになった。「何も心配することはないよ」と担当の人が寄り添って言ってくれた。あの家に戻ることがなければ私はそれでよかった。もうあの家には戻りたくない……。戻ってはいけないという思いが湧いていた。お父さんと暮らしたあの家、思い出もたくさんあるけど今は戻りたくはない。


あんな思いをしてまであの人たちとは一緒にいたくはない。

それが本音。


でも私は施設の中では誰とも接することはなくただ部屋の片隅で一人で過ごしていた。福祉事務所の職員さんが面会に来た時、いろんなことを質問されたけど、それにも満足に返すことはなかった。


ただ、あの人たちから乱暴されたことについてはなぜか否定をした。ありのままを言ってもよかったけど、そのことを言えば私の何かが全て崩れ去りそうな気がしていたからだ。


すべてを知っている。福祉事務所の人はそんな感じがした。それでも言わなかった。

鷺宮友香先生さぎのみやともかせんせいはそんな私に毎日のようにあいに来てくれた。


補導さて先生と会ったとき、先生は私を抱きしめて泣いていた。「良かった……梨積さんとこうしてまた会えて……」そう言いながら泣いていた。


人に心配されることがこんなにも温かい事なんだと言うのをあの時感じた。

申し訳なさもあったけどその温かさの方が増していた。


先生は今まで私がどんなことをして来たかなどは一切聞くことはなかった。私がどれだけ汚れた生活を送っていたのかそんなことはまったく気にしていないような感じだ。それよりも、今のこの時間を大切にしてと何度も私に繰り返し言うのだ。


根気よく私に会いに来て遅れている勉強やその日学校であったことなんかを私に話してくれた。

決して強制はしなかった。やりたくなければ勉強のプリントもそのままでいいと言っていた。


そんな先生も健康であるとは言えない感じの体であることは感じていた。

「ごめんね、ここのところこれなくて」と何日か先生が来なかった時があった。その時に見た先生の姿はなんとなく影が薄く弱弱しく見えていた。


「先生無理しなくたっていいよ」そう私も行ったが、「うん、無理なんかしていないよ。梨積さんに会えるのが嬉しくて私が勝手に来ているだけなんだもの。……もしかして梨積さん私が来るの迷惑?」


「ううん」とだけ答えた。なんか少し恥ずかしかったのもあったから。


それでも先生はにっこりとほほ笑んでくれた。

そんな先生が私は好きだ。唯一心を許せる人なんだと思う。



鷺宮友香先生。あなたがいたから今の私があるんです。

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