第17話 いざ出勤……ばれてねぇよな!ACT2
喫煙室で缶珈琲を開け、煙草に火を点けた。
「ふぅー」と煙を吐き出し一息入れる。朝のルーティン、就業時間までにはま十分に時間がある。このひと時をゆっくりと味わいたい。と、いつもならばボーとした頭をこの珈琲と煙草で目覚めさせていたんだが今日はなんかいつもと違ってすっきりしている。早起きしたんだけどなんかすっきりしている。これって飯食ってきたからか?
いやいや、それだけじゃないな。昨日の晩飯が良かったからだ。何食ったのかあんまり記憶にないんだがとにかく旨かったってのは覚えてる。なんかこんな美味しいご飯初めてですと言った気がする。いや、言ったな。
「フフッ」
思い出しただけでニヤけてしまう。
誰かが俺の傍に寄り添ってくれている。それがなんかとても心地いい。
繭、ちゃんと学校に行けたかな? ふと、そんな心配が頭の中によぎったが、繭のことだから大丈夫だろうという思いが先行して打ち消していた。
喫煙室のガラス越しに休憩室の自販機に向かう水瀬を目にした。
ジィーと自販機を見つめ何を買うか悩んでいる。
今日は淡いオレンジ色のブラウスといわゆるスキニーパンツの組み合わせ。俺の課に配属になったころは地味なリクルート服しか着てこなかったんだが、最近はなんか華やいで見える。
喫煙室を出て水瀬の後ろから「おはよう」と声をかけた。俺の声にびっくりしたのか肩をビクッとさせてどっちにしようか迷う指先が自販機のボタンを押していた。
「あ!」
ゴトリと音がして出てきた缶を手に取り「はぁ―」とため息を一つついた。
「もう先輩、びっくりさせないでくださいよぉ! おしるこ出ちゃったじゃないですか! もう紅茶にしようと決めたのにぃ」
「あ、わりぃな」
「まっ、いいですけど」と言いもう一本紅茶を買い、すっとデスクへ向かっていった。
なんか朝から怒らせちまったのか?
まぁでも繭と一緒にいるところを目撃され、そのことを問われなかったことに一安心した。従妹と言う事を信じてくれているみたいだ。
俺も缶珈琲を飲み干しデスクへ向かった。
パソコンの電源を入れメールチェックをしていると、水瀬が「先輩、ちょっといいですか?」と声をかけてきた。
「あぁ」と言って水瀬の席へ移動する。
「あのぉ、そのぉ……」となんだか言いにくそうにしている。なんだ?
「どうした?」
「あのぉ、これ見てください」
そう言って一枚の紙を俺に手渡してきた。それは先週水瀬が提出した企画書だった。
「これって……ダメだったのか?」
「はい、これはこのまま進めない方がいいと……返信が来ていました」
「そうか……」
何がダメだったのか、どこに問題があるのかさっぱりわからない。でも水瀬が提出したこの企画書をボツにするということはいささか可哀そうな気もする。あんなに張り切っていたのに。
「なぁ水瀬。どこが悪かったかわかるか?」
すると水瀬は右手を口に当てて、う~んと考え込んでしまった。なんか可愛い仕草だ。ちょっといじめてみたくなった。
「ん~、そうですねぇ~、ええっと先輩ヒントをくれんませんか?」
「ヒントか? そうだな……」
俺も少し考えた素振りを見せ。
「予算的にクライアントの意向を踏まえた提案だったのか?」
「予算ですか? あんまり気にしなかったですけど……」
「まぁたぶんそこがネックになっていたんじゃないか? よくできた企画提案だったけど、俺も提出の前にもっと突っ込んでいればよかったかもしれないけどな。まぁ、半分は俺の落ち度だ。あんまり気にするな」
あっさりと回答まで告げてやると水瀬は「はぁ―」とため息をつき、じっと俺を見つめながら。
「あのぉ、先輩」
「なんだ、まだなんかあるのか?」
水瀬はもじもじしながら「ど、土曜日。駅で会った……」
ドキンと胸が鳴る。
やっぱり来たか! 気になるよな、気にするよな……俺が女子高生と一緒だっただなんて。従妹だなんてうまくだませたと思っていたけどそんなに甘くはなかったか。
水瀬は下を向きながらもじもじと体をくねくねさせている、そして。
「あのぉ~、先輩って……そのぉ~」と上目づかいで俺の顔を覗き込んできた。
「な、なんだよ」
水瀬は意を決したように俺を見つめ「彼女いるんですか!」
俺は一瞬何を言われているかわからなかったが、すぐに理解した。
「はぁ? そんなわけないだろ! 俺はまだ独り身だ!」と少しムキになって答えてしまった。水瀬は「ふぅー」と大きく息を吐き、「よかったぁ」と胸を撫で下ろした。
「あのなぁ、そんなんで一喜一憂してると婚期逃すぞ」
「もう! そんなんじゃないです!」と言ってプイっと顔を背けた。
俺は席に戻りメールチェックの続きをしようとパソコンの画面に向かった。
すると水瀬も自分の席に戻っていったが、なんかまだこっちをちらちら見ている。そしてまた下を向いてしまった。なんかちょっと悪いことしちゃったかな? でも従妹だって言ってんだろ。なんだか罪悪感を覚えたので一言声をかけておくことにした。
「水瀬」と声をかけると今度は椅子に座ったままくるっと俺の方へ体を向けた。
「は、はい!」なんかびっくりしたように返事をした。
「土曜日の事は誰にも言ってないぞ! 心配するな!」と言ってやった。すると水瀬も少し笑顔になったが、またすぐに下を向いてしまった。そしてぼそっと呟いたのが聞こえた。
「……別に心配なんてしてないもん……」と言いながら視線を逸らすと水瀬からメールが送信されてきた。
「お互い秘密にしましょう」
お互い? あの時何かあったのか? 俺だけじゃなく水瀬にも。
まぁここは深く詮索しない方がいいようだ。そのまま俺は業務へと向かった。
集中集中。余計なことを考えながら作業をしていると仕事を増やすだけだ。
今はこっちに集中しよう。
「ふぅ」と息を一つ吐き、メールチェックを再開した。
ディスプレイに向かい集中していると何か胸騒ぎのする視線を感じた。ふと顔を向けるとガラスで仕切られた一部屋の中からじっと俺を見つめる部長の姿があった。目が合うとつかさず部長からメールが届いた。
「今日の午後からミーティングを行います。山田君は会議室で待機するように」
何か非常にやばい気がするのは思い過ごしだろうか?
午後のミーティングが怖い。
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