第7話 一宿の恩義 ACT2

「ええ」

「それとも、山田さんそんな趣味が?」

「な!  そんな訳あるか!」

繭はまたもクスリと笑った。そして言ったのだ。 


「ならいいじゃないですか」

俺は……もう何も言い返せなくなったのである。


しかしまぁ女子高生の部屋にこんなおっさんが入るのは正直気が引ける。しかも相手は未成年だ。でも彼女は俺を信頼していると言っているし、それに確かにここで凍え死ぬよりましであるのは間違いないだろう?  いや、でもなぁ。


でも……もう何も言い返せない俺は、意を決して立ち上がったのだった。


「本当にいいのか?」そう繭に聞くと彼女は満面の笑みで言ったのだ。

「もちろんです!」


「それじゃどうぞ!」

繭はそう言って俺を招き入れた。その部屋は繭の言っていたように温かい空気に包まれていた。


しかし女子高生の部屋にこんなおっさんが上がり込むなんて……なんか罪悪感を感じるなぁ。

そう思いながらも俺は彼女の部屋に入ったのである。そして入った瞬間、俺は繭が何に対して俺を信頼しているのかを一瞬にして理解した。


部屋には……何もないのだ。まるで引っ越してきたばかりのような……そんな感じの部屋だった。


「あんまりジロジロと見ないでくださいね」彼女は少し恥ずかしげに俺に言った。

「ああ、ごめん」

「でも本当に遠慮しないでいいんですよ」

「あ、うん……」


しかし女子高生の一人暮らしとはこういうものなのか?  いや、俺のイメージではもっとこう……ぬいぐるみとか小物とかであふれているものだと思っていたが……。


しかし考えてみれば繭はまだ高校生。しかも親元を離れて一人で生活をしているのだから、そんな物を置く余裕などはないのだろう……。


だが、この部屋の中は物……生活に必要なモノものが見当たらない。

それに俺の部屋の間取りからすれば半分くらいしかない。


そう言えば前に大家から聞いたことがある。

俺の隣のこの部屋は以前は物置だったと。それをリフォームして住めるようにしたんだと言っていた。だが、これほどまでに狭い部屋だとは思ってもいなかった。


かろうじて流しと呼べるような設備はある。だがそこにはコンロはなかった。それにだ必然的にあるであろうと思われる冷蔵庫さえその姿を目にすることさえなかった。


床はフローリングでベランダまでの布団一組敷けばすっぽりとハマるサイズの広さ。

いかにも物置であったというのを感じさせる間取りである。


「あはは、狭いでしょう! びっくりした?」

繭は屈託のない笑顔でそう言った。俺はその笑顔に……なぜか少し胸が痛くなったのだった。


「あ、ああ」

「私は別に気にしませんよ。でも山田さんみたいな大人の男の人から見たら狭いですよね」

そんな繭の言葉に俺は思わず言ってしまったのだ。


「なぁ、繭お前、親元離れて一人で寂しくないのか?」と。しかしそんな俺の言葉にも彼女はまたも屈託のない笑顔で答えるのだった。


「全然!  私一人っ子だから両親と一緒にいてもなんだか窮屈だったんです。それに……」

「それに?」


「実は私、知らない人との同居って嫌で……だからこうやって一人暮らしできるようになって逆にラッキーって感じでしたし。ここ大家さんのはからいでものすごく格安のお家賃なんですよ」


ああそうだったんだ。繭も親元離れて寂しい気持ちは多少なりとも持っているんだな。俺は彼女の回答に少し胸が痛んだのだ。


だがそんな俺の気持ちなど知ってか知らずか、彼女はこう続けたのである。

「でも、山田さんならいいですよ。今晩一晩泊って行ってください。あ、でもお布団一組しかありませんけどね」

けらっと笑いながら言う繭の姿は何の警戒心も感じさせなかった。


「いや、俺は布団なんていいよ、こうして温かい部屋の中で過ごさせてくれるだけで大助かりだ」

「でも電気ストーブ消しちゃうと冷えますよ。一緒に布団にもぐりません?」


は?  一緒に布団に潜るって。こいつ何を言ってんだ?

「いや、さすがにそれは……」


俺は繭の申し出を何とか断ったのだが繭は一向に気にする様子はなかった。そして彼女はさらに言ったのだ。

「でも私、本当に感謝してるんです。山田さんがいなかったら……今頃私どうなっていたか」

そういいながら繭は俺の目をじっと見つめてきたのだった。その目は何かを訴えるようにも見えたが俺にはわからなかったのである。


そんな俺の気持ちなどお構いなしに繭はさらに続けた。

「だから、私山田さんにだったら何されてもいいと思っています」

そんな繭の言葉に俺は……またも胸が痛むのを感じたのだった。


「な、馬鹿なこと言うんじゃねぇよ!」俺はつい声を荒らげてしまった。すると繭は少し驚いてそのあと少し悲し気な表情を俺に向けこう言ったのである。


「だって……本当じゃないですか……」と。そんな繭の悲しい瞳を見て俺の心が痛んだ。なぜだ!  なぜなんだ?  なんでこいつはこんな目を俺に向けるんだ! 「繭、お前本気で言っているのか?」俺は思わずそう聞いた。


そんな俺の問いに彼女はまたも屈託のない笑顔で答えたのだった。

「ええ、本気ですよ」

「山田さんなら私……何をされてもいいです!」

その彼女の目には涙が溢れていた。そしてその涙は頬を伝いポトリと床に落ちたのだ。


「一人でいるのが寂しい」


繭はか細い声で俺にそう訴えたのである。その目は今にも泣きだしそうだ。そんな姿に俺はまたも胸が痛んだのだ。


「山田さん……私」

彼女の口から言葉が出なくなったその時だ、俺は思わず彼女を抱きしめたのだった。


そして無意識のうちに俺の口がこう動いたのだ。

「わかった、今晩だけお前と一緒にいてやるよ」と。

その言葉に繭の目から涙がさらに溢れたのだった。


「ありがとうございます! 山田さん」

「お礼なんていいよ。俺の方こそ……いやなんでもない」と俺は続けたのだった。

その俺の胸に繭は顔をうずめたのだった。そしてまたも「ありがとう」とつぶやいたのだ。


そしてしばらくの間、俺は彼女を優しく抱きとめていたのである。

変な気持ちにはならなかった。いやらしさなども湧いてこなかった。ただ今俺の腕の中には一人少女が俺と言う人間を信頼しすがってきているその姿しか見えていない。


この子はもしかしたら何か事情のある子なのかもしれないな。

そんな思いが浮かんできた。


異性、女子高生と言う境遇のこの子に対し、女であるという意識はなく、もし、俺に妹がいればこんな感じの子なのかと近親感さえ覚えつつあった。

そして何より……この子はやはり寂しいのだと。一人ぼっちで誰にも頼る人がいないこの子を俺は守ってやらねばと思ったのである。

そしてその思いは繭にも伝わったのだろう。彼女はさらに俺によりすがったのだ。


「山田さん……」その声が俺の脳髄を刺激した。ああ、なんていい匂いがするんだ。香水でもないかすかな甘い匂いが俺を包み込んだのだ。


そして俺は仕事の疲労感とまだかすかに残る酒の酔いと、ほのかな温かさに包み込まれ、いつしか眠りに落ちていた。

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