第2話 そのJKは……

「いててて」

「おじさん大丈夫?」


濡れたハンカチを俺の腫れあがったほほにあてがいながらその子は心配そうに言う。

俺は……何をしたんだ?  まぁなんとなくは想像がつくが……。


「大丈夫かい?」

「ええっと、何とか……」


そんな俺の言葉を聞いて安心したのか、彼女は膝枕をしてくれながら俺の腫れた顔から目が離せないように口を開いた。


「あ、あのぉ~そのぉ~」

何やら言いにくそうにもじもじとしている彼女の態度に思わず首を傾げてしまう。

そんな俺に彼女は意を決したように言葉を吐き出したんだ。


「あ・り・がとう」と。「ああ」と、俺は思わずその言葉をオウム返しした。

だっていきなり感謝されても俺には何のことだかさっぱりだったからだ。

それに、お礼の言葉は目を見て言うべきだと思う。そうじゃなきゃ心がこもっていないように感じてしまうから……。


でも、彼女のそんな仕草が妙に可愛く思えてしまうのはなぜだろう?

「そのぉ~おじさんが助けてくれなかったら私……」

ああ、そうか。彼女はあのチンピラ達に絡まれていたんだ。

それで俺が奴らを追っ払って彼女を助け出したんだ。


だから、彼女は俺に対してお礼を言ってくれたのか。

「おじさんって……俺はまだ27歳なんだけどな……」

「え?」と彼女の目が一瞬点になる。そして次に俺の言った言葉の意味がわかったのか?  それともまたその言葉で自分が失礼をしたことに気が付いたのか、少し焦った様子で言い直したんだ。 


「あ、あのぉ~そのぉ~おにいさん」

そんなしどろもどろの彼女を見て思わず噴出してしまったんだ。


だってそうだろう?  さっきまでの高校生っぽい可愛い感じが一気に抜けて、何だか中学生から抜け切れていないような仕草になってしまったんだから。


そんな俺に対して彼女はさらに焦ったように言葉を出すんだ。

「ご、ごめんなさい」と。

そんな彼女の姿に俺はさらに笑ってしまった。


「 もういいよそんなに謝らなくてもさ……」

そんな俺の反応に少し安心したのか?  彼女はほっと胸を撫で下ろした。


「でも、おにいさんて……なんか変じゃない?」

そういいながら彼女は俺に笑顔を向けてくれた。

その彼女の笑顔がまた可愛。


俺は思わずドキッとしてしまったのだが、そんな俺の気持ちも知らずに彼女はさらに俺に言う。「おにいさんて……なんか変じゃない?」とね。


「はぁ?  おにいさんが変なのか?」

「うん!  おにいさんてなんか変」


そんな彼女の無邪気な笑顔に俺もつられて笑ってしまった。

でも、俺が変なのはわかるけど、この子だって十分変な子だ。


「なんで俺が変なんだよ!」

「だってぇ―、私の事彼女だって言っていなかった?」

「うっ! ……確かに言っていた記憶はある」

今更ながらなんか途轍もなく恥ずかしい。


「あのさぁ、私これでも、ていうかさぁ。現役の女子高生なんだけど。おにいさんてロリコンなの?」

「はぁ?  俺がロリコンだって、俺は至ってノーマルだ!  れっきとしたノーマルだから……たぶん」


そんな俺の言葉に彼女は意地悪そうに笑いながら言う。

「本当かなぁ~」と……。

でもその笑顔はまたしても可愛いかった。


その面影は、俺が推しているゲームの女の子キャラにどことなく似ているような気がしているせいかもしれない。

そんなことを考えていた時、彼女の声が俺の耳に聞こえてきたのだ。


「おじさん。でもどうして私を助けようとしたの? こんな痛い思いまでしてさぁ」と。

俺はそんな声に我に返り自分の顔を手で触ってみたんだ……するとね。顔中が腫れあがっているのがわかった。


「いてて」

「大丈夫?  おじさん……おにいさん!」

「あは!  大丈夫だよこれくらい」

そう強がって見せるも正直かなり痛いし、それに顔が熱かった。でも、今はそんなことどうでもよかった。


だって俺の目の前でこんなに可愛い女の子と話すことなんてこの先一生ないだろうから……。


そんな時だ、彼女が俺に言うんだ。「ねぇおじさん」とね。

「ん?  なんだい」と俺が言うと彼女は少し恥ずかしそうにしながら口を開いたんだ……「あのさぁ~そのぉ~」って言いながらね。


そんな彼女の仕草に俺は思わずドキっとしてしまうもんだから、なんか妙に緊張しちまったんだ……。でもさ、そんな俺の緊張をほぐすかのように彼女は言った。


「助けてくれて……ありがと」って。

その笑顔がまた可愛いのなんのって……。

それに彼女の笑顔は何か特別な気がした。


「なぁ、君の笑顔を俺にくれないか?」とね。そう聞くと彼女は顔を赤くしだした……「え?  それってどういう意味なの?」

そんな彼女の顔を俺はじっと見ていたんだ……そして思ったんだ!  ああ、やっぱりこの笑顔だ!  俺が推しているゲームキャラにそっくりだ。

この笑顔に俺の思考はマヒしそうだ。


すると彼女はさらに顔を赤くしながら俺に向かって言った。

「それってもしかして新手のプロポーズ?」と。


その言葉に俺もまた顔を赤くした。でも、そんな俺の顔を見ながら彼女は笑い出した……「あははは!」

その笑顔は俺が想像していたものとは少し違ったけど、それでも彼女の笑顔は最高だった。


「ねぇおじさん」

「だから、おにいさんだって!」


そんな俺の言葉を無視して彼女は言った……「私の事彼女だって言ってくれてありがとうね」と。

「いやその……何と言うか……すまん。なんかあの時はとっさに言葉に出たと言うかその……そうだよな年釣り合わねぇよな」

「……うん、そうだね。まだ私高校生なんだもん」


初春の夜はさすがに寒さが身に染みる。

何時までもこうしているわけにもいかねぇな。

「もう大丈夫だ」そう言って俺は起き上がった。


彼女は「そう」と一言いい。

「まだだいぶ腫れちゃってるけど、病院にでも行っておく?」

病院? このくらいで病院は大袈裟だろう。


「それよりもそっちの方こそ大丈夫なのか?」

「うん、もう私は大丈夫だから……大丈夫」

少し赤茶けたボブカットの髪が風に揺れた。

そして彼女はすっとベンチから立ち上がり。


「今日は本当にありがとうございました。……それじゃ」と言い残し俺の前からゆっくりと離れていった。

その彼女の後姿をなんとなく目にしながら彼女の姿が見えなくなり、俺もようやく帰路へと足を動かした。


ああ、今日はなんか散々な一日だったな。と、まだ痛むほほをさすりアパートのドアの前で鍵を取り出そうとしたが……いつも忍ばせてあるリュックのサイドポケットに鍵はなかった。


おいおいマジかよぉ!!


リュックの中をくまなく探したが部屋の鍵は出てこない。

はぁ―、何処で落としたんだ? もしかして会社か?


今から会社に戻ったにせよ入ることなんかできやしねぇし、いったいどうすんだよ俺!!


途方に滅入っているとふと、隣の部屋に灯りが灯ってているのが目に入った。

確かお隣は空き部屋だったはずだったが……。誰か入居してきたんだ。


もうそんなことは今はどうでもいい。この寒い夜中に俺は自分の部屋の前で野宿なのか!


ああああああ! 勘弁してほしい!

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