第2話 桶屋が儲かる事に関する報告書

 司は、日本の各地にある口伝や伝承というものに興味を抱いていたことがあった。


 曰く、かみなり様が鳴ったらへそを隠そう。

 曰く、軒先にてるてる坊主を吊るして翌日の晴天を願う。


 これ等は何れも昭和初期にはしっかりと受け継がれていた伝統の様なものである。特にてるてる坊主などは、逆さに吊るして翌日の雨天により運動会の中止を願う、といった派生まで誕生していた。


 もっとも司自身は、雷が鳴ったからといってへそを隠そうとした事も、順逆に関わらず、てるてる坊主を軒下に吊るした事もなかった。こういう言い伝えは、当時の人々の日常に密着する形で広まっていっているのだが、どれ程教訓めいたものが含まれていようとも、伝承の中に科学的根拠が無い物や、今の時代にそぐわない物は、どうしても自然淘汰される定めにある。


 「流行り廃りは世の常なれど、か・・・。」

そう口にして見て、一抹の寂しさを感じるのであった。


 「どうしたの急に、オタ君にしては珍しいわね。」

寂しさ等どこ吹く風、といった感じの千夏が、司の顔を覗き込んでくる。千夏の隣にいた翠が、

 「何を読んでるのかな。」

と言って、司の持っている文庫本のタイトルを読み上げた。

 「え~っと『日本の口伝・伝承・昔話』って何これ?」

改めて聞かれても、司にしてみれば、本の題名通り、口伝や伝承、昔話に関する本だとしか言いようがない。ところが、翠から見れば、この本の題名そのものに納得が行かない様なのだ。


 こうして思わぬ形で、読書部内での本についての会話が始まったのだった。


 「普通は口伝とか伝承ってさ、人から人に会話を通して伝わっていくものでしょ。もしその伝えるべき内容の根本が、文書として残っていたのなら、その時点で「口伝・伝承」とは言えなくなるんじゃない?」

 「言いたい事は分かるんだけどさあ、こういう事って正解だけ求めてもつまらないじゃない。もっとこう、夢や浪漫があって然るべきだと思うんだけど。」

 「へぇ~、だったら何でこの前は林先生に正解を聞こうとした訳?」

 「それとこれとは別でしょ・・・。」

 「一緒よ、あたしにとっては、夢と浪漫を求めての事だったのに。」

 「個人情報を特定する事に、夢と浪漫を求めちゃまずいと思うよ・・・・。」


 以前の事を蒸し返されて、困ってしまった司は、助けを求めるように千夏の方を見た。そして千夏は


 「夢と浪漫っていい言葉だと思うけど、それって結局オタ君個人の好奇心の問題でしょ。だったら翠個人の好奇心も認めてあげなきゃ。」

 「そうだ、そうだ、その通り。」


 助けを求める相手を間違えたとしか言いようがない。もっとも他に部員が居ない以上、司に選択肢はなかったも同然なのだ。夢や浪漫、好奇心はそれこそ個人のものである。だからこそ、その求め方には明確な線引きが必要なはずなのだ。本来千夏や翠は、その辺りのことはきちんと弁えているのだが、この場ではそのことを一旦棚上げしてから、司を揶揄う事に集中している。


 「・・・・、バタフライエフェクトってこういう事なのかな。」

 「何それ?」二人が同時に聞いてきた。


(しめた!話が逸れた。)内心喜びながら、表情には一切出さないようにして、司は言葉の意味を話した。

 「些細な事が巡り巡って大事になるっていう意味の事さ。バタフライ、つまり一羽の蝶の羽ばたきが起こした微風が最終的に家屋をも吹き飛ばす様な台風になるっていうね。」

 

 前段階で、何か事があったとはいえ、口伝・伝承に関する本を読んでいただけのことで、それこそ夢や浪漫そっちのけの話になるとはさすがの司も考えはしなかった。


 「それってさ、ちゃんと勉強してたのに、何故か合格点ギリギリしか取れなくて、何とか補習は免れた、っていうのと同じ意味になるのかな?」

 「微妙に違うような気がする、ううん大事おおごとっていう意味じゃ同じかな?って言うか千夏、一体誰の事言ってるの。」

 「別に、誰でもないよ。」

何を今更、と言った感じで千夏が翠を見る。彼女にしてみれば今の翠の発言は、自分の事だ、と白状したも同然だった。

 

 二人の会話の進み具合が、いつものように横道に逸れ始めたのを見て司はホッと息をついた。普段ならここで会話の方向修正をしようとするのだが、今日に限っては横道大歓迎と言わんばかりに、そのまま話の流れを二人に委ねることにした。


 「っていうか、そのバタフライエフェクトってさ、予想外の事が起こるって意味で、日本でも同じような諺っぽいのなかったっけ。」

 千夏がそのまま言葉を続けた事で、司は内心、いいぞ、と拍手を送った。それを受けて翠も言葉を返す。

 「ああ、あった、あった。何だっけ確かどこかのお店が儲けるみたいな内容。」

おお、いいねいいね。

 「そうそう、そんな感じ。ねえ翠、何の店だったか覚えてる?

 「・・・・、なんだっけ、100円ショップとかコンビニ?」

ちが~う!!何故そうなる。

 「う~ん、違うと思う。だって昔の諺とか言い伝えに100円ショップとかコンビニがあったら変だよ。」

 「それもそうか・・・・。何だろ、もう少しで思い出せそうなのに。あ、そうだ、ねえ千夏。」

 「何、思い出したの?」

 「うん、確か『風呂屋』じゃなかったかな。」

 「ああ!そうだそうだ。何かそれっぽい名前だった。」

小野さん惜しい!そうじゃない、そうじゃないんだ。確かに風呂屋で使われてはいるけどさあ・・・、別なんだよ。

 「ねえ翠、風呂屋だとした場合、どうしたら儲かるって事になるのかな。」

 「どうしてって、やっぱり普通の銭湯からスーパー銭湯に改装したからとか。」

 「違うと思う。ねえ、諺だよ、コトワザ。何でスーパー銭湯なんて単語が出るのよ。」

 「だよねえ、う~んどうしよ、雨降って地固まる、見たいなしっくり来る言葉ないかな。」

 「・・・ねえ、その雨が降るっていうの使えないかな」

使えないよ森田さん!っていうか使っちゃだめだ。全然意味が違ってくる。

 「雨降って、じゃなくて雨が降れば風呂屋が儲かる・・・。何かしっくり来るね。」

しっくり来ないよ小野さん、それは単なる錯覚だよ。むしろしっくり来ちゃまずいんだ!

 「ねえ千夏、何で雨が降ったらお風呂屋さんが儲かるのかな。」

 「そうねえ、例えばさ、帰宅途中で夕立に会って何処かで雨宿りしようかな、って思ったとするでしょ。」

 「うん。」

 「その時、もし銭湯があったら、濡れた体を洗ってすっきりしたい、って思うじゃん。だから、雨が降れば、普段よりお客さんが増えてお風呂屋さんが儲かる!」

 「うん、うん!確かにそう思えるよね。千夏ってば冴えてる~。」

・・・・、もしかして僕、二人にまだ揶揄われてるのかな。


事ここに至って、司は二人の会話に加わるタイミングを完全に逸していた。普段ならば、「ねえ、オタ君ならどう思う」と声がかかりそうなタイミングになっても、そのまま二人だけの会話は続き、結果、今から訂正しても、

 「何でもっと早く言ってくれないのよ。」

と、二人からキツいお叱りと突っ込みを受けることは間違いない状態になっていたのだ。とは言えこのままでは、まったく新しい諺もどきが完成してしまう。


(頼む、自分達で気が付いてくれ。)

 「でもさあ、バタフライエフェクトって何気ない事柄が予想外の大きな結果を持たらす、って感じのことなんでしょ。だとしたら普通に、儲かるって結果が予想出来ちゃう流れって、もしかすると間違ってるんじゃない。」

 「あ、そっか。それだと勉強してたのに、意外と良くない結果だった翠の事とは当てはまらないもんね。」

 「やっぱりあたしの事言ってたのね。」

 「ねえ、オタ君なら知ってるんでしょ。バタフライエフェクトも知ってたんだから。」

 千夏にしてみれば、翠の矛先をかわす目的で司に話を振ったのだろうが、司にとっては、待ってましたと云わんばかりの状態であった。


 「風呂屋じゃなくて桶屋だよ。」

今回は、先生に聞けなどとは言わず、自ら答えるつかさであった。

 「あ、そうだった。何かそれ聞いたことある。」

 「風呂屋じゃなくて桶屋ってことは千夏もあたしも結構惜しいとこ突いてたんだね。」

惜しい、惜しくないの問題ではないのだが、自己保身のため敢てそこは聞き流す司であった。

 

 「ちなみに、雨が降るっていう部分も間違ってるよ。」

 「え、そうなの?その部分って何か聞いたような気がしてたんだけど。」

雨には自信があったのか、翠がさも意外、と言った感じで聞いてきた。

 「正解は『風がは、日本の各地にある口伝や伝承というものに興味を抱いていたことがあった。


 曰く、かみなり様が鳴ったらへそを隠そう。

 曰く、軒先にてるてる坊主を吊るして翌日の晴天を願う。


 これ等は何れも昭和初期にはしっかりと受け継がれていた伝統の様なものである。特にてるてる坊主などは、逆さに吊るして翌日の雨天により運動会の中止を願う、といった派生まで誕生していた。


 もっとも司自身は、雷が鳴ったからといってへそを隠そうとした事も、順逆に関わらず、てるてる坊主を軒下に吊るした事もなかった。こういう言い伝えは、当時の人々の日常に密着する形で広まっていっているのだが、どれ程教訓めいたものが含まれていようとも、伝承の中に科学的根拠が無い物や、今の時代にそぐわない物は、どうしても自然淘汰される定めにある。


 「流行り廃りは世の常なれど、か・・・。」

そう口にして見て、一抹の寂しさを感じるのであった。


 「どうしたの急に、オタ君にしては珍しいわね。」

寂しさ等どこ吹く風、といった感じの千夏が、司の顔を覗き込んでくる。千夏の隣にいた翠が、

 「何を読んでるのかな。」

と言って、司の持っている文庫本のタイトルを読み上げた。

 「え~っと『日本の口伝・伝承・昔話』って何これ?」

改めて聞かれても、司にしてみれば、本の題名通り、口伝や伝承、昔話に関する本だとしか言いようがない。ところが、翠から見れば、この本の題名そのものに納得が行かない様なのだ。


 こうして思わぬ形で、読書部内での本についての会話が始まったのだった。


 「普通は口伝とか伝承ってさ、人から人に会話を通して伝わっていくものでしょ。もしその伝えるべき内容の根本が、文書として残っていたのなら、その時点で「口伝・伝承」とは言えなくなるんじゃない?」

 「言いたい事は分かるんだけどさあ、こういう事って正解だけ求めてもつまらないじゃない。もっとこう、夢や浪漫があって然るべきだと思うんだけど。」

 「へぇ~、だったら何でこの前は林先生に正解を聞こうとした訳?」

 「それとこれとは別でしょ・・・。」

 「一緒よ、あたしにとっては、夢と浪漫を求めての事だったのに。」

 「個人情報を特定する事に、夢と浪漫を求めちゃまずいと思うよ・・・・。」


 以前の事を蒸し返されて、困ってしまった司は、助けを求めるように千夏の方を見た。そして千夏は


 「夢と浪漫っていい言葉だと思うけど、それって結局オタ君個人の好奇心の問題でしょ。だったら翠個人の好奇心も認めてあげなきゃ。」

 「そうだ、そうだ、その通り。」


 助けを求める相手を間違えたとしか言いようがない。もっとも他に部員が居ない以上、司に選択肢はなかったも同然なのだ。夢や浪漫、好奇心はそれこそ個人のものである。だからこそ、その求め方には明確な線引きが必要なはずなのだ。本来千夏や翠は、その辺りのことはきちんと弁えているのだが、この場ではそのことを一旦棚上げしてから、司を揶揄う事に集中している。


 「・・・・、バタフライエフェクトってこういう事なのかな。」

 「何それ?」二人が同時に聞いてきた。


(しめた!話が逸れた。)内心喜びながら、表情には一切出さないようにして、司は言葉の意味を話した。

 「些細な事が巡り巡って大事になるっていう意味の事さ。バタフライ、つまり一羽の蝶の羽ばたきが起こした微風が最終的に家屋をも吹き飛ばす様な台風になるっていうね。」

 

 前段階で、何か事があったとはいえ、口伝・伝承に関する本を読んでいただけのことで、それこそ夢や浪漫そっちのけの話になるとはさすがの司も考えはしなかった。


 「それってさ、ちゃんと勉強してたのに、何故か合格点ギリギリしか取れなくて、何とか補習は免れた、っていうのと同じ意味になるのかな?」

 「微妙に違うような気がする、ううん大事おおごとっていう意味じゃ同じかな?って言うか千夏、一体誰の事言ってるの。」

 「別に、誰でもないよ。」

何を今更、と言った感じで千夏が翠を見る。彼女にしてみれば今の翠の発言は、自分の事だ、と白状したも同然だった。

 

 二人の会話の進み具合が、いつものように横道に逸れ始めたのを見て司はホッと息をついた。普段ならここで会話の方向修正をしようとするのだが、今日に限っては横道大歓迎と言わんばかりに、そのまま話の流れを二人に委ねることにした。


 「っていうか、そのバタフライエフェクトってさ、予想外の事が起こるって意味で、日本でも同じような諺っぽいのなかったっけ。」

 千夏がそのまま言葉を続けた事で、司は内心、いいぞ、と拍手を送った。それを受けて翠も言葉を返す。

 「ああ、あった、あった。何だっけ確かどこかのお店が儲けるみたいな内容。」

おお、いいねいいね。

 「そうそう、そんな感じ。ねえ翠、何の店だったか覚えてる?

 「・・・・、なんだっけ、100円ショップとかコンビニ?」

ちが~う!!何故そうなる。

 「う~ん、違うと思う。だって昔の諺とか言い伝えに100円ショップとかコンビニがあったら変だよ。」

 「それもそうか・・・・。何だろ、もう少しで思い出せそうなのに。あ、そうだ、ねえ千夏。」

 「何、思い出したの?」

 「うん、確か『風呂屋』じゃなかったかな。」

 「ああ!そうだそうだ。何かそれっぽい名前だった。」

小野さん惜しい!そうじゃない、そうじゃないんだ。確かに風呂屋で使われてはいるけどさあ・・・、別なんだよ。

 「ねえ翠、風呂屋だとした場合、どうしたら儲かるって事になるのかな。」

 「どうしてって、やっぱり普通の銭湯からスーパー銭湯に改装したからとか。」

 「違うと思う。ねえ、諺だよ、コトワザ。何でスーパー銭湯なんて単語が出るのよ。」

 「だよねえ、う~んどうしよ、雨降って地固まる、見たいなしっくり来る言葉ないかな。」

 「・・・ねえ、その雨が降るっていうの使えないかな」

使えないよ森田さん!っていうか使っちゃだめだ。全然意味が違ってくる。

 「雨降って、じゃなくて雨が降れば風呂屋が儲かる・・・。何かしっくり来るね。」

しっくり来ないよ小野さん、それは単なる錯覚だよ。むしろしっくり来ちゃまずいんだ!

 「ねえ千夏、何で雨が降ったらお風呂屋さんが儲かるのかな。」

 「そうねえ、例えばさ、帰宅途中で夕立に会って何処かで雨宿りしようかな、って思ったとするでしょ。」

 「うん。」

 「その時、もし銭湯があったら、濡れた体を洗ってすっきりしたい、って思うじゃん。だから、雨が降れば、普段よりお客さんが増えてお風呂屋さんが儲かる!」

 「うん、うん!確かにそう思えるよね。千夏ってば冴えてる~。」

・・・・、もしかして僕、二人にまだ揶揄われてるのかな。


事ここに至って、司は二人の会話に加わるタイミングを完全に逸していた。普段であれば、「ねえ、オタ君ならどう思う」と声がかかりそうなタイミングになっても、そのまま二人だけの会話は続き、結果、今から訂正しても、

 「何でもっと早く言ってくれないのよ。」

と、二人からキツいお叱りと突っ込みを受けることは間違いない状態になっていたのだ。とは言えこのままでは、まったく新しい諺もどきが完成してしまう。


(頼む、自分達で気が付いてくれ。)

 「でもさあ、バタフライエフェクトって何気ない事柄が予想外の大きな結果を持たらす、って感じのことなんでしょ。だとしたら普通に、儲かるって結果が予想出来ちゃう流れって、もしかすると間違ってるんじゃない。」

 「あ、そっか。それだと勉強してたのに、意外と良くない結果だった翠の事とは当てはまらないもんね。」

 「やっぱりあたしの事言ってたのね。」

 「ねえ、オタ君なら知ってるんでしょ。バタフライエフェクトも知ってたんだから。」

 千夏にしてみれば、翠の矛先をかわす目的で司に話を振ったのだろうが、司にとっては、待ってましたと云わんばかりの状態であった。


 「風呂屋じゃなくて桶屋だよ。」

今回は、先生に聞けなどとは言わず、自ら答える司であった。

 「あ、そうだった。何かそれ聞いたことある。」

 「風呂屋じゃなくて桶屋ってことは千夏もあたしも結構惜しいとこ突いてたんだね。」

惜しい、惜しくないの問題ではないのだが、自己保身のため敢てそこは聞き流す司であった。

 

 「ちなみに、雨が降るっていう部分も間違ってるよ。」

 「え、そうなの?その部分って何か聞いたような気がしてたんだけど。」

雨には自信があったのか、翠がさも意外、と言った感じで聞いてきた。

 「正解は、風が吹けば桶屋が儲かる。」


 あっそうだった、と言わんばかりに二人は同時にポンっと手を叩いた。

尤も、思い出したからといって、何故風が吹いた位で桶屋が儲かる、といった流れになるのか、その点については納得も合点もいかなかった。


 結果、女子二人からの質問攻めはそのまま続行されたのである。


 (やっぱりバタフライエフェクトってこういうこというのかなあ。)





 

 

 


 

 




 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

某公立高校読書部活動報告書 @offside

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る