噂のあの子

「大丈夫だった?」

 

 少し移動した後、私の手を引いた人の顔を見れば、リョウだった。

 

「あなたが助けたのは私じゃなくて、あのナンパやろうのほうだね」

「……けが人がでなくてよかったな」

「あなたは? お食事会はどうだった?」

「俺はな、たとえダメだとわかっていても、引いちゃいけないときがあると思うんだ」

「それ、有料コンテンツだよ」

「わかってたよ! 最初からお金目当てだって! でも本当に片思いの恋の可能性だってあったじゃないか!」

 

 彼も彼で大変そうだ。

 あの店員さんの女の子は好意を持っていそうだったけど、そううまくマッチングしないのが現実ってやつなんだね。

 

「私もさっきのあの子に会いたいんだけど、連絡先とか交換してない?」

「……君もお金稼ぎに興味が出てきたとか言わないよな」

「まさか」

 

 あの子とは、リョウを引っかけようとした女の子。

 あの子が悪い手口で稼いだお金を、どこに使っているか知りたい。

 単に服やアクセサリーに使ってるならいいけど、いや善くはないけど。

 

 もし上納金のようなシステムに縛られてるなら、その上のヤツらに会いたい。

 できれば、そいつらが何をたくらんでるかまで知りたい。

 

「ところで、君にもう一つ相談があるんだ」

「え? 嫌だけど。先にあの子の連絡先、教えて?」

「……お願いお願いお願いお願い!」

 

 代わりに○○するから、とかはよくある。

 全力のこんがんは初めてくらった。

 彼の長所はメンタルってより、プライドのなさなのかもしれないね。

 

 ◇

 

 お願いとは、あの女の子について。名前はユメというそう。

 

 私が想像していたのはニアピンで、彼女は借金を返済するためにあの怪しげな勧誘をやっている。

 

 なぜそんなヤバいところからお金を借りてしまったか。

 親の借金がうんぬん、だそうだ。

 どうしても、こういう不幸な人はいる。

 たとえ不幸でも、返済を悠長に待ってもらえる状況じゃないのは確かで。

 

 彼は、そんなユメの状況をなんとかしてあげたいらしい。

 ユメの話が本当かは微妙。

 

 彼がお金稼ぎマニュアルに引っかからないとみて、泣き落としにかかったのかもね。

 

 それを指摘したら、もちろんわかっていると答えた。

 それでも、ということらしい。

 

 わざわざ他人にここまでするあたり、私がナンパされてると思って助けに来たのもそうだけど、彼は主人公な性格なんだ。

 

 私の席をゆずってあげよう! なんて。

 

「お金持ちなんでしょ? あなたのお金で返済してあげれば?」

「本当にだめだったらそうするさ。ただ、ああいうヤツらにお金を渡したら、また別の被害者を出しかねない」

 

 思っていたよりまともな答え。頭はキレるんだ。私もキレるよ。

 

 あと、彼は大企業の息子だけあって、怪しい会社を見抜く能力にはたけている。

 彼女がやり取りしていた会社の名前には、悪い見覚えがあったんだって。

 

「確か、系列で夜の街の事業もやってるんだ。ユメがお金を借りてるところ」

 

 あとは言わずともわかるよね、と目で訴えかけてくる。

 

「結局、お願いって何?」

「ユメの連絡先を渡すから、なんとかしてくれ! 俺も手伝うから!」

「投げやりだね……私もひ弱な女の子なんだけど」

「ナンパを殴って撃退しようとする女の子はひ弱じゃない! あと、君は普通じゃないって俺の勘が言ってる! あ、いい意味でだからな」

 

 こいつも殴ろうか、迷っちゃうね。

 

 ◇

 

 日が暮れたあと、都市部の夜の街に入る。

 

 氷の建物に月明かりが輝き、薄明るく道を照らしてる。

 たぶん、氷が光を反射するのおかげで、土の地面よりは明るいんじゃないかな。

 

 人通りはまばらに、客引きは多数。大通りに行けば、月明かりの代わりに光る看板が道を照らしてるはず。

 

 私はわざと、治安の悪そうな路地を歩いている。

 大通りからは、ちょっと外れた場所。

 

 面倒なことは嫌いだから、手っ取り早く行きたい。

 

 今回は氷晶石の力を使うと決めたし、わざわざ警戒する必要もないから。

 

「嬢ちゃん。こんなとこで何してんだぁ?」

 

 いかにもなヤツが現れた。スラムのグループと関係がある人間を探したいから、もう少し人数を集めたい。

 

 わざと逃げるフリをする。

 

 声を聞きつけてか、私を捕まえようとする人員は増えていく。

 

 適当なところで行き止まりに入って、もう逃げられないって感じを出す。

 

 結局、追いかけてきたのは、一、二、三……六人? ぼちぼちだね。

 

「大人しくしろって。この街には嬢ちゃんにできる仕事もいっぱいあるんだぜ」

「そうなの? じゃあ一つ聞いてもいい?」

「言ってみな?」

「この中で、スラム街のグループと関わりがある人、手を上げて」

 

 連中は顔にはてなマークを浮かべる。

 反射的なのか、バカ正直に一人手を上げた。

 本当はこの後一人一人インタビューをしていくところだったけど、手間が省けるね。

 

 氷の地面に手をつく。

 氷晶石の力をもって、手を上げた人間の手足を凍らせる。

 それ以外のヤツらは、口も一緒に氷で包んであげた。

 もう仲間を呼ばせる必要もなさそうだし。

 

「な、化けもの!?」

「グループと関わりがあるって、ほんとう?」

 

 手を上げたヤツのそばに歩いて行く。

 凍らせちゃうぞって風に、わざとらしく相手のおなかに手を触れた。

 

「ほ、ほんとうだ! うそじゃない!」

「あなたたちのお仲間は、ここにどれくらいいるの?」

「し……知らない」

「三、二、一――」

「店くれぇにしかいねぇよ! クソ……運の尽きだ。こんなのに出会うなんてよ……」

 

 耐えかねて白状した。自分の命のギリギリまで言わなかったのは、ボスからの仕返しが怖いんだろうね。

 

「安心して。あなたたちのボスは仕留めるから」

「は、え?」

 

 聞きたいことは聞き終わったので、ついでに今話を聞いていた人の口も氷で塞ぐ。

 

 私が離れていれば、朝には溶けてしまってるはずだ。

 ちゃんとした製氷機を使った変異海氷みたいに、長持ちはしないから。

 

 もっとグループの連中がこの辺をうろついてると予想してた。

 正解は、ここにはぜんぜんいない。

 

 戦力を削ぐことはあまりできないけど、グループの頭を取るにはいい環境になってるね。

 なら、早く二人のところに行かないと。

 

 身動きの取れない連中を後にして、ボスのいる場所に向かった。

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