事情と情事

 なぜ急に、ボスを仕留めるって話になったか。

 

 もちろん、理由がある。

 

 リョウがユメに連絡したところ、上の人間と話があるそうで、今夜、いわゆる夜の街のお店に呼び出されているらしい。

 

 正直、私はユメを助けることにも乗り気じゃなかった。

 もちろん見捨てるのは良くないけど、私の力は人助けのためじゃなくて、氷銃のような、悪意をもった氷の力を壊すためのものだから。

 

 氷の関係ない話なら、あまり干渉してはいけないと思ってる。

 

 でも、ユメが上の人間と通話している音声をもらって、話が変わった。

 

 電話相手は何人かいたけど、そのうち一人の声は、知っていた。

 氷銃の取り引きに関わっていたボスだ。

 

 私の目の前に引き釣り出せるなら、好都合。ブローカーと会話していたのはボスだけだった。氷銃の受け渡しだって、ボスの命令の下に行われるでしょ。

 

 なら先にボスを捕まえてしまえば、氷銃がやつらの手に渡るのを事前に阻止できる。

 

 ついでにユメの借金も警察が介入すれば、うやむやにできるかもしれない。

 違法な金貸しだからね。

 

 私はリョウに協力してあげる約束の代わりに、別行動を条件にした。

 ようは、ユメのことは任せたってこと。

 リョウはなぜ別に動くのか意味不明、って顔だった。

 私からは言えないことも多かったけど、なんとか信用してくれた。

 

 私は別行動で、先にボスの周りにいるグループの手下を行動不能にしておくことにした。

 ボスと戦闘になったとき、援護に来られてリョウやユメを人質にされる。

 このシナリオが、一番嫌だから。

 

 あと別行動じゃないと、私が氷晶石の力を使ったときに、巻き込んじゃうからね。

 結果的にはグループの連中はほとんどうろついていなかったから、そこまで警戒する必要はなかったかも。

 

 リョウには、私が行くまでボスを引き止めて、時間稼ぎをしてもらわないといけない。

 人質と変わりない状況にはなってしまうかもだけど、相手が大人数じゃなければ、私一人で十分対処出来る。

 

 ただ、話し合いに応じそうな連中じゃないから、できるだけ早く助けに行かないと。

 

 さて、ボスはどんなヤツかな。

 

 ◇

 

 ユメが呼び出された店にやってきた。

 

 見かけ上はバーやキャバクラに近いんじゃないかな。

 私はどっちにも入ったことないから、断定はできないけど。

 

 店内は豪華なライトに照らされて、まぶしいくらいに明るい。

 てっきり薄暗くて、裏の人間が集まってる場所だと思ってた。

 氷の壁を見ているだけでも、目がくらんでしまいそう。

 

 店内はお客さんが席に着いていて、ドレスに似た衣装を着た女の人たちが同席してる。

 そっちに用はない。

 

 ボスはどこにいるのか。

 顔は知らないから、声と周りの人たちの反応から判断するしかない。

 

 しかないんだけどさ。

 

 しばらく店内をうろついたけど、ぜんぜん見つからない。

 

 これ以上いると店員さんに怪しまれて、追い出されてしまう。

 それはすでにかな。

 

 むしろ、何で私みたいなのが普通に店の中を歩けてるの?

 

 疑問に思ったとき、気づいた。

 店の中に接待をしている店の人はいるけど、それ以外の雑務をやってる人たちがまるっきりいない。

 

 お客さんのいるエリアから注意を切り替えて、お店のバックヤードに耳をすました。

 

 話し声が聞こえる。

 相談、いや、交渉かな。

 大人の声だけじゃなくて、女の子の声もする。

 

 まさか。

 

 バックヤードはお客さんから見えないように、カーテンで区切られている。

 

 床すれすれには隙間があるから、寝っ転がるようにしてのぞきこんだ。

 靴しか見えないけど、わかる。

 リョウと、たぶんユメだ。

 

 リョウの足が浮く。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 直後にうめき声がしたから、はっとした。

 

 襲いかかるタイミングをうかがうつもりだったのをやめた。

 すぐ突入する。

 

 ばっとカーテンを開いて、中を見る。

 

 リョウは首根っこつかまれて、持ち上げられている。顔は部分的に赤く腫れていて、殴られた跡がある。

 

 すでに、何らかのやり取りをした後みたい。

 あまりいい結果じゃないのは、簡単に想像できる。

 早めにここに来られて良かった。

 

 もう少し遅ければ、このまま首を絞められて殺されてしまっていたかもしれない。

 

「あなたは誰?」

「お前が誰だ?」

 

 相手の警戒は、私に移った。

 男はつかんでいたリョウを壁に向かって投げ捨てる。

 とっさに地面に手をついていたから、死ぬほどの大けがじゃないと思う。

 

 周りを取り囲んでいた下っ端たちに、緊張が走るのを私まで感じた。

 おそらく、こいつがボス。

 

「銃取り引きに覚えはない?」

「……てめぇが盗聴してやがったヤツだな」

 

 この反応で確定。

 後は凍らせて銃取り引きの場所を吐き出させた後、警察に突き出してやるだけだ。

 

「あなたは何のために人を殴るの?」

「うるせぇやつは嫌いなんでな」

「質屋の人を殺したのはどうして?」

「くだらねぇ事ばっか聞きやがって。時間の無駄だ。とっとと殺してやる」

「そう。なら、私もあなたが嫌いだから、容赦しないね」

 

 耳飾りに触れ、無事に終わるよう願いをかけた。

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